やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第27話

確かめておかねばならないことがある。
その為に、神界へ行ってノルンに聞けることを聞く。


私の望む答えが手に入るとは限らないし、無駄足に終わることだってあり得る。
それでも私は、行かずにはいられなかった。
やはり呼吸が少し苦しいのと、怠い感覚は消えてはくれない。
この倦怠感自体が何か重大な意味を持っている気がして、私は自分の力を使って治すことを断念した。


私はその日の夜、神界へ行くことにした。




「スルーズ、こんな時間にこっちにいて大丈夫なのか?」
「ああ、多分両親もこの時間に起こしにきたりはしないだろうからね」


夜ということもあって、ヘイムダルはさすがに掃除こそしていないが門番の仕事はきちんとしている様だ。
そうなるといつ寝ているのか、という話になってくるのだが、別に神の体であれば寝なくても大して翌日支障が出たりということもないし、いらない心配に思えた。
ラグナロクの頃に使っていた巨大な剣を脇に置いて、地面に座り込んでいるヘイムダルは、何者も通さないと言っている様に見えるのだが、もちろん私はヴァルハラに入れてもらえる。


「ノルンならエントランスにいるぞ」
「そうだろうね。んじゃ、行ってくる」


ヴァルハラに入ると中は昼間の空の様に明るい。
明かりが少し特殊で、神界にしかない素材を使った半永久的に明かりを灯せる仕組みらしい。
交換の必要もなく、外の明るさに応じてその色合いが変わる。


今は外が暗いから、昼間の空の様な色になっていて、朝から夕方までは明るすぎない様に勝手に色が変わる。


「あ、スルーズ。夜に来るなんて、珍しいね」
「まぁね、早急に確認しておきたいことがあったから」


前に来た時と同じ様に椅子に座る様言われ、茶を出される。
きっと言いたいことはわかってるんだろうけど、これは私から切り出すべき問題だ。


「なぁ、大輝の死亡フラグの完全な除去って何だ?」
「えっと……伝令のことかな?」


来るのは何となくわかっていた、という様子のノルン。
だけど、それ以上答えようという意志が感じられない。


「何か知ってることがあるんだったら、教えてほしい。私があれだけ駆けずり回って大輝に作らせたハーレムだけじゃ、大輝はまた死んじゃうのか?」
「私にも、正直詳しいことは言えない。だけど、わからないから帰れとか言うつもりはないから、とりあえず話してみそ」


それはわかっている。
だけど、もしかしたら私がノルンなら答えを導き出してくれるかもしれない、みたいな勘違いをしていたという可能性は否定できない。
兎にも角にも話してみないことには、ノルンとしても答えられる範囲を絞れないだろうからと、私は今回のあらましを話すことにした。


「なるほどね。事情はわかったけど、スルーズとしてはどうするのが理想的な除去だって考えてるの?どうなりたい?」
「それは……大輝と、一緒にいたい。ずっと、一緒にいたい」
「ずいぶんと抽象的だね……何て言うか漠然とし過ぎてるって言うか……でもスルーズらしくはあるかな」
「どういう意味だよ……?」


私の望む、理想的な死亡フラグの完全な除去。
結果だけを言うのであれば、私と大輝がずっと一緒にいられて、というものであることに相違ない。
仮に私が姿を消すとか、私がいないところで大輝が生きているとしても、それでは全く意味を為さないからだ。


「私が聞きたいのは、もちろんそういうことでもあるんだけど……何て言ったら伝わりやすいかな……。これは一つの仮説というか、絶対的な答えではないから、まずは落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「回りくどいな……ロキの悪い癖でもうつったのか?」
「あんなのと一緒にしないでくれる?スルーズにちゃんと理解してもらう為には、一つ一つかみ砕いて説明する必要があるかなってことだから」
「何かひっかかる言い方だけど……まぁいいや、聞かせてくれるか?」


その前に、とノルンが立ち上がり、お茶請け、と呟きながら菓子を持ってくる。
これもヘイムダルが作ったのだろうか。


「まずね、前提がどうもおかしいというか……私からしたらスルーズが考える理想ってのがちょっと私の頭の中のものと噛み合ってない気がするんだよね」
「ますますわからなくなる様なこと言うんだな……」
「じゃあ、まず一個明らかにしようか。スルーズは、姫沢春海として大輝と一緒にいたいの?姫沢春海の体じゃないと大輝とは一緒にいられないの?」
「は?お前、今更何を言ってるんだ?」
「はいはい、落ち着いてね。別に煽ってるわけじゃないんだから」
「…………」


どう聞いても煽ってる様にしか聞こえなかったわけだが、あれが煽りじゃないんだったら、ただの事実確認か?
それとも私の意志確認?


