魔神と勘違いされた最強プレイヤー~異世界でもやることは変わらない~

ぶらっくまる。

第033話 それぞれの思惑(序章エピローグ)

 シルファとの朝食を終え、アレックスは自室のソファーに腰掛けながらマップを眺めていた。

「はぁー、まったく……あいつらときたら、休暇の意味をわかってるのかねぇ~」

 アレックスが唐突にそう言って、無遠慮に盛大なため息を吐くと、コーヒーのお代わりを注いでいたラヴィーナは、アレックスの一言に反応するようにチラリチラリと何度も視線を向ける。

 アレックスとシルファが共闘することを宣言したあの日から、既に一週間が経過しており、その間、常にシルファはアレックスにべったりだった。

 イザベルの監視下から解放されたラヴィーナは、シルファの従者であるが故に、この一週間、アレックスの近くでシルファの世話をしていた。

 が、ラヴィーナは未だアレックスに畏怖の念を抱いており、彼の一挙手一投足にいちいち反応している。

 その一方、そのセリフを何度か聞いたことがあるシルファは、コーヒーが注がれる様を注視していた。気を取られたラヴィーナがコーヒーを溢れさせないか、ヒヤヒヤしながらそれを見守っているのだった。

 ただそれも、寸でのところでラヴィーナが気付き、それは回避された。

 すると、ラヴィーナと立ち位置を変わるように、コーヒテーブルの前までジャンがやってきた。

「陛下、急にどうなさったのです? 今度は誰の行動を覗き見していらっしゃるのですか?」

 その手には、クッキーやチョコレートなどのお茶菓子が綺麗に並べられたお皿を持っており、それをテーブルに置くや否や、ワクワクで瞳を輝かせながらそんなことを尋ねた。

 ジャンはラヴィーナとは違い、この一週間でアレックスの側仕えが大分板についてきた。今ではこうして気になったことをどんどん質問し、彼の考えていることを知ろうとする。

 まるで、空白のページを埋めるように――

 だからと言って、さすがに馴れ馴れしすぎる感は否めない。ただそれも、アレックスとしては大歓迎であり、彼がジャンに気さくに話しかけるものだから、お互いの距離は確実に縮まっていた。

 それ故に、アレックスはいつものようにその言葉の意味をジャンに教えてやる。

「ん? ああ、実はな――」

 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 シルファの支援をすると決め、玉座の間でそれを配下の者たちに伝えたあの日。

 イザベルの発言から一悶着あったものの、シルファの実力を伝えたことで、なんとか彼らの理解を得られた。それから、今後の方針を決める話へと移る。

 ヴェルダ王国ないしイフィゲニア王国の兵もシルファを追っている現状、帝都の守りを堅め、警戒レベルを引き上げることを優先した。それに、シヴァ帝国もヴェルダ王国と行軍してくる可能性も高いらしい。

 と言うよりも、エヴァ―ラスティングマナシーと呼ばれるアレックスたちが転移してきたこの深い森の中央を、ヴェルダ王国は聖域と信じており、滅多なことでは足を踏み入れないらしい。

 八天魔王の中で現在も魔神の伝説を信じているのは、三か国しか存在していない。当然、シルファの祖国であるイフィゲニア王国もその内の一か国であり、ヴェルダ王国の他には、イフィゲニア王国の南に位置しているフォルトディア王国のみ。

 それにも拘らず、転移してきたときにヴェルダ王国の精鋭部隊が待ち伏せしていた理由は、シヴァ帝国からの圧力としか考えられないそうだ。

 シヴァ帝国は、かつてその魔神の恩恵を受けたとされているのだが、どうやらそのことはすっかり忘れてしまったようである。

 閑話休題。

 一先ず、直轄旅団以外、未召喚だった各旅団の第一連隊を召喚し、常闇の樹海――エヴァ―ラスティングマナシーの別名――の開拓を進めるために第五旅団クノイチ第六旅団ハナの第二連隊も召喚して増強を図る。

 更には、第二旅団シーザーの第二連隊を追加で召喚し、偵察として常闇の樹海の向こう側まで偵察させることにした。

 シルファ曰く、転移門を設置するのに都合が良い集落があるのだとか。その集落は、数百人と規模は小さく、樹海の縁に隠れるようにひっそりと暮らしているため、転移門の存在を隠すのに丁度良いかもしれない。

