やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第7話

「お前、ちょっとガチガチになり過ぎじゃね?」


今日は春海と付き合い始めてから初のデートの日。
以前から待ち望んでいたということもあって、正直俺は良平の言う通り、ガチガチに緊張していた。
確かに早起きまでしたくせに……というかあんまり眠れなかっただけだが、髪型も洋服も決まらなくて、右往左往していることは認める。


何しろ、かれこれ三時間近く俺は鏡の前でこうして悩み続けているのだ。
それを見かねた良平が、いけ好かない半笑いの表情で俺に話しかけてきたというわけだ。
良平なら、俺の救いの光になってくれるだろうか。


「おいおい、今日すぐに大人の階段登っちゃうとか考えてないか?さすがにそれはがっつきすぎだぞ?」


……んなことわかってる。
だけど相手はあの春海だ。
何があったって不思議じゃないんだぞ。


「まぁなんだ、とりあえずお前笑っとけ。それで万事解決できるから」
「はぁ?」
「いいから!こっちこい!!」


そう言って良平に抱き寄せられて、腐女子大歓喜の展開にも見える構図で、俺は良平に全身隈なくくすぐられた。
死ぬほど笑って、涙ちょちょぎれそうなくらいに、それこそ半年分くらい笑わされた頃、いつの間にか良平の手が俺の体から離れているのに気づく。


「どうよ?少し楽になったんじゃないか?」
「あ……お前すごいな。確かに少し体軽くなったわ」


嘘みたいな話だが、良平のあのいやらしい手つきによるくすぐりによって、俺の緊張はほとんど消えてなくなっていた。


「よし、そしたらあとは心構えくらいだろ。つっても、お前がリードするんだ、程度の余裕が持てればそれでいいと思うけど」


相変わらずの上から目線でちょっとだけイラっとするけど、正直現状を打破してくれたのは良平だし、今回だけは感謝してやらないこともない。


「リードってもなぁ……正直あいつ万能すぎて今までだって、あいつの言う通りに動いてきてるから」
「だったらそれでいいじゃん。お前が今まで通りじゃない方が却って姫沢さんはがっかりするかもしれないんだから」


なるほど、一理あるかもしれない。
まぁ、俺にも意地はあるし、一応リードしようって姿勢は見せる様にしないとだけどな。


「わかった、とりあえずありがとう……ってあ!もう時間じゃねーか!!行ってくるわ!!」


時計を見ると、出発しようと考えていた時間がすぐそこまで迫っていた。
このままだと初デートで不名誉な遅刻、なんていう烙印を押されてしまう。


「ああ、まぁ何だ……気負わずに行けな。お前なら大丈夫だよ。上手く行けばキスくらいはできるかもしれないぜ」


あれだけ騒ぎになったはずのキス事件だったが、先日の告白の分も含めて良平の耳には入っていない様だった。
どういうことなのかわからないが、俺より優位に立ってると思っているであろう良平に、傷を負わせない為に気を遣った人がいたりするんだろうか。
本当によくわからない。


「キスなんかとっくに終わってるよ!んじゃ、いってきます!!」


そう言い残して、俺は施設を出た。
ちなみに後から聞いた話では、良平はキスのことを聞いたあとで暫く固まっていたらしい。




「あ、やーっときた!女の子待たせるなんて、極刑ものの罪悪よね……!」


出発がやや遅れた認識はあったが、それでも少し早めに着いたつもりだった。
だが、春海はその更に上を行く早さで到着していた、ということか……!
ていうか会って早々、物騒な単語出すのやめてくれ……。


まぁ、それだけ楽しみにしてくれていたということなんだろうと都合の良い解釈をしておく。
そうじゃなかったらさすがに精神が持たないからな。


「ご、ごめん……早いな、しかし。そんなに楽しみだったの?」
「はぁ?当たり前じゃん。大輝は楽しみじゃなかったって言うの?」


おこなの?
ちょっと近い、近いから。
毎回こんな感じで春海は俺をドキドキさせてくる。


慣れちゃったら俺も塩対応とかする様になるのかな。
それはちょっとだけ、寂しい気がしなくもないが……。


「いや……実は楽しみにし過ぎて、出かける直前までガチガチになってた。少し遅くなったのもそのせいなんだわ。どうかご容赦を……」
「何それ、大輝も人並みに男の子してるんだねぇ」