「……そりゃ、私は姫沢春海の体で、姫沢春海として大輝と出会ったし……それに大輝だって姫沢春海であることを疑わずに私を好きになってくれたんだから、それがベストなんじゃないのか?」
「じゃあスルーズはさ、人間の姫沢春海として大輝が好きなの?それともスルーズ自身が大輝を好きなの?」
「は?そんなの決まってんだろ……私が、大輝を好きなんだ。わかってて聞いてんだろ……」
「だったら何で姫沢春海の体に拘ってるの?」
「それはさっきも言っただろ。姫沢春海の体で出会ったからで……」
「まぁいいや、スルーズの気持ちはわかった。だけど、私はこれから少し残酷なこと言うからね?くれぐれも落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「明らかに私が怒る類の話って振りだろ、それ……」


ノルンはじっと私を見つめる。
まず、落ち着けと目が言っている。


「わかった、とりあえず聞くだけ聞くから……」
「うん、じゃあ話すよ?答えではないんだけど……こう考えるとある程度の辻褄が合ってくる、っていうものでもあるんだ。一個決定的なことを言っちゃうと、現状スルーズが頑張って作らせたハーレムは、実はハーレムじゃない」
「はぁ!?」


こいつ、本当に何を言い出すのか……あれがハーレムでなかったら一体何だって言うつもりなんだ?


「スルーズは、大輝と朋美が一緒にってなって大輝の倫理観まで変えることができたと思ってる?」
「倫理観?いや、そんなのハーレムが結成された時点で……」
「っていうのがまずスルーズの油断の一つ。大輝の、あくまで人間として当たり前に誰でも持ってる倫理観。これがまず、大輝の死の運命を招くと考えてもいいかもね、今回に関しては」
「…………」
「何故なら、まず大輝は元々理性的な人間だっていうこと。これは多分スルーズもわかってると思う。何が言いたいかって言うとだね……あくまで大輝の中で、あのハーレムはハーレムではなくて、俺の大好きな春海とその他の女の子の集団、って認識なんだよね。まぁ、集団って言ってもまだ朋美だけだから何とも言えないとこだけど」


大輝が理性的な人間であることはわかっている。
そうじゃなかったら今頃、もっと女が増えていることだってあり得るだろう。


「大輝の中の春海は、現状唯一無二の絶対彼女的ポジション。つまり、今のままで今後誰がそこに加わろうと、現段階で春海と並ぶことはあり得ない。もちろん、これ自体はスルーズとしても喜んでいいことだと思う。なにしろ大輝の心の中には春海しかいないってことになるんだから。ただその場合状態としては、春海とお付き合いしながら、公然と春海公認の元で浮気をしているにすぎないってことなんだよね」
「!!」


何ということだ……。
そんなことまで私は考えたことがなかった。
しかも、男性経験皆無、彼氏いない歴イコール年齢のノルンがそこまで気づいていたなんて……屈辱だ。


正直な話、ノルンの話を聞いて心が躍った瞬間があったということは認める。
だけど、それが今の現状の枷になっているなんて、どんだけ運命って捻くれてるわけ?
そのせいで本当の意味でのハーレム形成に至っていないなんて……。


