『俺の妹は、こんなに手がかからない!』

黒猫

 第3.5話『お色気作戦?』

「風呂なんだけどー、お婆ちゃんが、俺たちの後に入るからさ、時間も時間だし、先に風呂行ってくるね」




「はーい」










 この脱衣所は、昔からこの香王のハンドソープの匂いがする。
 匂いと言えば、浴室の足場の新しげなスノコ板からは、まだ杉の香りがしている。




(熱っっ)




(ふーっ)




 こうして、落ち着けるのは湯船に浸かってる時くらいだ……




 しかし、初対面でキスって……あれが妹の顔じゃなければ、どれだけいいことやら。






 これからは、兄として気丈に振る舞わないとなぁ






 まったく100年か1年かって、鈴音のせいで、とんでもないとばっちりを受けたもんだ。




 これも、神谷家の兄弟に課せられた数奇な運命か……そんな運命に逆らった鈴音の分まで……俺には、不幸がふりかかるんだろうなぁ……




 にしても……あんなことがあって、それを嬉しくないと言うのは、やはり無理があるなぁ……






「ふっ」






(今日は、長かった)








 明日から学校……どうなることやら……














ガチャガチャ




(んっ!?)


 いやいや、嘘だろ? 鍵かけたんですけど!?






「あのー、入ってるんだけどー」






「わかったー」








ガラッ……






((いやっ! わかってないだろっ!))






 まだ!扉に手が掛けられたくらいだ……湯船からまさかとは思い見ていたが、そのすりガラス越しに映る半身のシルエットから、新しくできた妹であるこは申し分、いやっ、間違いない。






 また、これだ、時が止まるように流れている……だから今日は、ものすごく長い。




 まるでコマ送り再生をしているような……






 これが、それかはわからないが、こういう窮地で正常性バイアスが働くのは、正常なことだ。


(大丈夫だ……)


 大丈夫、落ち着け、今なにができる?




 風呂に突然、妹に似た女の子が入ってきたら?






(どうする?)






 考えてもみれば、アニメの入浴シーンでは、よく湯気で大事なところが隠れてたりするじゃないか!


 不幸中の幸い、この浴室はお世辞にも広いとは言えないため、湯気は籠りやすい方だとは思う。




 おい、聞いてた話と違うぞ? これじゃぁ、視界がうっすら白い程度じゃないか!




(どうなってんだ?)




 現実は想像している濃霧のようにはいかないようだ。いや、この半径1メートルほどの空間では、もし湿度100パーセントの濃霧であろうと距離が近すぎて見えないものはないだろう!




(アニメめ…やってくれたな)






 考えろ、とりあえず、この空間では、どれだけ湯気が出ていようと、なんでも近すぎて見えてしまう……


 かといって離れることもできない。




 んっ?……近づき過ぎたら逆に見えない筈だ!










 オレは……最低だ……アニメの入浴シーンの延長で、妹の胸に顔を埋めたら、前が見えなくなるという下劣クソな作戦を想像してしまった……








(もう契約満了とやらで、殺してれ!)








ガラガラガラ……ガチャン!


「おっまたせー!」




 今日は審判さいごの日か? 扉が開くと同時に俺は目を閉じた。微かな希望だった霧が急に晴れるように、湯気が扉の外に吸い込まれていくのが少し見えた……
 そして、おそらく透明度が高いであろう、冷たい空気が流れ込んでくるのを肌に感じた。






(もう、見えてしまっているんだろうな……)




「よっ!」


「いや!ちょ!何してんの!?って痛っ!」


 焦って、浴槽で足が滑べり、左ひざの横を強打してしまった。


(痛ってぇ……)




「だいじょーぶ? ケガしないでよぉー」




「いや、なに! 入ってきてんだよ!」




 ダメだ!説教しようとしてるのに、この状況に頬が緩んでしまう……これは、説得力ないパターン。








「アハハっ、もーぅしかたないなぁ、打ったとこ見せてみー?」




「ちょっと! あっ、やめっ、あっ」




 不覚だった……急にローレンシアさんが近付く気配を感じた。
 それを咄嗟に手で払ったつもりが、俺はずっと目を閉じているんだ。


 この右手が、壁面にぶつかるくらいならよかった。


 俺の手に触れてきたのは、ふわふわのマシュマロやスベスベのナタデココ入のコンニャクゼリーのように安易に比喩できるようなものではない。






 それを、とてつもなく偉大なもののように感じている。




 あの、未だかつて感じたことのない滑るように滑らかな肌質は、この手を吸いつけるように柔肌を密着させていく、その内に秘める肉感は、この手の接触を拒むような反発力を放ち、優しく跳ね返してきたのだ!




 その衝撃に、指先の毛細血管まで血流が加速していくのがわかった。








 あれは、なにに近いのか……








 それは、まるで1日の終わりに疲弊しきった体を休めるために、布団乾燥機によって人肌に温められた、ふわっふわの最高級羽毛布団の上に、力を抜いて身を沈めた時ような……


 接触したその瞬間は、触れていることにすら気付かされないほどの繊細さがあり、沈むにつれ徐々に抵抗と温もりは増していく、更に、中央から押し出された温かい空気に膨らむ周囲の柔らかい高級布団に外側から挟み込まれるような、そういう心地よい包容力をこの手に感じた。




 彼女はおそらく、いたいけな鈴音には考えられないようものを持っているようだ。




 厳密に何処に触れたのかわからないが、その不覚を深く反省している。








 どうやら、俺はこの体育座りの姿勢からしばらく動くことができなくなってしまったようだ……





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