やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第17話

「なぁにやってんだよ大輝ィ……この私に断りもなく……よ……?」


ビュン!!と風を切る音が聞こえたと思ったら、いつの間にか俺と桜井の間に割り込んで、俺を庇う様に背中を向けて立ちふさがり、桜井の両腕を掴んでいる人影が。
蛮ちゃん……じゃないな。
もちろん春海だった。あと、何かしてるの俺じゃなくて桜井だから。


「は、春海……!?何でここに……」
「私はなぁんでも知ってるんだよ?」


怖い。何この子、詐欺師の後輩とかいるの?
タイミング良すぎてびっくりだわ。


「春海ちゃん……ごめん……」
「いいよ、何となくわかってはいたから」
「あ、あの……俺いつまでこうしてればいいの?空気椅子、ちょっと辛いんだけど」
「大輝……これで、狂座はもう二度と巡らない」
「え?あ、うん……色々混ざってるけどとりあえず場所変えないか?ちょっとばかり人目を集めすぎだろ」


俺と桜井のやり取りの段階でも少し人目があったのに、他校の生徒の春海があんな超人的な動きしてくれたもんだから、更に人が集まってきている。
中には教員も何人かいる様に見える。
このままだと本当にやばそうだ。


「あれ?大輝って見られて燃えるドM野郎じゃなかった?」
「んな設定ねーよ。ほれ、早く移動しようぜ。桜井も、いいよな?」


軽く頷いて、桜井も春海も俺に続いて歩きだした。
やたらと敵意のこもった視線が飛んできている気がするが、それもそうだろう。
この辺じゃ馴染みのない美少女に、学校の上位クラスの人気者を従えて茶番……いくら鈍い俺でもさすがにわかる。


結局、先日鉢合わせした時と同じファミレスに入ることにした。


「ドリンクバーとケーキでいいよね。ここの払いは任せて」


マジックテープの財布でも取り出して開けてきそうなセリフだが、もちろん俺の考えた様なことはなかった。
春海がさっさと俺たちの分まで注文して、そのまますっと立ち上がったと思ったらものの数秒で戻ってきて、俺たちの飲み物が目の前に置かれる。
どういう仕組みなんだ、これ……。


「さて」


春海が切り出して、ごくりと唾を飲みこむ音が聞こえた。
俺も何となく身動きできないでいる。


「まず大輝。桜井さんに関しては前にも言ったよね?何も考えてなかったの?」


あ、俺からですか……。


「確かにそうなんだけど……正直に言って、何も考えてなかった」
「桜井さんが何を言おうとしていたのかっていうのは、もうわかってるよね?」
「えっと……まぁ、多分……?」


正直、はっきり何か言われたわけじゃなかったし、その直前で春海が現れたわけだから……とは言っても春海が悪いってわけじゃないけどさ。


「だったら、どうするかって決まってないの?」
「ちょっと、突然過ぎたというか……何も考えてなかったってのもあるけど……」
「何で迷ってるの?桜井さんのこと好きなの?私とはキスより先に進む勇気もないくせに?もしかして二股かけたい願望でもあるの?」


グサグサ抉ってくれるな、本当……。
桜井も俺と春海を見て、心なしか顔色が悪そうに見える。


「そうじゃないよ。本人の前で言うのも何だけど、元々友達としか認識してなかった相手だし……ここでばっさりやったら、後々の関係に溝が……とか……」
「とか?とかって何?」
「あ、いえ……」


怖い。
逃げられるものなら逃げてしまいたい。
だがしかし、大魔王からは逃げられない……って誰かが言ってたよね。


「まぁ、こんなこと言ってても仕方ないから聞くけど、大輝はこれからどうしたいの?誰も傷つけずに生きていくなんてことが可能だって思ってる?私との関係はそのままに桜井さんを友達のままで、っていうのはかなり残酷な答えだと思うんだけど」


