仮面舞踏会

クロット

前編

私立ワレハンディア学院。

高度な学問は勿論、剣や弓などの武芸まで...様々な英才教育を施す名門校であった。


そこに通う17歳の少女...レメルア=ワインは同じクラスの少年、クロイド=フィアーネの事が好きだった。


いや、過去形では無い。

今でも彼の事を好きであった。



それは10年以上前、彼等がまだ5歳の時だ。


「ねえレメルア、レメルアは僕の事好き?」


クロイドが問い掛けると...彼女は顔を真っ赤にした。


「な、なによいきなり...好きだったら悪い?」


「ふふっ、僕もだよ。僕もレメルアの事が大好き...!」


そう言うと彼はにっこり微笑んだ。



...ずっと一緒だと思っていた。いつだって心は繋がっていると...レメルアはそう信じていた。


だが、時間の流れは2人を自然と裂いた。

思春期になり、少しずつ会話する事は減り...同性の友達といる時間が増えていった。


子供の好いた晴れたなど一時的なもの...クロイドはもう自身の事など何とも思ってはいない、レメルアはいつの間にかそう思うようになっていた。


しかしそれでも...レメルアは今も彼の事が好きだった。



仮面舞踏会。

それはワレハンディア学院で年に1度行われる大イベントである。

男は白、女は赤の仮面を纏ってその身を隠し...男女で踊りに興じるのだ。

生徒は勿論、近隣に住まう者達までこぞって参加する。


生徒達はこの日その準備に打ち込んでいた。

レメルアは煌びやかな装飾品に満たされた箱を運んでいた。それは女の細腕には些か重いものであった。

そんな様子に気付いたクロイドが彼女に声を掛ける。


「大丈夫?レメルア...手伝おうか?」


共にいる時間が減ったというだけで、別に喧嘩した訳では無い。こうして言葉を酌み交わす事もあった。

...ただのクラスメートとして。


「別に平気よ。...手伝うならあっちをやってあげたら?」


レメルアが視線で指す先では、同じく装飾を運んでいた派手な金髪の少女が盛大に転んでしまっていた。


「全くもう!どうしてエリートであるこの私がこんな事をしなくてはならないのかしら!!」


「ほら、大変そうだから...。」


「ああ...うん、そうだね。」


クロイドはレメルアの意見に同意すると、金髪の少女の方に向かっていった。

...遠ざかる彼の背中を見ながらレメルアはため息をついた。


彼との会話はいつもこんな感じだった。

ぎこちなく、何処か無理をしているような...

それでも誰にでも分け隔てなく優しい彼は自分にも話し掛けてくれる。

それがレメルアにはとても嬉しくて...悲しかった。


(馬鹿みたい...彼がクラスメートとして、声をかけてくれている事くらい分かってるのに。こんなにドキドキして...。)



クロイドがまた振り向いてくれるかもしれない...そう思い彼女は努力してきた。

学問や剣といった学業...おまけに生徒会長まで務め上げた。

しまいには学院でトップの2人だけが持つ最高峰の称号、『皇生』を与えられる程に・・・。


しかし彼とは...前のようには戻れなかった。




そして数日後、もう1人の『皇生』は行動を起こした。


「おい、聞いたかよ。女王様が舞踏会のパートナーにクロイドを選んだらしいぜ。」

「マジかよ...良いなあクロイド。」

「うう...まあアイツいい奴だもんな。」


皆の視線を浴びながらつかつかと歩くのは...先日転んでいた金髪の少女、ローナ=メセスリィだった。

彼女はそのずば抜けた優秀さと高飛車な振る舞いから『女王様』と呼ばれていた。


「彼は倒れた私に手を差し出してこう言ったの。『大丈夫かい?僕がついていてあげるよ』とね!...これはまさしく愛の告白だわ。私はクロイド様と結婚を前提にお付き合いする...!」


ローナはうっとりしながら皆に言い放った。

...その片隅に、レメルアもいた。


(そうか...ローナが。...うん、良かったねクロイド。彼女なら相手として最高でしょ...。)


ついにこの時が来た。

たとえ離れてたって、もしかしたらまだ彼の心に自分がいるかもしれない...そう思っていた。

だが彼女ができてしまえばそれも終わりだ。彼はきっと一途にローナを大切にする。


ほんの釣り糸程度に細く...だが何よりもレメルアを支えていた最後の糸は...今途切れた。

泣き出しそうにその場を離れる...遠く、とにかく遠くへ...