先ほどの物騒雰囲気は何処へやら、他愛もない会話をして場所を移動する。
まだ午前中ではあるもののさすがに休日だ。
人はそれなりにいる様で、早く行くところを決めないと待ち時間が長くなったりしそうだ。


「で、どうする?何処か行きたいところはあるのか?」
「ええ?いきなり人任せ?」
「だって俺、デートとか言われたってわかんねーし……」


そう、先ほどまでガチガチになっていた原因でもある、この行先について。
大体、この辺なんか何度も来ているところではあるし、じゃああそこにしよっか、とか提案できるところだって通い慣れた場所ということになる。
となれば、マンネリ解消……って、付き合い始めに使う言葉じゃない気がするが、その為に少しくらい無理してみようか、とか考えるのは俺の悪い癖だ。


「いつも通りでいいんだって。前からよく二人で遊んでたでしょ?」
「そんなもんかね?」
「そうだよ。……ははぁ、なるほど。もしかして、デートとかいう単語からエッチなことでも連想しちゃった?」
「ば、バカか!」


言葉で否定はしているものの、正直なところ考えてないわけがない。
考えない様にしていたのに、わざわざ思い出させる様なこと言いやがって……。
こいつ絶対わかってて言ってるよな……。


「バカって酷いなぁ……私、大輝とだったらいいって思ってるよ?」
「か、軽々しくそんなこと言うんじゃありましぇん」


少し噛んでしまったが、そのまま軽く春海の額にチョップを入れる。
もし、だぞ?
もし仮に今日そうなるんだとして……だとしたら、俺にだって準備せにゃならんことが山積みじゃないか。


当然ながらそんなことを想定はしていないので、準備の「じゅ」の字すらしてないのに、いきなりそんなことになっても困る。
なので今日はなるべく平和的に、しかしきちんとデートというものに慣れておきたい。


「嘘じゃないんだけどなぁ……」


やめろ、俺に揺さぶりをかけるんじゃない!
まだ中学生になったばっかりで、こないだまでランドセル背負ってた様な俺たちが、それ以降のことに責任を持てるとは思えない。
何より今からそんなことを体が覚えてしまった場合……俺は抑制が利かなくなって、更におバカになってしまいそうだ。


「ま、まぁ何だ……そういうのはほら、もう少しお互いを知ってからな。だから、そのうちってことで……」
「やった!絶対だからね!」


良平は俺にがっつくな、なんて言ってたけど、実際こいつの方が断然がっついている気がするのは俺だけか?
俺がなけなしの勇気を振り絞って押したりしたら、案外すんなりと先に進んでしまいそうで、ちょっとだけ怖い。


何をするにもひとまずは腹ごしらえを、ということで食事ができるところを探す。
そこまでお金を持ってきているわけではないし、初デートということもあるのでちょっと小洒落たレストランでも、なんて俺は提案してみる。


「あのねぇ……そういうのは、社会人である程度お金自分で稼いでる人が行けばいいんだよ。私たちまだ中学生でしょ?しかもなりたての。ハンバーガーでいいじゃん」


春海は、はぁ……とため息をついて、俺の肩に手を置いてまるで諭すかの様に言った。
確かに春海の言う通りかもしれない。
カッコつけるにしても、さすがにちょっと過剰だよな。


「そ、そうだよな。ならまぁ……任せていいか?」
「仕方ないなぁ、大輝は。それにね」
「ん?」
「大輝と一緒に食べるなら、どんなものでもいつもより一層美味しく感じるんだから」


何ということでしょう。
春海がここまで俺のことを思っていてくれているなんて。
そしてこんな天下の往来で、そんな恥ずかしいことを言われると、知らず顔が赤く熱くなってくるのを感じる。