仰る通りだと思う。
だけど、まだこの中学校であと二年近く過ごさないといけないわけで、そうなると完全に関わり絶ってっていうのも難しいと思うし……。


「お、俺がどうしたい、っていうのはひとまず置いとくとしてだな……春海の考える最善って、どんなイメージなんだ?」


やっと出てきた言葉がこれという。
春海がため息をついて、桜井も軽くにらむ様な顔で俺を見る。


「最善なんてあると思ってるの?大体、大輝がどうしたいか、っていうのが今回の最重要項目なのに、それを置いとくっていうのがそもそもおかしいと思わない?」


全くもってその通りだ。
そして決まりきったことなのに、何で俺はこう、はっきり言えないんだろうか。


「……わかった。これからちょっと最低なこと言うかもしれないけど、落ち着いて聞いてほしい。受け止めるかどうかは任せるから」


桜井が俺を見つめている。
少しトキメキそうになってしまいそうだが、春海の前だしぐっと堪える。
そして当の春海はケーキをつついていた。


「俺は、これからも春海と付き合っていきたいし、だけど桜井と仲悪くなるのも嫌だ。本当、最低だと思うけど、これが偽らざる俺の本音だと思う」


春海は無表情で俺を見ている。
桜井は少しだけ、さっきより表情が柔らかくなった様に思えた。


「大輝の考えは大体わかった。じゃあ直球で行くからね、桜井さん。大輝のことどう思ってるの?」


自分でも言っていた通りのド直球。
バッターもキャッチャーも一網打尽にしてくれる、と言う意志が感じられる。
これはさすがに桜井も答えにくいんじゃなかろうか。


「あ、あの春海……」
「大輝、今は桜井さんのターンだから。ちょっと黙ってて」
「あ、はい」


軽く擁護して聞き出しやすい状況でも作ろうかな、と思ったら一瞬で封殺されました。
怒ってる様子でもないのにこの迫力とか、俺に何ができる?
俺は悪くない。悪いのは世界だ。


「私……私は……」


酸欠にでもなりそうだな、こいつ。
だけど何となく可愛く見える。
こんなに可愛い奴だったっけ?


ああ、でも学校内じゃ割と人気あるってそういえば……。
しおらしい部分が出ると、印象ってガラっと変わっちゃうもんなんだな。


「聞き方が悪かったなら、質問変えるね。大輝のこと、好きなんだよね?」


そんな言い方されたらノーとは言えなくないか?
いや、桜井もそんなこと言うつもりはないんだろうけど。


「うん、好き……なの……」


やべ、何かドキドキしてきた。
ただのオサレ系の騒がしいやつくらいの認識だったはずだろ!?
しっかりしろ、宇堂大輝!!


「そう、わかった。で、大輝は今のを聞いて、どう思ったの?」
「あ、俺?えっと……」


彼女の前でどう答えればいいって?
どう答えても、所謂詰みの状況だろこれ……。


「ちゃんと、はっきり答えてね。それによって対応変わるから」


それってもしかして、焼きの入れ方が変わるとかってことでしょうか……。
だとしたら適当なことは言えない……俺の命がかかってるんだ……。


「何とも、思わなかったの?」


はっきりしない俺にしびれを切らした春海が目で圧迫してくる。
くっ……凄まじいプレッシャー……絶望で涙が出そうだ……!


「い、いや、そんなことは……」
「ヘタレも程々にしないと、身を滅ぼすことがあるんだよ?」


その滅ぼすって、お前が自ら滅ぼすんだろ?
ってことはヘタレてたら殺す、って言いかえた方が早い気が……。
だからと言ってここで滅ぼされるわけにはいかないので、俺も躊躇いながら答える。


「しょ、正直なことを言えば……驚いたよ。う、嬉しいって気持ちもあるんだと思う……」


噛んだり詰まったりしない様に頑張って言おう、って思ってたのにめっちゃ詰まってしまった。
だって、マジで春海がおっかなくて……。


「そうだよね、よくできました」


絶望的な状況からはとりあえず開放されて、ほっとしたのもつかの間、春海から次の質問が飛んだ。


「それで、大輝のことが好きな桜井さん」


何でそう悪意のこもった言い方するの……。
見ろよ、桜井のやつ恥ずかしがって俺のこと見ようともしないじゃないか……。
まぁ俺も多分見られたら目逸らしちゃうんだけど……。


「大輝とどうなりたいのか、私がいるのを理解している前提で聞かせてもらっていい?」


随分とまた突っ込んだ聞き方すんなぁ……。
俺にとっても桜井にとっても、これは公開処刑だな本当に。


「それは……」
「それは?」


春海さん、がっつきすぎじゃありませんかね?
そんなこと言ったら何されるかわからないので、もちろん口には出さない。


「私も、宇堂と付き合いたい!!」


そうだよな、そう簡単に言えるもんじゃないよな……ってあれ?
おいおいマジかよ……なんつーことをそんなでかい声で……。


「だって、好きなんだもん!!この気持ち、どうしようもないんだもん!!」


やめて!そんなこと、こんなとこで叫ばないで!
桜井の叫びに、一瞬店内がざわっとなる。
傍から見ればこの状況、修羅場だしな……。


「桜井さんの言い分も気持ちも、よくわかった」


だが春海はそんな周りの目など気にも留めていない。
運ばれてきたケーキを、フォークでつつきながら春海は桜井を見る。
あのケーキ、俺に見立ててフォーク刺したりなんてしてないよな?


