元魔王と元社畜のよくある冒険

2-1*不慣れなモノ

今日の夜の分も同じ部屋を先に確保した二人は、脇道を進んだところにあった小さな宿屋を出て、人通りの増えたメインストリートを目指して歩いていた。

「先生ところで今日のご予定は?」
「だから……はぁ、まあいい。先に図書館で歴史書を読んで時期の確認をする。その後武器の調達。昼食を挟んだ後冒険者登録。一先ず依頼は受けずに街を出て近くの魔物を狩り素材集め。ついでにお前の白魔法の練習。日が沈む前に換金と夕食を済ませて宿に戻る。」
「……ルーアって、細かく予定組みたい人なんだね。」
「それ程細かいとは思わんが……まあ、物事が予定通りに進まないというのはあまり好まんな。」

そうは言いながらも、ルーアは美月のペースに合わせてゆっくりと歩き、二人は路地を抜けて協会と療養施設の間を歩いた。そこから更に少し歩いて店の並ぶ通りに出ると、一気に人々の活気の声が強くなった。


「いらっしゃい!今日上がったばかりの新鮮な魚だよ!ん?あ〜……悪いなばあさん、そいつはこの時期には難しい魚だよ。この辺に来るのは秋だなぁ。」
「おっ、今日は当たりだぜ剣士の兄ちゃん。珍しい竜種の牙や鱗がある。あ?持ち合わせが無いって?おいおい……今日買わないと明日には王都に運ばれちまうぞ!」
「見ろよこれ!昨日父ちゃんが取ってきたんだ!へへ、売らずに僕にくれたんだぁ。」
「なあ、確か近いうちに王都から依頼があるんだろ?今日中に稼いで装備品固めちまおうぜ。」


「わぁ……!すごい!こんなに人が居たんだね!」
「……ああ、そうだな。」

見慣れない景色と聞き慣れない会話に表情を輝かせる美月に対し、ルーアは些か落ち着かない様子であった。
美月はその様子を見て、元魔王のルーアはこんな人混みの中に直接立つのは初めてなのだろうかと考える。書いてもらった地図を見る限り、ルーアのいた場所は海の向こうだった。初めに言っていた「世界を見たい」という言葉は、逆に言えば「世界を見たことがない」という事だ。
世界の仕組みという難しい事は美月には分からないが、与えられた役割が魔王だったというだけで彼自身が魔王である事を望んでいた訳ではないのだろうということは、たった一日の付き合いとはいえ美月にもわかる事だった。

「ねえルーア、手でも繋がない?」
「……は?」

突然の提案にルーアは怪訝な顔をしたものの間抜けな返事しか返せず、未だに掴みきれない美月という人間を見た。
目が合った美月は笑って、返事を待たずにルーアの手を取った。

「おい、」
「人多いからはぐれそうなんだもん。」

早く行こうと言って進もうとした方向が図書館とは違う方向だったことで、ルーアは一歩も動かずにその手を引っ張った。後ろにつんのめりたたらを踏んだ美月は、ルーアの方へと進んだ分後退して彼を見た。

「あれ?こっちじゃないの?」
「ふっ……、残念ながら図書館はこっちだ。」
「え?そうなの?」

歩きだせば大人しく隣を着いてくる美月を見て、きっと何か変な気でも遣わせたのだろうとルーアは思った。
事実彼は使い魔越しにそれぞれの国や街の様子を見ることはあっても、直接この目で見たのは初めてだった。街の空気も人々の活気も何もかも、直接肌で感じるのは美月と同じで今日が初めてだった。

(こんなにも、輝かしいものだったのだな。)

心地良い訳ではない。しかし不快でもない。ただ眩しいと、そう感じたのだ。一人ならば溶け込む事など出来ないだろう。しかし隣で目を輝かせるこの女と一緒ならば或いはと、ルーアは柄にも無いことを思い小さく笑った。

「ん?なんか面白いものあった?」
「そうだな……。強いて言えば、今の自分の状況が面白い。」
「うーん……よく分かんないけど、楽しいならいい事だね!」
「面白いと言っただけで、楽しいとは言っていないが。」
「……私にはまだルーア語は難しい。」
「人語を口にしていると思うが。」


