やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第23話

大輝の稽古を受け持つ様になってから、早くも三日。
正直大輝に触れる時間が増えるのは嬉しいことだ。
大輝としても正直自分が頑張らなくては、と思い始めている様で必死で私に食らいついてくる。


いい傾向だと思う。
この調子でいけば、勝利は難しくてもある程度頑張れるんじゃないだろうか。


大輝はこの作戦に賭けている。
それはもちろん私も同じだが、何と言うか今までの大輝とは気迫が違う。


空回る部分はあるにせよ、ここまで本気で大輝が何かをするのは久しぶりに見た。
本気になったとは言っても、ノルンが言ったことが本当だとするなら、大輝には万に一つの勝機もないだろう。
ただの人間がエインフェリアと戦うなんて、夢物語にすらならない。


強さの格が違う。
もっと言えば、次元が違うのだ。
しかし今回はもう、大輝に全て委ねるしかない。


だから私としても、勝てないとわかっていながらも稽古に手を抜いたりはしない。


「大輝、隙ありすぎ。相手が強いからって、最初から諦めてたら勝てる勝負も逃すことになるよ」
「んなこと言ってもな……」


大輝は的確に私との力量差を把握している。
だけど萎縮したりはしていない様で、遠慮なく打ち込んでくる。
そうこなくちゃ、とは思うが正直今回は時間がなさすぎて最低限の鍛え方しかできないことが悔やまれる。


大輝ならもっと、時間をかければ強くなれるだけの素質を秘めているのに、と。
それだけに惜しいという気持ちがあるが、逆に今出来ることは出来る限りしておいてやろう、という気持ちも湧いてくる。
そして、おそらく本人もそれはわかっているんじゃないかと思った。


だけど諦めるということは大輝の頭の片隅にもないのだろう、そういう姿勢があの魂の輝きの源になっているのだ。
足りないなら足りないなりの努力を、というのがおそらく大輝の中に根付いている。
だからこそ私も絶望せずに大輝をこうして鍛えているのだ。


決定打を与えてしまったりと、正直特訓という域は超えてしまっている気がするが、これくらいしなければこの短時間での成長というのは見込めない。
心を鬼にして、私も何度も立ち上がる大輝に対しての攻撃の手を緩めたりはしなかった。


何度も痛めつけ、休憩してを繰り返すうちに大輝の反応も大分良くなってきているのがわかる。
もちろんダメージも蓄積されてはいるのだろうが、それでも大輝の心は折れない。
全部終わったら、ちゃんと慰めてあげなくては。


そして時は流れて、明日はとうとう本番。
やれることはやれる限りやったはずだ。
あとは大輝がいかに力を出し切れるか。


「さて、いよいよだね」
「ああ、いよいよだ。やれることはやってきたんだ。あとはもう、ぶつかるしかないな」


ひとまず冬休みでもあることだし、明日はギリギリまで休んでもらう様に伝えて、私も家で明日の準備に取り掛かることにした。
どうせ明日大輝は傷だらけになるに決まっている。
本当なら神力でささっと治すことだってできるけど……もちろん今そんなことをするわけにはいかない。


私自身の持ち物は携帯と財布くらいでいいはずだ。
終わり次第うちに来る手筈になっているし、荷物が必要になるのは大輝と、上手く行くのであれば朋美。
いや、絶対に上手く行くはずだ。


そうじゃなかったら、大輝の案が間違っていたことになってしまうし、何より大輝を私は信じている。
明日はきっと、笑って朋美をここに連れてこられる。




そして大晦日。
大輝はもうすぐ朋美の家着く頃かな。
正直大輝を見守りたいという気持ちはあるのだが、バトルを見ていて頭に血が上ってしまいそうな気がしたので、後から行くと言ってある。


実はもう、近くまでは来ているんだけど。


大輝から前もって聞いた情報によれば、ここが朋美の暮らす団地か。
なんて思っていたら、三人の人影が出てくるのが見える。
大輝や朋美は見間違えようがない。


ということはあれがタコ坊主……見つかったら面倒だな。
私は、大輝たちの様子が伺える様にその空地のすぐ近くの雑木林に忍び込むことにした。


気配を殺してはいるつもりだが、なにしろ距離がそこまで遠くない。
下手に動くとタコ坊主辺りには気づかれるかもしれない。


大輝がタコ坊主に、朋美を俺にくれって言ったら怒るか?と言っている。
ほー……中学生の身分でプロポーズ……人生っぽいアニメの見過ぎでしょ、大輝。
割と離れているのに聞こえるのかって?