「じゃあ、私はどうすればいいんだよ?」
「うーん……まぁ、今春海の体に起きてる異変が一つのヒントかな。薄々わかってはいるんじゃないの?」
「……ってことは何だ?私に死ね、って言いたいのか?」
「極端な話、結果だけ見るならそういうことになるかもしれない」
「いや、待てって……普通に考えて、春海が死ぬってことは朋美しかいなくなって、しかも朋美は遠くにいるんだぞ?そうなったらハーレムの完全消滅ってことになって、大輝は結局死んじゃうんじゃないのか?」
「春海が死んだとしたら、春海から物理的に大輝を開放することはできるでしょ。その間で他の女の子をハーレムに加入させればいいと私は思うんだけどね。間に合わないってことも多分ないかなって」


他の女の子……いや、ハーレムを自称している以上はある程度女の子が増えるって言うのは、あってもおかしくないことだと思うけど……。
それに、その間ってことは何だ?
他の体に憑依して、ってことか?


「現状、これしか大輝を倫理観、そして春海から解き放つ方法はないと思う」


しれっと言ってくれるが、その間とやらで私のことなんかすっかり忘れちゃったら……そして大輝が違う誰かに憑依した私を、好きになってくれるのか……?


「これは、運命とは切り離して考えてほしいというか……私個人の意見なんだけど。スルーズは誰に憑依していたとしても私からしたらスルーズで、他の誰でもないのね。その人の体を借りて、その人の人生を歩んでいるのかもしれないけど、結局中身がスルーズである以上はスルーズであることに変わりないの。わかる?」
「…………」
「ここまで言ったらスルーズならわかるかな、って思ってたんだけど……運命って言うのは、何も姫沢春海の死だけを指してる言葉じゃないってことなんだけど……」
「……ごめん、ますますわかんなくなってきた」
「んー……難しいなぁ……」


私は半分頭を抱えながら話を聞いていたが、とうとうノルンまでも頭を抱えだしてしまった。
立場上言えない部分があるんだろうから、ある程度は仕方ないのかもしれないが。


「んー……一つ聞きたいんだけど、いい?」
「ん?ああ……どうぞ」


ノルンが抱えていた頭から手を離して、お菓子を手にする。
何だか私も頭の使い過ぎで腹が減ってきた気がして、菓子を手にした。


「スルーズは、何で大輝に神であることを隠しているの?」
「何でって……そりゃ、言っても普通に信じられないだろうし……」
「証拠をいくつでも見せれば、信じさせることはできるでしょ?」
「まぁ、そうかも……」
「誰かに言いふらしたりも、あの性格だとしないだろうね。必要があれば明かしたりってことはあったとしてもさ」
「そうだな、大輝は必要だと感じなければ絶対に約束破ったりはしないはずだ。それが、どうした?」
「スルーズさ、さっきから言ってる理由が全部言い訳だって気づいてる?」
「ああ!?何で私が言い訳なんて……」


菓子をかじって口をもぐもぐさせながら、ノルンは私を見つめる。
秋葉のメイドみたいなことすんなよ……。
目を見てもぐもぐとか意味わかんないから。


「本当に、そうじゃないって言いきれる?」


真っすぐと私の目を見つめるノルン。
その瞳は何だか氷の様に冷たく見えた。


「そこまでわかってるのに、何で大輝を信用してあげないの?」


どういうことだ?
私が大輝を、信用していない?
いや、正直世界で一番大輝を信用しているのは私だという自信が、私にはある。


そんな私が、大輝を信用していないって、ノルンは一体何を言ってるんだ……?


「じゃあ、もう一個だけ質問。大輝は、姫沢春海のガワに惚れたのかな。それとも、中身に惚れたのかな」
「!?」


これまた考えたこともなかった。
もちろん、今まで神であることを隠していたってのもあるけど、大輝に私のどこが好きか、なんて聞いたことはなかったかもしれない。


「スルーズはさ、無意識に私のどこを好きになったのか、って言う質問を避けて今まで過ごしてきたんだよ。その答えを聞くのが怖かったから」
「なっ!?……ち、違う!!」
「違う?そう?言い切れない辺り、私は図星なんじゃないかと思ってるよ」
「お、お前に何が……」
「わかるよ。私たち、何万年の付き合いだと思ってるの?スルーズの性格だって、いいところだって悪いところだって、絶対私の方が大輝より知ってるって自信もある。そんなスルーズが一目惚れしてここまで頑張る相手のことだもん。わからないわけないじゃん」
「…………」


