やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第16話

何て言うか、夢なんだろうということは理解できているのに何もできないもどかしさ。
大輝とかその周りの女の子たちを、巨大なハンマーで叩き潰して食べるという猟奇的な夢を見た。
神である私から見てもちょっと常軌を逸した内容だと思うし、正直怖かった。




「…………!!」


あ、夢……いや、夢の中でも私は夢であることを認識していたはずだ。
なのに肩で息をして、通常ではありえないほどの汗をかいている。
毎回、このお泊りデートで見る夢は内容こそ違えど何故か悪夢だ。


罪の意識……もしくはこの後の展開を考えてのストレスが見せるのだとしたら、私もまだまだ未熟ということなのだろうか。
とにかく汗が気持ち悪いし、大輝にこんな汗臭い私を見せたくないのでとりあえず、神力を使って汗と汚れを飛ばしておく。
シャワーを使えば、とも思うがそれだと大輝に心配をかけてしまったりといいことがない気がする。


「おはよう……」


朝、夢見が悪かったせいもあって、熟睡できた気がしない……だけど私は目を擦りながらもリビングへ行った。


「おう、おはよう」
「おはよう春海、朝はパンでいい?」


今まで通りなら、二人はイイコトとか言いながら朝食を済ませているはずだ。


「うん、ジャムあったらお願い」
「じゃあ、顔洗ってらっしゃい」


言われた通り顔を洗いに洗面所へ行って、その途中で大輝が私の部屋に教材を取りに戻るのを見た。
暇があったら勉強なんて、本当に大輝の意識が変わってきていて嬉しい限りだ。


「二人とも、もうご飯食べたの?」


もちろんわかっていることだが、あくまで流れに従って聞いておく。


「まぁな、八時に起きてたから」
「早いなぁ……ちゃんと寝た?」


そして大輝が机で寝ていたことも知っている。
あの状態で放置とか、ちょっと可哀想だったかなと毎回思う。


「ああ、机でだけど」
「あれ、もしかしてベッド占領してた?」
「いや、そうじゃない……でも、学校の机よりずっと寝心地良かったよ」


学校では居眠りしまくってるって言うわけじゃないのはわかってるけど、何となく心配になってしまう様なセリフだ。


「それより、春海……」
「何そのゲスい顔。ちょっと怖いよ」


ちょっと傷ついてる風に見えるけど、ここで挫ける様な男ではない。


「お、俺、秀美さんとイイコトしちゃった」


私に向かってドヤ顔で言う大輝は何となく可愛らしく見えた。
そんなことで私を騙せるなんて思ってるんだから。


「ああ……朝ごはん一緒に食べたの?」
「はぁ!?何でわかんだよ、お前の家の常識絶対変だわ!」


そう言って驚愕の表情のまま参考書に目線を戻す大輝。
ごめんね、初見だったらちょっと驚いていたんだけど。


「大輝くん見てたら何となく思い出してね、使ってみることにしたの」


そう言いながらママが私の朝食を持って現れた。
夢のせいもあってイチゴジャムとかはちょっと勘弁、と思ってたけどマーマレードで安心だ。


「大輝くんと出会ってからは、そういうのなくなって……だから大輝くんは春海の寝起きの救世主ってわけね」


私が知らないはずの春海の過去の話は、半分くらいこの場面で聞いている。
ちなみに話を聞いている中で恥ずかしがる様な様子を見せると、大輝は失礼にも私に恥じらいなんて概念があるなんて、みたいな顔をしていた。


「でも、すっかりと仲直りしてるみたいで安心したわ」


そう言ってママは私たちを見て微笑む。
昨日の大輝の様子で神経をすり減らしていたのかもしれない、と思うと毎回申し訳ない気持ちになる。


だがいつまでも悲しんではいられない。
もう既に、運命は私があるべきと願う未来に向けて動き出しているのだから。




そして今日。
不完全燃焼感の拭えぬ朝だった。
昨夜は一人で明日のことにイラつきながら一人悶々とした夜を過ごして、いつの間にか眠っていた。


正直嫌だなぁ、って思ってたこの日がとうとう訪れる。
散々突っぱねてきて、大輝が生きられる道を、なんて考えたがそんなものは存在しなかった。


大輝は運命に呪われてるのかってくらいに、確実に殺される。
タイミングをずらせば、とか色々足掻いて漸く行き着いた答え。
それは私の本意を尊重すれば大輝は死んでしまうということ。