愚問だねぇ……中身が人間離れしてるのに、この程度の距離で聞こえないわけないでしょ。


少し興奮してしまいそうな気持ちを抑えて、私は再び大輝とタコ坊主に視線を向ける。
やや窮屈な思いはあるが、私はそのままの姿勢で二人のバトルを見守ることにした。
生でタコ坊主を見るのは初めてだが、正直ここまで差があるとは思っていなかった。


「いい動きになったもんだ。おめぇの努力が窺えるぜ。それでも、俺に勝てるとは思えねぇがな」


大輝の動きに成長を見たらしいタコ坊主が、少し嬉しそうに言っている。
そりゃ、私が鍛えたんだから当然よね。


「そうかよ、そりゃ光栄だな」
「こんな勝ち目のない戦いでも、おめぇの目は死んでねぇ。覚悟が本物だってことか?」
「男の子だからな、カッコつけてんだよ」
「そうかい、まだ始まったばっかりだしな。どんだけ成長したのか見てやるから、打ってこい」


このセリフからもわかる様に、タコ坊主にとって大輝の攻撃はほとんど有効打になっていない。
確かに大輝の目は死んでない。
だけど、これは……。


「言われなくても!!」


気合いと共に大輝が飛び出す。
スピードは急拵えとは言っても私が鍛えただけあって、それなりのものになっている。
それこそ稽古の時よりも、もう少しだけ上がっていると言えるかもしれない。


しかし大輝が存分に力を発揮できれば、善戦くらいまではできるかも……なんていう見込みはかなり甘かったと後悔する。
見た感じ象対アリくらいの実力差がある。
大輝は小さいから、もしかしたら象に踏みつぶされる確率は低いかもしれないが、大輝の速さでかき回しきれるかというと厳しいかもしれない。


だがどうだろう。
タコ坊主は大輝の言い分を、最初からわかっていた様に見える。
その上で敢えて、自分自身の目で大輝という人間を見極めようとこの挑戦を受けた。


どうやってケリをつけるかはわからないが、タコ坊主は本気で戦うつもりはないのだろう。
だけどあんまり私の大輝に傷つけないでもらえると助かるなぁ……。


なんて思っていたら、どうやらタコ坊主が大輝に付き合ってただの殴り合いに移行したみたいだ。
大輝がどれだけ頑張ったかっていうのは、もう伝わったってことか。
ならもう、あとは青春漫画とかみたいにお互いの熱いモノをぶつけ合って……いや、この場合絵面が割とガチだし……。


見たい様な見たくない様な、奇妙な好奇心に襲われて私はそれでも目を逸らさなかった。
時間にしたら既に一時間とちょっと。
バトルとしてはかなり長い時間だし、大輝の体力ももう限界だと思われる。


「いいねぇ、若いってのは……こうじゃなきゃな」
「……いや、俺としては正直、こんなのもう二度とごめんだけどな」
「はは、おめぇの体力はまだ発展途上なんだよ。だからな、次の一撃で終わりだ。構えろ」


……あ、終わりが近そうかな。
二人が右手に最後の力を込める。
とは言ってもタコ坊主はまだまだ余力を残しているはずだ。


「来い、大輝!!」
「おおおおおおおお!!」


おお?
タコ坊主が大輝って呼んでる。
小僧って言われてるとか言ってたのに、こりゃもう認めてるって言ってる様なものだね。


「大輝、もういいから……よく、わかったから……」


しっかし……やっぱ負けるよね、うん、仕方ない。
倒れた大輝に縋り付いて、朋美がわんわん泣いてるなぁ。
ちゃんと、朋美には伝わったのかな、この感じだと。


「おい大輝、おめぇ本気で朋美に惚れてんのか?」


父親としては複雑な気持ちだろうと思う。
パパは割とすぐに私と大輝のことを認めてくれたけど、そもそもパパとじゃ人間として違い過ぎるし。


「当たり前だろ……惚れてもない女の為にここまでするなんて正気じゃねぇって……」


まぁ、本気じゃなかったら私も手は貸さなかっただろうと思う。
そう考えると、大輝って成長したなって改めて思う。
親離れしたみたいで、私としては少し寂しくもあるんだけど。


「朋美に対して本気であることを……俺たちが朋美を大事にしていることを伝えるには、これしか思いつかなかったんだ。あんたも途中までは本気でやってくれてただろ?」


本気ではあったけど手加減はしていたと思う。
じゃなかったら今頃大輝はもしかしたら、物言わぬ肉塊になっていてもおかしくないし。
もちろんそうなる前に、全部ダメになるのを覚悟の上で止めに入っていたとは思うが……。


「なるほどな。大輝、俺はよ……お前のこと、少し見直したぜ。根性あるし、肝も据わってる。これから先朋美のことを任せるとしたら、お前しか相手はいねぇって思ってる。だからな」


真剣な目でタコ坊主が大輝を見ている。
今までは、何処か小馬鹿にした様な態度の方が目立っていたのに。
完全に大輝を気に入った顔だな、あれは。


あの大輝が、タコ坊主にも認めさせたということになるのか。
男は、同じ男から認められてこそ本当にいい男になるんだろうって私は思うから、これは非常に喜ばしい。


きっとこんなに無様に負けたのに、って思ってるんだろうけど、大輝は自分で言ったこと忘れちゃってるんだろうな。
大事なのは結果じゃなくて過程だってこと。
まぁ、それだけバトルに集中できてたってことなんだろうから、悪いことだとは思わないけど。


「言われるまでもねぇよ。あと、そこにいる嬢ちゃん!もう出てこい!朋美、年越しは三人でするんだろ?とっとと支度してこい」


うんうん、と頷いてそんなことを考えていたら私も呼ばれてしまった。


え、バレた?
まさか私の存在がバレてるなんてなぁ……。
仕方ないので観念して出ていくことにした。


「え?……いいの?」


朋美は私に気づいていないのか、タコ坊主の言葉を聞いて、信じられない、という様な顔だがその表情はやや明るく見える。
まぁ今はわき役でいいけどさ。
そのうち私のことも思い出してあげてください。


「当たり前だ。未来の旦那様と一緒に年越し、いいじゃねぇか。なぁ?だから今夜も朋美はおめぇに預けるからな」


ちっとも良くない!!
未来の嫁は私!!
朋美は二号なの!!