何なんだこいつ、本当に……何が言いたいんだ……。
そう思うのに目が離せない。
逸らしたいと思ってるのに、私の目はノルンに釘付けになっている。


「もう一回聞くよ?大輝が惚れたのは姫沢春海のガワなの?中身なの?」
「な、中身なわけないだろ。だって、姫沢春海はもう本来なら死んでいて、私が……だけどガワで好きになったってのも違うと思うけど……」
「そこまでわかってるのに、自信ないの?」


何となく頭の中でノルンの言うことと、大輝の性格と、色々なものが繋がりそうで繋がらない。
大輝は見た目で人を判断したりしないし、また拘りもしない人間だ。
人間の第一印象は九割見た目で決まるとさえ言われる人間界で、これもまた珍しいことだと思う。


もちろん、見た目の好みはあるだろう。
しかし、大輝が春海の見た目だけを好きになった……?
何となく、私の中にいる大輝のイメージにないことだ。


「そう考えれば、自ずと答えって出ると思うんだけど、どう思う?」


ノルンが更に追い打ちをかけてくる。
ノルンの問いかけは、きっと答えなんだってわかっている。
なのに、私自身がそれを否定しようとしている……?


「スルーズ、自信ないんだよね。たとえ女神であっても、中身がこんな脳筋ゴリラとか呼ばれる様な力の象徴だなんて知られたら大輝に嫌われる、って、そう思ってる」


この野郎、ここぞとばかりに言いたいことを……。
だけど、それを正面から否定することはできない。
大輝は中身である私がこんなんだって知ったら、きっと失望するんじゃないかって、そういう思いは確かにあった。


だけど、別に見た目がゴリラなわけじゃないし……。


「でもさ、考えてみてよ。スルーズ、春海の体で今までどんだけ破天荒なことしてきたと思ってんの?本性なんかバレバレじゃん。中身がおっかないなんてことはとっくに知れてると思うんだけど?」
「!!」
「そんな大輝が、ある日突然中身は神でした、これこれこういう神です、なんてことを知ったとして、スルーズを嫌うの?私にはそうは思えないなぁ。一時的に戸惑うってのは、あるかもしれないけどね」
「だったら……大輝に私の正体を明かせっていうのか?」
「まぁ、春海の状態で今明かすのは、危険だろうね。だけど、次の体でならどう?もちろん、春海でいる間で大輝に対して、ある程度の刷り込みみたいなものは必要になるよ。だけどそれをしておくのとそうじゃないのとじゃ、次の体での出会いのスムーズさが全然違うんじゃないかなと思うんだけど」
「でもそれは……私が人間として生きていくのには……」
「まだそこ拘ってるんだ?じゃあ、人間じゃないとダメなのって何で?」
「それは……」


言われてみると、確かに人間である必然性というのはもう、ない気がしてくる。
というかそもそも、大輝の中の私は強いというイメージだったと思うし、人間であるという認識すら揺らいでいてもおかしくはない。


「逆に言うと、神であることがバレないままで大輝とまた知り合うっていうのは、至難の業だと思うよ。ほぼ不可能と言ってもいいかもしれない」
「どういうことだ?」
「春海が死んだと仮定してみて?大輝がその事実に直面したら、大輝はどうなると思う?」
「それは……どうなるんだろう。自暴自棄になったり?人間不信みたいな感じになることも考えられるし、ただここで考えられることって、大体推測に過ぎない気がするんだけど」
「まぁ、確かにスルーズから見たらそうなるか。じゃあ、その人間不信の状態の大輝を、どうやって懐柔するの?神力使う?そんなことして支配するのが、スルーズの満足行く結果につながるの?」


こいつ……次々私の逃げ道を……ってあれ?
私、そもそも逃げる為にここにきたんだっけ?