 つまり、その情報の真偽を確認する意味も含まれている。

 あれこれ検討した結果、一週間ほど待って襲撃がなければ、シルファお勧めの集落へと向かうことにしたのだった。その構成は、アレックス、シルファ、シーザーとブラックに加え、シーザーの第二旅団から一個大隊か二個大隊規模の竜騎士を帯同させることにした。

 取り合えず、方針と目的地が決定し、アレックスが引見を終えようとしたとき。

「陛下、宜しいでしょうか」

 翡翠色の瞳を真っすぐアレックスへと向け、何やら真剣な表情のソフィアがいた。

 浮き上がらせた腰を再び下ろして座り直すも、アレックスは嫌な予感しかしなかった。

 ソフィアがシルファにも視線を向けていたことから、今朝のことを言われるのかもしれないと、場所が場所なだけあって勘弁してほしいと思ったのだ。

「そ、それは、俺の部屋に戻ってからにしないか?」

 冷や汗が垂れるのを感じながらアレックスは、頼むからこの場だけでは止めてくれ! と、アニエスとイザベルの視線を気にしながらお茶を濁そうとした。

 が、

「いえ、これにはシーザー上将軍に関係がございますので、できればこの場で」

「ん? ああ、そうか、そうなのか? うむ、申してみよ」

 間抜けな返答をしてしまったが、今朝のことではないと察したアレックスは、威厳を込めて仰々しく頷いて見せた。

「はっ、できればその遠征に私たちも、同行させていただけないでしょうか?」

「私たちも?」

「はい、クロード含め、陛下の副官である私たち二人を護衛としてお連れください」

 ソフィアの後ろに並んでいるクロードと、アレックスは目が合う。その表情は何が気に入らないのか無愛想もいいところで、俺を巻き込むんじゃねえ、と言っているように見えなくもない。

「クロードには、そんな気なさそうだが……」

 アレックスが見たままの印象で伝えると、振り返ったソフィアは苦笑した。

「いえ、転移門を設置する際は同行すると、お互い話し合って決めておりますので、クロード殿も行くつもりですよ。まあ、確かにそうは見えませんが……」

 おいおい、本当かよ、とアレックスは思ったが、微かにクロードが顎を引いた気がした。あくまで、そんな気がしただけで、実際はわからない。

 どうでもいいときはよくしゃべるクロードは、たまに全くと言っていいほど言葉を発しない。

 それ故に、アレックスは未だ彼の性格を掴み切れていなかった。

「まあ、戦力が増える分には構わないが――」

「そ、それじゃあ!」

 アレックスの承諾の言葉に、嬉しそうに目を輝かせるソフィアであったが、

「そもそも、お前らはフライングドラゴンに騎乗したことあるのか?」

「あ、それは……ないです、はい……」

 と、アレックスの指摘にソフィアは肩を落とし、クロードはそっぽを向いた。

 Sランク傭兵であるため騎乗スキルを二人とも有しているが、飛行系ユニットに騎乗するためには、二人のスキルランクでは不可能だった。

「はぁー、まったく……」

 気持ちはありがたかったが、呆れる外なかった。

「そうだな、丁度いいからこの機会に自由行動をしてみたらどうだ?」

 アレックスは、今までのことを考慮し、褒美のつもりで代替案だいたいあんを出した。

「自由行動、ですか?」

「ああ、そうだ。ソフィアはずっと、前室……いや、秘書室に籠っているばかりだっただろ? それに、クロードもエントランスで案内役とか、あまりにも役不足な仕事だったではないか」

 レベル一〇〇のSランク傭兵である彼ら二人は、アレックスの軽い思い付きで、能力に見合ったことをしてこなかった。それを遅まきながら気付いたアレックスは、再編成をする前に、休暇を与えることにしたのだった。

「え、えーっと、それはどういった意味でしょうか?」

「本気でわからない顔をするなよ……」

 少し挙動不審になったソフィアに、アレックスはそう言って唖然とする。

 ただ、ソフィアとしては、確かに前線で力を振るいたいと望んでいる。それでも、アレックスの側にいることよりは、優先度が低い。

 ソフィアの理想は、アレックスと共に最前線で戦うこと!