大輝、ちょっと何とか言ってやってよ!!
と思いながら大輝を見るが、大輝は私の視線に気づいていない様だ。
ちくしょうが!!言いたいことだけ言って帰っていきやがって……!


「なるほど……あれが朋美の父親。私でも少し苦戦したかもしれない」


なんて気持ちは死ぬ気で押し隠して、私はクールを装う。
くそ、大輝と朋美がここにいなかったら私が代わりにぶっ飛ばしてるところだ、タコ坊主……!


「お前が苦戦って……そこまでの相手だったのかよ……」
「だって、最後の方とか大輝に合わせてくれてたじゃん。わかってたでしょ?」


この子おバカちゃんだから、もしかしたらわかってないかもしんない。
ついつい言葉尻がきつくなりそうなので、心の中に留めておくが。


「やっぱりか……変だとは思ってたけどさ」
「まぁ、それがわかっただけでも大分成長した証拠だって。お疲れ様、大輝」


一応わかっていたみたいでよかった。
じゃなきゃ私があそこまで頑張って鍛えた意味がないもの。
ひとまず大輝にはそろそろ立ち上がってもらわないと。


「バカだよ本当……何でここまでするの?死にたいの?」


朋美は涙と鼻水でボロボロになりながら大輝に縋り付いているけど、大輝はそんなこと気にもしてない。
まぁ今日くらい、朋美に主役を譲ってもいいか。
終わりよければすべてよしとか言うし。


「ほら、そろそろ支度してこいよ、朋美。年越し蕎麦間に合わなくなっちゃうからさ」


大輝がくしゃくしゃと朋美の頭を撫でて、ボロボロの顔で笑う。
どうでもいいけど頭くしゃくしゃされると嫌がる子もいるから、相手は選んでやった方がいいよ。
って、もう六時半すぎてんじゃん。


ママがそろそろ夕飯作ってる頃だな。


「春海は何かトンボ返りみたいになっちゃってごめんな」


あ、私のこともちゃんと気にかけてくれてたんだ。
トンボ返りでも月面宙返りでも大輝の為だったら余裕だよ、うん。


「ううん、大丈夫。タコ坊主見てみたかったし」
「ぶっ。タコ坊主ってお父さんのこと?そういえば大輝もさっき、タコとか言ってキレられて怯えてたよね」


うわぁ、本人目の前にしてそんなこと言ったのか……無謀と勇気は似て非なるものだよ、大輝……。
全力を引き出す為の策略とかならわからないでもないけど、大輝がそこまで頭いいとは思えないし。
何にしても朋美が楽しそうだからいいか。


「今度私も言ってみようかな」
「いや、さすがにやめといた方が……」


まぁ、朋美ならさすがにぶっ飛ばされたりってことはないと思うけどね。
あんだけ娘溺愛してるんだし。


「あ、ちなみにタコ坊主って最初に言ったの大輝だから。出会った初日からタコ坊主呼ばわりしてたよね」
「あ、お前ここで裏切るのかよ!殺されたらどうすんだ!」


大輝の必死な叫びを見て、朋美が呆れた表情を浮かべる。
殺されるんだったら、さっきのバトルのうちにタコ坊主もそうしてると思うんだけど。


「まぁ、大丈夫じゃない?ああ見えてお父さんって、認めた相手には寛大だから。今までにあそこまで気に入られた人って、そんなにいないんじゃないかな」
「へ、へぇ……そうなんだ……」


顔を引きつらせて何やら思い出している様子の大輝。


「さて、じゃあ行こうか。私も沢山慰めてあげるよ、タラシの旦那」
「ありがとうよ……だけど変なあだ名増やすな。そしてそれ外で呼ぶの絶対やめてね」


呼ぶわけないでしょ……。
私まで変な目で見られちゃうから。
何はともあれ、大輝の頑張りによって今年最後の日は三人で笑って過ごすことができそうだ。


今日のバトルで、大輝の成長をしっかりと確認できた。
結果として、大輝は自分の力で自分の運命を切り開いたのだ。
言わば、一人立ちした様なものだと言えるだろう。


だけど、これからもそうなるんだとすると……私って必要なくなっちゃったりしない?
大輝が、何でも一人でできる様になっちゃったら、どうしよう……大輝は優しいから、そうなったとしてもそんなこと言わないとは思うけど……。
……いや、せっかく今日は大輝がちゃんと作戦を成し遂げたんだ、そんなことは気にしないでおこう。


この小さな英雄を今日くらいは、しっかり労わってあげようと、私は密かに誓った。

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