結局はハーレムを今日、形成することが唯一の大輝の生存ルートだ。
桜井さんは普段のメールを見る限りでも、大輝に対して本気であることが窺える。
少女と呼ばれる年齢で、その年頃の女子が移ろいやすいことを差し引いても、大輝に対する思いが簡単に揺らいだりはしないはずだ。


授業を聞くふりをして大輝との昨日までのことを振り返っているが、かなりの時間を私は二人で過ごせた。
これからも一緒にいたいって言うのはもちろんだが、その結果大輝が死んでしまうんだったら何の意味もない。


この運命のせいで作ることになったハーレムだが、果たして桜井さんは馴染めるだろうか。
ある種の妥協案として今日の話し合いで提案するつもりだが、乗ってくるかが問題だ。
そして乗ってきたとして、私の出す条件を飲むかどうか。


その後についても懸念されることはある。
桜井さんを無事迎えることができたとして、芋づる式に女が増えて行ったりとか……。


正直桜井さんが乗ってこないということは、ほぼないだろう。
何故なら、先日の大輝暴発事件はこの為に起こした様なものだし。
メールでの報告も、結局は桜井さんを煽るのが第一の目的と言える。


あの事件を知って桜井さんは、今以上二人の仲が進展したら私の入る隙はなくなる、と焦ったはずだ。
そして今日の暴走から私が止めに入り、頭を冷やしてもらったところで提案する。


今の段階で桜井さんは大輝を奪い取ることを考えていて、でも勝算はないと考えているだろう。
そんな絶望の中に差し込む一筋の光……この場合蜘蛛の糸とも言えるが、それが桜井さんの唯一の希望になる。
そう、提案することができれば、もう私の勝利は確定だ。


もうあと数時間で、桜井さんが暴走するのだ。
そうなれば私も動かなきゃいけなくなる。
……憂鬱だ。


イライラしながら授業をやり過ごしていると、いつの間にか昼休みだ。
大輝にメールを入れなくては。


『桜井さんたち、何か言ってた?』


何も言われてないことくらい、知っている。
だけどここでのやり取りをしておかないと、大輝はメールも寄越さない。
たった少しのやり取りでも、私にとって大輝からくる連絡は癒しの一つだ。


『いや、何も。憐みの視線向けられただけで済んでる。というか、教室で暴発云々言われたら俺、登校拒否しちゃうかもしんない』


そうなったら私が養ってあげるから……と思うけど大輝が死んじゃうから却下。
今頃桜井さんと話している頃なんだろうな……。
だけど私は必要なことだから若い二人の邪魔しちゃう。


『何?浮気?』


大輝は以前のルートで聞いてる通りなら今頃桜井さんに軽く詰め寄られているはずだ。
そして。


『はっ、何言ってんだ。俺にそんな甲斐性ある様に見えるのか?もちろん、バレない自信だって欠片もない』


こう返ってきた後は、特にメールもこない。
桜井さんがちょっかいかけているからだ。
しかしここで余計なことが返ってこなかったことを喜んでおく。


仮に余計なことが返ってくる様なら、何かしらのイレギュラーの可能性を考える必要があるし、場合によってはまたやり直し、なんていうことにもなるからだ。
ここまでが順調であることを確認できた私は、ひとまず五時間目の授業の準備を始める。
まだ早いかな、とは思うが別にここが多少ズレたところで支障はないはずだ。


そしてやってきた五時間目の終わり。


「姫沢さん、早退?」
「うん、ちょっと家の用事でね。お先に」


クラスメートが不思議そうな顔で見送ってくれて、私は駅までの道を急ぐ。
私みたいな過ぎるほどのお転婆が、この様にお淑やかにしてるのを大輝が見たら、どんな顔をするんだろう。
普段の私からはかけ離れすぎてて引くのかな、なんて考えるが中学で大輝がこっちに来ることはまずないだろうから気にする必要もない。


電車に乗って大輝の地元の駅に向かうわけだが、乗っている時間が長めでご飯の後ということもあって眠くなってしまう。


だけど手遅れにならないタイミングはちゃんと見計らわなくては。


裏門が見えてきて、こっちから入ってもいいのかな、と思ったがとりあえず毎回正門から入っているし、と考え直して正門に回る。
いるいる。
早くも大輝は詰め寄られている様だ。


我ながら完璧なタイミングだと思う。
そして絶妙なタイミングでの壁ドン。
何度見てもこの時の桜井さんはバーサーカーみたいだ。


聖杯戦争でも始めるつもりなのだろうか。


「お、おい桜井?」
「私っ……」


よし、ここだ。
桜井さんの両腕を掴んで壁から離し、大輝に微笑みかける。
今までとは違う運命の戦いの幕開けだ。

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