元魔王と元社畜のよくある冒険

1-1*宿屋にて


ルスアド大陸、ファルス王国、インテ街。
取り敢えずこの三つを覚えておけと言われ説明を受ける美月は、聞きなれない片仮名尽くしの名前をボールペンでスケジュール帳に書き込んだ。これら自体は人前で出さない方が良いのであろう事ぐらいは容易に想像出来るが、元々名前を覚えるという行為は得意ではない。片仮名ならば尚更だ。

「魔王という共通の敵が倒された事により、人間同士の争いが徐々に表面化してきているようだ。冒険者ならば大陸、国家間の戦争に巻き込まれることは無いが、近いうちにそうも言っていられなくなるかもしれん。暫くは目立たず、小銭稼ぎが無難だな。」
「はい先生。質問良いですか。」
「先生ではないが……。なんだ。」
「具体的に魔王様が倒されたのはこの世界で言うとどの位前なのでしょうか。」
「そこまではまだ分からん。」

ようやく辿り着いたインテ街の小さな宿屋の一室で二人は夜、お互いに隣同士のベッドに腰掛け向かい合って座っていた。


***


ファルス王国が主権を握るこのルスアド大陸は、地図で言えば南南東に位置している。北から西にかけてはエスクディタ山脈の険しい山々がそびえ立ち、その向こうにはフラテルニダ国を中心とする連邦国家のリアイド大陸がある。

陸続きに北へ進めばアンビダ帝国の統治下におかれたエスペルド大陸、西へ進めばデウセ宗教国家の巨大都市が存在するナディド大陸、と他の国々の脅威は確かに存在する。

また東の海を渡った先には貿易にて栄えるトンズィアの国々もあった。しかし中立を保つ一方で情報すらも貿易品の如く扱う彼の国に対しては、特に経由地点である連邦と王国では警戒の動きが見え始めているのも事実だ。

しかしそれ以外を基本海に囲まれたルスアド大陸は、比較的平和と呼べるものであった。
そして魔王が共通の敵として存在した頃は、人類の盾であり希望の集まる地、と呼ばれた場所でもあった。ひたすらに南へと、荒れた海と魔物に支配された島々を越えれば、そこには魔王が支配する場所があったからだ。


「ストイラ・ダ・メイティノイア。それが俺が居た島の名前であり、城の名前だ。」
「へえ……。名前の響きは凄く綺麗。」
「この世界の神話時代の古い言葉だ。意味は明けの明星。魔王の居城に付けるにしては、皮肉な名前だと思うがな。」

メモを取っていた手を止めて、美月はぱちりと目を瞬かせルーアを見た。

「私の世界でも確か明けの明星って、ルシファーっていう堕天使の名前だよ。」
「ほお……。ならばその堕天使とは、仲良くなれそうだな。」
「なんか洒落にならない……。というか、三つだけとか言いながら結局全部教えられた気がするのは気の所為かしら。」

途中でルーアに書いてもらったやたら詳細な地図を眺めながら、美月は眉間に皺を寄せた。地名が達筆で読めず自分で読み仮名を振ったが、流石に一気には覚えられる気がしない。

「覚えるのはゆっくりでいい。どうせ暫くはこのインテの街が拠点になるだろうからな。」
「街の名前とかも、その神話時代の言葉なの?」
「ああ。しかしとうに風化した言葉だ。意味を理解している者など、宗教国家の人間でもごく一部だろう。知りたければいつでも教えてやる。」

そう言うと、ルーアは美月の手からボールペンを抜き取った。真剣そのものと言った表情で細いペンを観察しながら、ルーアは再び口を開いた。

「このボールペンとやらは書きやすい。どうにかこの世界の人間も考え付かないものだろうか。」

そう言ったルーアに対し、美月はやや苦笑しながら返事をする。

「いや、どうかな……。羽根ペンから進化するには、かなり時間が掛かると思うよ。」

そう美月が言うと、ルーアは短くそうかと相槌を打った。

「ミツキ」
「え、何?」

ボールペンを差し出しながら、ルーアは美月の名前を呼んだ。

「お前の世界の言葉で、ミツキとはどの様に書くのだ?」
「ん?えっとね……。」

差し出されたペンを受け取り、地図の書かれたページの端に小さく「美月」と書き込んだ。そして、スケジュール帳をルーアに手渡して見せた。

「美しい月って書くのよ。」
「……そうか。」
「ねえ今絶対名前負けって思ったでしょう?」
「いや、それは無いが。」

美月の書いた漢字から目を離して顔を上げたルーアは、真っ直ぐと美月を見た。

「柄にも無く……運命というものはあるのだなと、そう思っただけだ。」

そう言うとルーアもボールペンを走らせ、「美月」の下に綴り文字で「lua」と書いた。そうしてそれを美月に返して、小さく笑う。

「ルーアは、昔の言葉で月という意味だ。」

明けの明星の城に月が住むというのもおかしな話だ、と付け足すと、ルーアは飲み物でも貰ってくると部屋を出た。
一人になった小さな部屋で美月は仰向けにベッドに倒れ込み、半ば放心状態で呟いた。

「イケメンこわ……。」

一方で、部屋を出たルーアは頭を抱えながら呟いた。

「……何を言っているのだ俺は。」

流石の元魔王も、我に返れば恥ずかしい発言だった自覚はあるのであった。



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