***


露天の店が中心のメインストリートから抜けてもう一本先の通りへ入ると、そこは店として構えられた建物の並ぶ通りだ。
二人が服を買った店もこの通りにあった店で、お客を見送るのに外に出て来た店主と美月は目が合った。初老の店主は優しい雰囲気で、にこやかに挨拶をした。

「おはようございます。早速服を着て頂いているようで、ありがとうございます。」
「いや。こちらこそ、閉店間際に申し訳ない事をした。支障は無かっただろうか。」

離された手を少し残念に思いながらも、美月はそんな二人のやり取りを隣で静かに聞いていた。言い方こそ無愛想に聞こえ顔も無表情なのだが、ルーアは存外人当たりが良い。
出会いがあれだった美月は少し損をした気分にもなるのだが、魔王と聞いてイメージする人物像とは少々異なるルーアを見るのは嫌いではないし、むしろ好感を抱ける。

「そちらのお嬢さんも、お兄さんの見立ての通りよくお似合いです。」
「ありがとうございます。今までこういう可愛らしい格好はしたことが無いので、私も新鮮な気持ちです。」

店主と美月が会話を始めたことにより、今度はルーアがそのやり取りを観察する番となった。それこそ意外にも他者との会話ではしっかりとした受け答えをする美月を、興味深く見る。
同じ様に出会いがあれだった事から阿呆の類いだと思っていたのだが、現在に限って言えば自分を卑下し過ぎないように服を褒め、自身の生まれに関しては上手く誤魔化している。
美月と違うところと言えば、ルーアは当たり障りのない世間話をする彼女の姿をあまり面白くないと感じる事だ。

「そろそろ行くぞ。今日は予定が多い。」

離した手を今度は自分から握り、店主に一言謝罪を添えて頭を下げるとルーアは歩き始めた。

「あ、ちょっと……!あの、ありがとうございました!」
「いえいえ。また時間のある時にゆっくりいらして下さい。」

実際気を悪くしていない店主はにこやかに手を振り二人を見送る。店主の目にはルーアは20代前半、美月は10代後半に映っている。若い二人が仲睦まじいのは、店主にとっては微笑ましいものなのだ。
実際のところは、年齢不詳の元魔王と25歳の元社畜なのだが。


「ねえ、ルーア待って。歩くの早い。」
「……すまん。」

その美月の言葉に歩調を緩めたルーアは、改めて自分の感情と行動に思考を巡らせる。何故面白くないと感じたのか、何故離した手を自分から取ったのか。その答えははっきりと出て来ない。
突然黙って何かを考えているらしいルーアの様子に、美月は邪魔しない方がいいかと思い黙って隣を歩く。

「……。」
「……何故黙る。」
「え?なんか考えてるなら邪魔しない方が良いかなぁ、って。」
「お前が黙ると落ち着かん。」
「そんなにいっつもうるさく……いや、こっちに来てからうるさい、かも?」

確かに美月は元の世界でも、仕事中はなるべく黙らず周りに声を掛ける様にしていた。しかしそれは、あまり口数の多くない店長のフォローであったり、学生のアルバイトの子でも働きやすい雰囲気を作る為であったりと、あくまでも仕事としての行動であった。
本来はどちらかと言えば気遣い屋で人見知りの静かな部類に入る美月は、ルーア相手にはあまり気にせず思った事を口にしている事に今更気付いた。

「別にうるさいとは思わん。」
「そう?」
「ああ。見ていて面白い。」
「それ褒めてる?」
「ふっ……さあな。」

その返答に抗議の一つでもしようとした所で、ルーアは立ち止まり着いたぞ、と言葉にした。
通りの中でも一際大きな商会ギルドの真正面の、負けず劣らずの立派な作りの建物。

「最初の目的地だ。行くぞ。」

そう言って美月の手を引いて扉に手を掛けるルーアは、内心では少し不安に感じていた。

もしも世界の仕組みそのものが、本当に繰り返しているのだとすればーーそれはつまり、また魔王が生まれるという事だ。

「あれから数年であれば良いのだがな……。」
「ん?なんか言った?」

その声にちらりと振り返り、きょとんと見上げる美月をその金色の瞳に映した。

(……いつであっても関係無い。守れば良いだけだ。)

そう思うのは自身がこの世界に居る為に契約者が必要だからだと、そう思うのに腑に落ちない気持ちに蓋をする。
何でもない、と言葉に出して互いに言い聞かせ、ルーアは扉を開けるのだった。


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