「大輝はどうしたいの?どっちかを選ぶの?それともどっちも選ばない?」
「お、俺は……」


いや待って、何で俺が春海と別れるって選択肢があるの?


「それとも」


フォークをテーブルに置いて、春海が俺を真っすぐ見据える。
心臓を射抜かれそうな、鋭い視線に俺は戦慄した。


「二人ともと付き合う?」


どういうことだ?
まさか二股を提案してるのか?
あの春海が?


桜井も、信じられないものを見るかの様な目で春海を見ている。
いや、俺だって信じられない。
だからって聞き直していい雰囲気じゃないけど。


「さっき桜井さんは、私『も』宇堂と付き合いたいって言った。これって、世間的に言う二号さんとか二人目の彼女として、ってことじゃないの?」


そ、そういう意味か?
私だって、宇堂と付き合いたい……つまり、春海ちゃんばっかりずるいよ、私にもたまには貸して……あれ?あんま意味変わらなくね?
だとすると、二人と付き合うってことか……?


ハーレム形成からの死亡エンドって流れしか、今の俺には見えないわけだが……。
帰ったら即遺書でも書いた方がいいか?


「……それでも、いい。宇堂が私をちゃんと、女の子として見て、付き合ってくれるんだったら」


おいおいおーい!
何でこの子自分から地雷踏みに来る様な真似すんの!?
そこまで俺に拘って、何の得があんのよ?


「おい待て桜井。とても正気とは思えんぞ、今のは……俺たちまだ中二だろ?無責任な言い方しちゃうけど、この先俺なんかよりももっとずっといい男と出会えるかもしれないんだぞ!?」
「そんなことわかってる!!だけど、今はもう宇堂しか見えないの……」


恋は盲目とか言うけどさ……確かによく聞くけどさ……。
その目、ちゃんと両方開いてるか?
もっとちゃんと開けて目薬もさして、見た方がよくないか?


「桜井さんは答えを出した……それがどれだけの痛みだったか、大輝にわかる?」


くそ、炎術士の兄みたいなセリフを……。
大体そのセリフ、滅ぼされる側が言われてたはずだけど……俺、この流れだと癒しの炎で消滅させられちゃうじゃん。


「大輝、私はね」


ちゅーっとコーラをすすって春海が俺を見る。
よく見ると氷溶けてないか?
何なら俺おかわり持ってくるけど。


「色々考えて、桜井さんとなら一緒に付き合うのもありかなって思う。だって桜井さんはきっと、大輝のこと私と同じくらい大事にしてくれるはずだから」


おいおい、そんなこと言ったらお前……桜井の顔が、段々トキメキモードに……。
そして桜井、頷いてないで何とか言ってくれ……。


「だ、だけどお前……」
「大輝、よく考えて?ここで桜井さんを友達として押しとどめることが、桜井さんにとっても私たちにとっても、幸せな結果になると思う?」
「それは……」


よく考えろと言われれば、そうしないわけにはいかない。
仮に、桜井とここで友達でいよう、ってなった場合。
自惚れかもしれないが、桜井は果たして俺への思いを振り切れるか?


今まで通りに友達としてやっていけるのか?
桜井の気持ちを知った今、俺は今まで通りに接することができるか?
それに……。


桜井が今日みたいに暴走したりってことが、今後ないって保証は?
おそらくどこにもない。


「友達でいようってなれば、きっと桜井さんは何処かで捻じ曲がってしまう。それは今日のことで良く分かったんじゃない?」
「…………」
「確かに、二人で大輝と付き合うって選択をしたからって、捻じ曲がらないなんて保証はないよ。だけど、現状私と桜井さんの利害は一致してる。何も失うことなく、大輝を共有できるんだから。なら上手く行く公算の方が大きいし、その可能性に賭ける方が前向きだって私は思う」
「それはそうかもしれないけど……それだと俺にとって都合がよすぎないか?」
「二人がそうしたいから、そうするんだって。それじゃ納得できる理由にはならない?」


先ほどまで黙って見守っていた桜井が口を開く。
本当にこれが一番の解決策か?
俺は、ここまで言ってもらって、どうしたいんだ?


