元魔王と元社畜のよくある冒険

2-2*世界

***

ーー世界には数多の物語があった。
信仰の数だけ光があり、信仰の数だけ闇があった。
そうして生まれた数多くの光と闇を選ばぬ物語と信仰は、時と共に形を変えた。
形を変えたそれらは歌となり、そうして新たな偶像と物語となって長く人々の側にあった。
一筋の道から人の手により様々な姿形に変わるそれらは、やがて意思を持ち新たな世界を作る事にした。
始まりの大樹を管理する神はその枝に実を付け、その実に世界を作る事を他の神に許した。
ある試練と報酬を提示して。

如何なる世界も、そうして造られた実の一つに過ぎない。ーー


大樹の管理者たる神に抱かれながらも、ルーアはその神に気付くことはなかった。
ただ黒いもやがあり、世界は幾つもあるのだと知っただけだ。
故に己の世界の神の名も、美月の世界の神の名も、当然その存在すらもーー全ては数多の偶像の掌の上の出来事である事も、知らないのだ。


***


原初の魔王とされる「ルーファ・モース」は、かつては神であった。時に星が生命体へ与える試練を傍観し、そしてそれらの進歩と成長を見守るだけのものであった。
一方で現在の信仰の対象たる神「ミエラ・ダリス」は、かつては人であった。星より与えられる試練、放置される他の生命体の侵略を傍観するだけの神に疑念を抱き、そして異を唱えた。

生命体の代表とも言える人からの反発に一つの納得を得た原初の神は、己を魔王と呼んだ最初の勇者に神の称号を貸し渡した。

ーーならば人の世に平和をもたらすモノと至れ、叶わぬ時は私が試練を与えようーーと。

そうして只の人であった勇者は偽りの神として信仰の対象となり、世界を見るだけであった神は魔王としてその敵となった。


「世界の仕組みとは即ち、人の世が真の平和に至らなければ魔王が生まれる、という単純明解なものだ。」
「えーと、つまり?」
「俺の前の魔王が倒されてから俺が魔王としてこの世界に現れるまでが約150年。魔王としての機能を開始して倒されるまでに約150年。約300年周期で繰り返す事162回。つまり四万と八千六百年以上、この世界は何の進歩もしていない。」

因みに人の世とはこの星全てを示している、と付け足し、ルーアは開いていた分厚いにも程がある歴史書を閉じた。
歴史書の置かれた台の前から移動して近くの長椅子に腰掛けたルーアは、自身の左隣を叩いて美月にも座る様促した。大人しく座った美月を横目に確認し、ルーアは足を組んで再び口を開く。

「陸続きのこの大陸だけならともかく、星そのものとなれば150年では先ず不可能だ。何せ人というのはそれぞれが主義主張が異なる。始まりの勇者の行動すら、全ての人間に歓迎されたとは思えん。」
「そうだよね……。私の世界でも、神様はそもそも何かしてくれるっていうわけじゃないし。世界平和なんて言いながら、戦争や内戦だってまだまだあるもん。」
「ああ。だからこの世界は信仰が薄い。故に神話と呼べるそれそのものも廃れている。この世界で唯一の宗教と言えるものは、その最初の勇者ミエラ・ダリスを神とする宗教だ。その総本山があるナディド大陸の意味は虚無、デウセ宗教国家の意味は邪神、だ。」
「引くほど胡散臭い。」

そう素直な感想を零した美月に少し笑い、ルーアは再び静かに話し始める。

「昨日も言ったが、今となってはその宗教国家ですら神話時代のその言葉の意味は広くは知られていない。信者の殆どが単純に勇者という存在を慕う者達だ。」
「まあ、そうだよね。普通に考えれば魔王を倒して平和をもたらす勇者は英雄だし……その最初の人なら尚更だよね。」
「中身を正確に知れば、興醒めも良い所だがな。」

立ち上がったルーアに続いて、美月も立ち上がり後ろを着いて歩く。
本棚の並ぶ通路を歩きながら、ルーアはぽつりぽつりと話しを続けた。

「この図書館すらも、殆どが魔物や魔法の解説の類だ。正しい神話や宗教の本など、それこそ各国と街の教会にすら、あるか危うい。」

立ち止まって一冊の本を開いたルーアは、中身を軽く読んで静かに笑った。

「始まりの勇者は種族を越えた多くの仲間を率いて、世界に災いをもたらす魔王を倒し、世界を光で照らす神となったーー。これが一般に知られる偽りの神話だ。この本を作ったのはミエラ宗教……それこそ胡散臭い団体だということは、これだけで分かるだろう?」
「元魔王様が言うと説得力ある。」
「それは何よりだ。まあ俺も162代目魔王だ。知識として入れられただけで、実際に目にしたわけではないがな。」

本を棚に戻してさっさと図書館を出ると、ルーアは振り返って美月を見た。

「さて、俺が倒されてからどのくらい経っているかという話だったな。」
「そうそう。で、どのくらいだったの?」

ルーアはその言葉に不敵に笑い、返事をした。

「145年だ。」
「え、ひゃく……!?待って、つまりあと五年で新魔王誕生って事!?」

ルーアはそれを確認するまで感じていた不安など既に吹き飛び、いっそ清々しいと吹っ切れた笑いを零した。

「上手く行けば新魔王対元魔王が見られるぞ。しかも特等席でな。」
「魔王に挑んだらそれ冒険者じゃなくて勇者じゃん……。ていうか、それ全然嬉しくない!!喜べない!!」

メインストリートよりは静かな街中に、美月の叫び声が響くのだった。



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