その時、彼女は前から来た人物にぶつかってしまった。

ヴィリア=セセテネス。彼もまたレメルアのクラスメートだ。背が高く、彼女より頭一つ分は大きい。

レメルアは小さく謝罪した。


「ごめんなさい...急いでたから。」


「どうしたんだよ、泣きそうな面して...?」


問い掛けるヴィリアにレメルアは慌てて顔を直した。


「まあいいや...それよかレメルア、君の事を探してたんだ。今年こそ仮面舞踏会、この俺のパートナーになってくれるよな?」


仮面舞踏会...それは基本的には、お互い名も顔も分からぬ者同士で踊るという名目になっている。だが、実際の所はカップルで待ち合わせて行き、楽しむ者が大半であった。

あのローナとクロイドも、そうするのであろう。

そしてこのヴィリアは毎年レメルアの事を誘っていた。


「い、や、よ。...私貴方のようにチャラついた男は好きじゃないの。」


「チャラついてるのは否定しないけど...俺は本気だぜ?本気で君の事を愛してる。」


ヴィリアはぐいっと顔をレメルアに近付けた。

だが彼女は目を背ける。


「...とにかく嫌。」


「だったら誰なら良いのさ。...クロイドかい?」


「...!!何で...!」


レメルアは目を丸くした。


「見てりゃあ分かるよ、俺そういうの分かるタイプだし。...いやあ羨ましいなあ。...でもクロイドは今年女王様と出るんじゃないのかい?」


「...大嫌い。」


「えっ!?」


ぴしゃりと突き放すとレメルアはそっぽを向いた。


...しかし、ここで彼女の中にある考えが湧く。

クロイドはもう先へと進んでいった。自分もそうするべきなのでは...?

つまり、きっぱりと彼を諦め自分も新たな恋へと進むのだ。


「ヴィリア...待って。」

くるりと、レメルアはヴィリアの方を向き直した。




夜...いよいよ仮面舞踏会の時だ。

カップルは想う相手と共に音楽に合わせ踊り出す。

そうでない者も、一期一会の相手を誘い次々踊り始める。


レメルアも真紅の面と豪華な衣装を纏いそこに居た。

だが何故か、その胸に付けた朱色のペンダントだけはくすんだ光を放っていた。


そして彼女は...1人だった。結局ヴィリアとは来なかった。

やはりクロイドの事が忘れられなくて...それもある、だが理由はもう1つあった。


その理由の主は、すぐにレメルアの前に現れた。


やけに背の高い男がレメルアの前で立ち止まり...彼女に踊りの誘いの手を差し出す。レメルアはそっとそれに応じた。

2人はすぐに音楽に乗り...くるくると回り始めた。




...3年前、彼女にとって初めての舞踏会の時だ。

既にクロイドとはぎこちない状態になってしまっていた。故に、レメルアは彼を舞踏会に誘えなかった。


そして彼女が1人舞踏会の会場で途方にくれていた時だ。

その男は現れ、今回と同じようにレメルアを踊りに誘った。



それからも、彼は毎年舞踏会に現れ...レメルアを見つけては踊りに誘った。

皆が同じ面を付け似た格好をしている。長年連れ添った夫婦でも一度はぐれれば再び会うのは困難だ。

だが彼は何故か必ずレメルアを見つけ出すのだ。

悲しい時に、いつもそばに居てくれた。




...彼のエスコートに合わせ、レメルアが右に左に揺れ動く。

妙な安心感に包まれる。若干の硬さはあるが、彼のエスコートがやけに落ち着くのだ。

こんな気持ちはクロイド以外に感じた事は無かった。

...そして彼はクロイドでは無い。クロイドの身長は自分とほぼ同じくらいだった。この男は頭1つ分は大きい。

彼がクロイドだったらどれほど良かった事か...


ぐるぐると回りながら...レメルアの心もぐるぐると渦めいていた。

捨て切れぬクロイドへの想いと...名も顔も知らぬ彼への想いとが...複雑に巡る。



...やがて舞踏会が終わると、彼は一礼して去っていった。

名を聞くべきか否か...迷ってる間に離れていく姿を...レメルアはじっと見つめるだけだった。


彼に抱くこの気持ちは何なのだろう...。


分からなかったのだ...自分の気持ちが。


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