「長くなっちゃったけど、ここまで言えばスルーズならわかると思う。だけど、ヒントはほしいんだろうから、言えるとすれば……もうほとんど答えなんだけど、大輝の死亡フラグを完全に除去するためには、まず春海の死は免れない。だからスルーズが望む未来を叶えるには、次の体でまた出会うしかない。スルーズは体ごと人間界にはいけないからね。だけど、憑依した先の、ぽっと出のモブみたいなやつがいきなり仲良くなりましょう、なんて言っても春海の死後で神経も尖ってて人間不信手前の大輝が、そう簡単に受け入れるわけない。ここまではいいよね?」
「あ、ああ……」
「だったらできることは一つ。直接的な表現を使うことなく、春海の死の前に大輝に転生や神の存在を信じさせること。これ以上は言えないからね」
「だ、だけど……」
「グダグダとうるさい!何そんなウジウジしてんの!?中身が知れたっていいじゃん!がさつで破天荒なのが春海だって、大輝は思ってんだよ!もう隠そうって言ったって、手遅れなの!!時すでに遅しなの!!なのに何でそんな往生際悪いの!?」
「お、おい……」
「ありのままのスルーズを、見せてやったらいいじゃん……私の親友で、がさつだけど優しくて、情熱を持っていて、執念深くて……あなたはそんな、私の大事な親友なんだよ!!あの大輝が、そんなスルーズを嫌うなんてこと、あるわけがない!!絶対!!もし仮に大輝がそんなやつなんだとしたら、私はどんな手使ってでも、大輝からスルーズを取り戻してやるんだから!!」


あんだけ最初冷静だったのは一体何だったのか。
ノルンのこういうところ、やっぱり何となく野口さん見てるみたいな気分になるな。
まぁ、ノルンはあんな風に下ネタ言ったりとか絶対しないけど。


「これでもまだ、自信ないの……?」


ノルンが涙目で私に問いかける。
何万年も付き合ってきている親友が、ヒントと言いながら教えてくれた答え。
目に涙を溜めながら、声を詰まらせながら教えてくれた親友。


そんな親友が言うことを、信じないなんて選択は私にはできない。


「……ノルン、ありがとう。私、どうかしてた。あんたの言う通りだね、何で今までそんなことに気付かなかったんだろう」
「スルーズ……」


ノルンが私に抱き着いてきて、私もそっと抱き返す。
へへ、とか言ってるノルン。
私はこの子と親友で良かったと思う。


「……なんて、言うとでも思ったか……?言いたい放題言いやがって!!」


ノコノコ締められにきやがって、バカめ……!
こうなることが予想できないとは、まだまだだな、運命の女神よ!!


「ぐぎ!?ぐ、ぐるじ!!じぬ!じぬる!!」
「死ぬわけねーだろこの野郎……でも、感謝してるのは本当だから。ありがとう」


顔色が変わってきて可愛げの欠片もなくなってきた親友をホールドから解放して、咳き込んでいるその頭を撫でる。
涙目で、それでもノルンは私に笑いかけてくれた。
親友が与えてくれたこの光明を、私には生かす義務がある。


後々私の素性が大輝に知れることもまた運命。
大輝ならきっと、それを戸惑いながらも受け入れてくれる。
おそらくノルンが言いたかったのはこういうことなのだろう。


こんな風にヒントをもらって、私は大輝を生かす為に、姫沢春海として死ぬことを決意した。




そして時は流れ、大輝と一緒のスクールライフが始まってから早くも二か月以上が経過している。
誕生日は先日二人だけでお祝いして、実はまだそれからそこまで日が経っていない。
だけど体調はどんどん悪くなっているし、こちらとしても大輝の為に春海が死ぬしかないということはわかっているので、致し方ないという考えに切り替わってきていた。


それでもきついときはきついし、辛いときは辛いのだが何とかして私は今日まで大輝にも両親にも、体のことは隠し通してきている。


元気だった時は神力のおかげで熱なんかまず出さなかったが、それが使えなくなって、少しするとこんな風に熱が出たりする。
そしてこの熱は私の……いや春海の体からどんどん力を奪っていくのがわかる。
今日に至っては、今までこの体で感じたことのない体温になっていることがわかって、それもあってか怠さが半端じゃない。


しかし……巧妙に隠し続けてきたつもりだったのにとうとう大輝にバレてしまった。
限界ってやっぱりあるもんなんだなぁ……人間の体だしな。
そして保健室の先生に言われて、病院へ行くことになってしまった。