――もちろん嬉しいに決まってるんだけどな。


春海の提案通り、近くにあったファーストフード店で昼食をとって、俺たちは店を出る。
春海は気遣いが細やかで、俺が自分で頼んだ分だけで足りないのを予見して余分に頼んでいてくれた。
餌付けされている様な気分になったが、これはこれで嬉しい配慮だ。


嬉しいと感じる一方で、俺もしてもらってばっかりじゃなくて、何か返していかなきゃ、なんて気持ちになってくる。
春海はきっとそんなの気にしてないんだろうけど。


「さて、どうしよっか。運動でもする?」


そ、それはあれですか、夜の運動会的な……でも大玉転がしなんかは実際割と小玉だけどいい?
などと言う妄想を瞬時に打ち消して、運動運動……と考えを巡らせる。
そういえばこの辺に確か……。


「あ、ああ、そうだな、ボーリングでもしに行くか?」
「ねぇ、今エッチなこと考えてなかった?」


何故バレたし!
俺ってそんなにわかりやすいの?
サトラレの能力にでも目覚めちゃったかな……。


だとしたら隠し事なんか無意味でしかなくなっちゃうわけだが……春海からしたら案外好都合とか考えるんだろうな。


「バカ言え、何をこんな真昼間から……」


仮にサトラレの能力が発動しているんだとしても、ここで素直にオフコース!とも言えず否定にもならない否定を一応しておく。
ただ思うのは、そういう目で見ることができなくなってしまったら、逆に危機感持たないといけなくなりそうな気もする。
もちろん春海のことだからそういうの回避する方法とかすぐ思いつきそうではあるけどな。


「ふぅん?そう?本当に?……でも、嬉しいよ。私のこと、そういう対象として見てくれてるってことでしょ?」
「そ、そりゃ……彼女……だからな」


まだ俺の中で彼女、とか彼氏、というのが定着しきっていないのか、改めて口にすると何となく恥ずかしい気持ちになって思わず口ごもってしまう。


「私もね、大輝のことをそういう目で見てるからね?」


そんな俺とは対照的に、照れもせず春海はさらりと言ってのける。


「そんなのぶっちゃけなくていいから!」


思春期の男の子は色々と大変なんだよ!
そういうの聞かされたら、否応なしにそういうこと連想しちゃう生き物なんだよ!


余計に高鳴ってしまった鼓動を必死で抑えつけながら近くのボーリング場へ。
途中、左手に暖かいものが触れて春海が俺の手を握ったのだと理解する。
ここでヘタレて手を放さなかったことだけは、褒めてもいいかもしれない。


少し強めに握り返して、俺は一人満足感に浸っていた。


ボーリング場に到着すると、まず必要になるのがレーンを使うための手続き。
実は俺はただの童貞じゃない。
ボーリング童貞でもあった。


いや、ボーリングの玉の穴でどうこうって言うんじゃなくてね。
ボーリング自体をやったことがないって意味。
手続きは何とかできたが、この後の流れがわからない。


うーむ、参った。
なんて考えていたら、春海がすたすたと歩いて行って靴を借りて、ボールを選んでいるではないか。
なるほど、これが正しい流れか。


春海と目が合ってウィンクされて、春海が気を遣ってくれたのだと気付く。
さりげないだけでなく、ちゃんとそのことに気づかせるとか、本当にこいつは俺と同い年なんだろうか。
中学生でここまでのことができる様なやつを、俺は知らない……つってもそこまでまだ知り合い多くないけど。


初めてだったんだよね?きづかなくてごめんね、なんて言っていたが、こっちこそごめん、だった。
こんなことなら見栄なんか張らないで素直にボーリング童貞です、とか言っておけば良かったんだと。
そんな俺の後悔をよそに、春海は次々めちゃくちゃなスコアをたたき出していた。


百行くかどうかな俺と、二百超えが当たり前の春海。
四ゲームほどやってはみたものの、勝負にすらなっていなかった。
ま、まぁほら、俺今日が初めてだし?


とは言ってもやっぱり春海には敵わないな……惚れた弱み補正なんかもあるのかもしれないが、俺が努力しても多分その差はそうそう埋まらないんだろう。
そのことを再確認させられた初デートだった。

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