俺は現時点で春海を大事だと思っているし、それはこれからも変わらないだろう。
だけど、ここに桜井が加わったとして……桜井を大事にできるのか?
多分桜井は俺のこと、大事にしてくれるんだろう。


だったら、俺も男としてそれに応えていくべきなんじゃないのか?
とはいえそんな器用なことが、俺にできるのか?


「大輝はきっと、俺に桜井を大事にできるのか、とか考えてるんだろうね」


全くもって、その通りだ。
ここまで来ると、もはや怖いを通り越して清々しくなってくるな。


「私はね、大輝ならできるって思ってるよ。私と同時進行でもきっと大輝はどっちも蔑ろにできない」
「何で、そう言い切れるんだ?」
「何事もいい加減にできない不器用男、それが宇堂大輝という人間だから」


俺のことなのに俺なんかよりずっとよくわかってる、春海は。
本当、敵わないな。


「私……今はまだいろんな部分で春海ちゃんに敵わないと思う。でも、私は私なりにこれからもっと宇堂のこと知っていきたい。だから、宇堂さえ良いなら……」


ここまで言われたら、さすがにもう詭弁を並べてグダグダ言ってるのは違うよな。
童貞のくせに女二人も侍らせて何様だとか思われそうだけど。
だけどそんな針の筵に座って男を鍛えていくっていうのも、割と悪くないかもしれない。


そんなことが頭に浮かぶ時点で、俺はもう普通じゃないんだろう。


「……わかった。応えていける様に努力するよ。あと、春海」
「どうしたの?」
「本当ならお前に独り占めさせてやりたかったんだけどな……ごめん、俺がはっきりしないからこんな結果になっちまって」


心底申し訳ない気持ちになって、俺は頭を下げずにいられなかった。
この構図は、傍から見れば浮気バレしたダメ男が謝罪してる、みたいに見えるかもしれないが、これも罰の一つだと思って受け入れよう。


「ああ、それなんだけど」
「何かいい案でもあるのか?」
「桜井さん、これからの付き合いに当たって、いくつか条件出してもいい?」
「えっと……痛いのとかじゃなければ……」


春海の出した条件は、以下の通り。


・俺の初めては誰にも譲らない。
・桜井と俺が二人で会う時は、予め連絡を入れましょう。
・週に一度は三人で親睦を深めようじゃないか。
・週末は基本的に春海の日。だけど例外的に三人で会うこともあるよ!


大まかにこんな感じで、破ったら即ご破算。
例外は応相談、とのこと。
最初の一個以外割と緩い気がするのは俺だけか?


「随分と優しい条件じゃないか?」
「だって、私の生活は大輝が全てだもん。だから大輝の為になることだったら私、何でもするつもりでいるよ?」


そうかい、為にならないことも相当されてきてる気がするけどな。
まぁでも今更だよな、忘れよう。


「あとは……みんな名前で呼び合おうか。苗字じゃ何か他人行儀だし」


桜井は……桜井朋美。だから朋美。
春海に関しては今まで通りか。
それから、この騒動は学校では表向き、現状維持ってことに落ち着いたことにしておこうと春海は言った。


俺が二人の女子と付き合っているなんていうことがバレれば、当然俺の立場が悪くなる。
別にそれで俺が孤立するくらいは構わないが、その巻き添えで桜井……じゃなくて朋美まで孤立したら、と考えて俺はその提案を受け入れることにした。
朋美にも十分気を付ける様釘を刺していたが、本当に気を付けないといけないのは朋美なんだろうなと思う。


どうやら円満に解決できた様だが、何だか俺はまだ実感が湧かない。
朋美とも連絡先を交換して、解散して帰宅する最中にもずっと、あの出来事は夢だったんじゃないかと思った。
俺に彼女が二人……本当に現実味がない。


こんな結末があって、本当にいいのだろうか。
正直急展開すぎて色々とついていけていない。
取り返しのつかない選択をしたわけじゃないよな?なんて思いながら帰宅して、俺はしばらくあのファミレスでの出来事の余韻に浸っていた。

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