 となると、休暇などもってのほかで、全く必要としていない。

 一方で、あることを思い付いたクロードが意味ありげに尋ねる。

「それでは、本当に自由に行動して宜しいのですね?」

「うむ、そうだ。好きにしてよい。城内だけじゃなくて、城下町も色々と見てこい。昨日だけでは全て見回れなかったことだしな」

 やっとクロードが声を発してくれたことと、素直に受け入れてくれそうなことに嬉しくなったアレックスは、彼の意図に気付かず、そう言い放った。

「それでは、好きな場所で好きなことをさせていただきます」

「うむ、休暇だと思って好きにするが良い」

 アレックスの快諾に、頭を垂れたクロードの口角が微かに上がっていた。

 それで引見は終わりだと言うようにアレックスは、ひとしきり快活に笑った後、玉座から立ち上がった。それ故に、クロードのその表情に気付くことはなかった。

 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

「――っと、まあ、そんな感じで休暇を与えたのに、はじめの数日はシーザーたちと一緒になって探索の手伝いをしていたらしい。ただ、それ以降は、クノイチとハナの部隊に随伴し、モンスター狩りに精を出しているようなんだよな」

「もしかしたら、最近戦闘の機会が無かったからではないでしょうか?」

 ジャンの尤もな指摘にアレックスは、あーなるほどな、と頻りに頷いた。

「確かに、クロードがあんな面で城下町をうろついていたら不審者と間違われるかもしれんからな」

 自分で言ってそれがツボに入ったのか、アレックスは一人で豪快に声を上げて笑い、それはとても満足そうにしていた。

 他の三人は、何がそんなに面白いのかわからず、ただ合わせるように乾いた笑いをするのだった。

 それが落ち着いたころ、アレックスは身支度を開始する。

「よし、それじゃあ、そろそろ出発するか!」

 ヴェルダ王国の襲撃どころか、物見の尖兵せんぺいすら姿を見せなかった。もしかしたら、シヴァ帝国とヴェルダ王国は、こちらよりもイフィゲニア王国の王都へ集中しているのかもしれない。

 それ故に、予定通り今日は、常闇の樹海の外へ転移門を設置するためにシュテルクストを出立する日だった。

 アレックスの後に続き、シルファ、ラヴィーナとジャンが内郭の城門前に到着すると、遠征部隊が待機していた。既に準備を終えた竜騎兵一個大隊。その前にドラゴン化し、青く輝く鱗で全身を包んだ体長二〇メートルほどのシーザーと、フライングドラゴンに騎乗したブラックがいた。

『其れでは、拙者の背中に騎乗して奉り候』

 くぐもったシーザーの声が耳元で響いた。仕組みはよくわかっていないが、ドラゴン形態の場合、ある程度の範囲内であれば、離れた位置でも耳元にその声が聞こえる。

 事前にドラゴン化したシーザーに会わせていたのだが、シルファとラヴィーナは未だにその感覚に慣れないようで、ビクッとしていた。

「よし、ジャンは俺の前だな。俺の後ろにシルファ、ラヴィーナと続いてくれ」

 螺旋階段のように巻かれたシーザーの尻尾からその背に上り、今回のために作成した四人用の鞍に、先程の順番で跨っていく。

「よし、みんなベルトを締めたな?」

 安全確認を済ませたアレックスは号令を掛ける。

「オーケー、では、魔大陸への進出第一歩だ。盛大に頼むぞ、シーザー!」

 それを合図にシーザーが一気に首をもたげ、上空に向けて耳を劈くほどの巨大な肉食恐竜のような咆哮が大気をこれでもかと震わせた。

 それに合わせて三〇一騎のフライングドラゴンたちも吠えた。その大合唱はあまりにも凄まじく、破壊のエネルギーとなり、内郭に亀裂が走ったのは、ご愛嬌。

「うひゃー、この腹に響く感じはたまんねーなっ!」

 新しい冒険の予感に子供のようにはしゃぎ、この世界でも最強を目指すアレックス。

 再びアレックスと冒険ができることにワクワクが止まらない――はじめのNPC傭兵――ジャン。

 アレックスの協力を取りつけ、イフィゲニア王国から帝国へとかつての栄光を取り戻すことを夢見るシルファ。

 幼き頃からシルファと研鑽し、今までの屈辱を晴らすために魂を燃やすラヴィーナ。

 それぞれの思惑を乗せてシーザーは、雲一つない大空へと舞い上がった。

 こうして、アレックス・シュテルクスト・ベヘアシャーとその御供たちの伝説がここに幕を開ける。

 が、

 彼らが行く蒼穹そうきゅうとは違い、突如現れた最強アレックスを歓迎し、拒み、傍観する各勢力の様々な思惑がぶつかり絡み合う。

 それは、アレックスの進む先に待ち受ける運命であり、魔大陸だけではなく、全世界を巻き込んだ事態へと発展することになるのだが、このときのアレックスはそれを知らない。

 ただ、このときのアレックスは――最弱だった。

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