ここまでくるともう、日帰りで、なんて呑気なことは言ってられないんだろうと予感する。
最悪入院なんてこともあり得るだろうと思った。


これから大輝と両親、そして野口さんにも悲しい思いをさせてしまうことは間違いない。
だけど、私の中でもう既に決めていることがある。
その為にこの運命を、私は受け入れると決めたのだから。


「宇堂くん、お願いね。気を付けて」


大輝に肩を借りて保健室を出たところで、大輝が何かに気づいた様で足を止める。
トイレでも行きたいのかな。


「あ……春海のカバン、持ってくるの忘れた」


ああ、そういえば大輝は自分のしか持っていないみたいだ。
必要ない、と一瞬は思ったけどよくよく考えたら保険証もカバンの中だ。


「春海、ちょっと保健室で待っててもらっていいか?お前のカバン取ってくるから」


わかった、と保健室に戻ろうとしたところで、女の子の声がした。
あの声は……。


「その必要はないわよ」


うちのクラスの女子だ。
可愛らしい顔立ちに大輝よりも高い身長、ツインテールの女の子。


「宮本さん……」


そう、宮本さん。
何と私のカバンを持ってきてくれていた。
私が今のクラスで唯一仲良しの女の子だ。


とは言っても出席番号が近かったってだけで、この子じゃなきゃ嫌だとかそういう理由でもなく、本当に偶然仲良くなっただけなんだけどね。
大輝も私繋がりで交流は多少あったはずだけど、名前を憶えていない様だった。
大輝は他の女の子に興味ないみたいでノルンの言ったこと、本当に当たってるなぁと感心する。


「宇堂くんが走っていくのが見えたから。ならここだろうと思って。ほら、カバンよ」
「悪いな、持ってきてくれたのか、助かるよ」


大輝が素直にお礼を言うと、宮本さんが顔を赤くして大輝から目を逸らす。
何だ、大輝……モテ期かな?


「そ、それより姫沢さん、思っていたよりも良くなさそうに見えるわ。病院に行くのよね?」
「何でそのこと……あ、野口から?」


野口さんもまた、私繋がりで宮本さんとは交流がある。
ならば野口さんから聞いていたとしても不思議はないだろう。
宮本さんが大輝を覚えていた、ということに大輝は驚いている様だ。
きっと、記憶力の良い子だ、とか思ってるんだろう。


本当に朴念仁っぷりが健在でため息が出そうだ。


「おっと、話はまた今度だな。悪い、宮本が言った通り、病院連れてくんだ。でも、恩に着る。今度何か奢るからな」
「そんなのいいわよ……姫沢さん、お大事にね」


宮本さんもまた、大輝にホの字なんだろう。
そんな宮本さんに、何か奢るとか言ったら宮本さん、期待しちゃうんじゃないかな。


二人で学校を出て、通り沿いでタクシーを探す。
時間帯的に少しずつ交通量が増えているし、捕まるのも時間の問題だろう。




「春海、大丈夫か?辛かったらすぐ言えよ?」
「大丈夫だって……大げさなんだから……」


乗り込んだタクシーの車内で、大輝は相変わらず私を心配する。
行先を告げられた運ちゃんが返事と共にタクシーを走らせて、少し混んではいるものの順調に走っている様に見えた。
これなら午後の診療には間に合うだろう。


だが間に合うということは、大輝との時間が取れなくなっていくことを意味する。
いっそ二人で逃げて、なんて考えてしまう。
こんな状態で私に何ができるというわけでもないのに。


「お姉さん、具合悪いの?」


運ちゃんがバックミラー越しに私を見る。
人と接する職業だからなのか、よく見ているなと感心した。
私なら大輝以外の人間とか必要がなければそうそう見たりしないし、見習わないと、と思った。


「ええ、実は熱があるんです」


私に代わって大輝が答えてくれる。
本当、私って大事にされてる。
朋美がいなくなったから、余計なのかもしれないけど……それでも少し嬉しいという気持ちは湧いてくる。


「そうか、じゃあ安全運転で急ぐとしますか」


運ちゃんがバックミラーから目を前に向けて、先ほどよりもスピードを出している様に見えた。
何とも頼もしい人だ。
五分ほど走らせて、前を見ると大きな建物が見える。


「あれが、その病院だ。もうあと数分で着くからな」


あんなに大きい病院だったのか。
名前だけは聞いたことあったけど、実際に来るのは初めてだ。


中に入るとすぐに受付があって、私は何とかしてカバンから保険証を取り出し、大輝が用件を伝えてくれた。
かけてお待ちください、と言われたのでお言葉に甘えて座っていると、受付のお姉さんが問診票を持ってきてくれたので書くことにする。
大輝が書いてくれようとしていたが、さすがに何でもまかせっきりなのは、と思って自分で書くと伝えると、心配そうな顔をしながら大輝も了承してくれた。


「診察……時間かかるのかな……」
「どうだろうな……でも、割と混んでる様に見えるからな……」


平日のこの時間しか来られないという人もいるのだろう。
それこそ社会人になって接客業にでもついたらこんなのは当たり前なんだと思った。


「デートの予定だったのに、ごめんね……」
「バカだな、そんなの元気になったらいつでもできるんだからさ。今は良くなることだけ考えてればいいんだよ」


正直私は少し後悔していた。
こうなるとわかっていたなら、デートの予定など詰め込むべきではなかった。
いつこうなってもおかしくないところまできていたのに、何でデートの約束なんかしたのかと。


結果としてこんなにも大輝に心配かけて迷惑もかけて……私は彼女としてもう失格なところまで来てしまっているんじゃないか。
どんどんマイナスな考えが浮かんでくる。


「姫沢さん、二番へどうぞ」


暗い気持ちに完全に支配される前に院内放送で呼び出しがかかって、私の番であることが告げられる。
大輝も一緒に、と思っていたが看護師さんに止められてしまい、私は一人で診察室へと入ることになった。


簡単に症状を診ただけではわからないということで、ちゃんとした検査をすることなった。
予想していた通り私の症状は軽くない様で、検尿に血液検査、そしてMRIにCTスキャンと人間ドックにでもきたのかという様な検査のフルコース。
正直高校生でこれだけの検査ってなかなか受ける機会はないと思う。


胃カメラとかはちょっと嫌だな、なんて思っていたがさすがにそれはなかった。
そして検査が終わるとすぐに診察室に戻される。


「まだ途中経過の段階のものが多く、断定はできませんが……」


その顔は渋い。
あまり言いたくない、という意志が伝わってくる。
私の知る医者というのは、あくまで淡々と病状だとか病名なんかを患者に伝えてどうしますこうします、みたいなのを押し付けていくイメージだった。


それがこの女医さんはどうだろう。
こう言ったら相手は傷つくんじゃないかとか、そういうことをできる限り考えて喋っている様に見える。
疲れる生き方してるなぁ、と思わなくもないが、人間味のある人だとも感じられた。


「今出ている結果を見る限り、よろしくはない様に思えます。この結果だけを見て判断するのであれば、私の知る限り最悪の結果になることもあり得ると」
「…………」


ズケズケ私みたいに言っちゃえる人と、そうじゃない人がいるのはわかっているが、私個人としてはノルンも死は免れないって言っていたし、そこまで気を遣ってもらわなくても、という気持ちが湧いてきてしまう。


「詳しいことは親御さんがいらっしゃってから説明したいと思いますが、今のままではお辛いでしょう。横になれる個室へ案内しますので、もう少しだけ頑張れますか?」


死ぬことが確定してるんだから、私としてははっきり言ってもらった方がいくらか気が楽になりそうなんだけど……この人はそうは思わないんだろう。
すぐに女医さんの言った個室に案内されて、ベッドに横になっている様に言われたので言う通りにする。


ドラマなどでよく見た光景。
自分がこんなところでお世話になるなんてこと、夢にも思わなかったが実際にこうしてみると、その時は近いんだということを実感してくる。
大輝の為に死ぬという運命を受け入れたとは言え、大輝や両親、友達に辛い思いをさせてしまうという、そのことだけが気がかりだった。

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