魔神と勘違いされた最強プレイヤー~異世界でもやることは変わらない~

ぶらっくまる。

第030話 食い違う約束

 この世界に転移し、二日目にようやく眠ることが叶ったアレックスは、瞼まぶたの裏で光を感じて目を覚ます。瞼を開くと、東の低い位置から差し込む陽の光が窓で屈折しているのか、ピンポイントで寝室のベッドで寝ていたアレックスの瞳を容赦なく襲った。

「……ふぁー、もう朝か………………うぅーんっ」

 その自然の目覚ましに抵抗するように瞼を閉じたが、何とか伸びをしてから、ムクリと起き上る。

「うーん、やはり夢じゃないよな……」

 起き上ったことで掛布団が捲れ上がり、バスローブ姿のまま未だ眠っているシルファの姿が現れた。しかも、裸にバスローブだけなのか、乱れた各部から色々と見えそうだった。

 アレックスの忠告に、シルファが言った、『元より覚悟の前です』は、どうやら嘘ではなかったようだ。

「テンプレならここでアニエスあたりが……」

 よほどテンプレが好きなのか、寝室の扉を凝視するアレックス。

「だよな。来る訳ないか」

 頬をかいてからアレックスは、再び隣ですやすやと眠るシルファを眺める。

 陽の光で煌きらめく金髪に、目鼻立ちが整って頬がすっきりとした小顔。さらに視線を下の方へと巡らせると、少し乱れたバスローブの隙間から覗く透明感のある白い肌が美しく、まるで妖精のような美少女だった。

「いやぁー、しっかし本当に可愛いよな、こいつ」

 眠っている少女をまじまじと見つめ、アレックスはあほみたいなセリフを吐く。他にもっと適当な表現の仕方があるだろうに。ただそれも、本当に可愛いものを目にすると、「可愛い」としか言えなくなるのも致し方ないだろう。

 すると、アレックスの視線に危険を察知したのか、「ううーん」と可愛らしい吐息を漏らし、シルファが目を覚ました。

 すると、アレックスの深いが透き通る海のような碧眼と、シルファのフランス人形のように一際大きな碧眼が、まるで吸い寄せられるようにして視線を結んだ。シルファは何度か瞬まばたきを繰り返した後、ガバっと跳ね起きた。

 今の状況が理解できずに困惑顔をしたものの、

「お、おお、おはようございましゅ……」

 と、咄嗟にした挨拶は失敗してしまい、俯いたシルファの頬は紅潮していた。

「おはよう、シルファ。それよりも……見えてるぞ」

 アレックスは、冷静に挨拶を返してから、控えめだが非常に形の良いツンとした双丘があらわになっていることを、顎をしゃくって教えてあげた。起き上がった勢いでバスローブが完全にはだけてしまっていたのだ。

「こ、これは、その……つまりは、そういうことですよね……我が、君……」

 叫ぶのかと思いきや、当のシルファは、先ほどよりも赤面しつつもそんなことはせず、勝手な勘違いをしはじめた。しかも、特別な呼び方でアレックスのことを呼んでから、「わーきゃー」言って、両手で顔を覆ってしまった。

 どうやら、かなり興奮している様子で、前を隠す気は無いようだった。

 アレックスは、眼福眼福と男にとって嬉しいハプニングに口元を緩めた。それから、間違いが起きていないことを教えるために口を開こうとしたが、それよりも気になることがあった。

「我が君? 何をイザベルみたいな言い方をしているんだ。俺はシルファの我が君ではないだろうに」

 はて? と不思議そうな表情と共にアレックスがそう言うと、シルファは眉根を顰ひそめ、

「え? で、でもわたくしの願いを聞き入れてくれたのではないのですか?」

 と言いながら顔を悲しそうにクシャっとさせた。

 その今にも泣きだしてしまいそうな表情にアレックスは動揺する。

「ちょっと泣くのは待て! シルファの支援を全力でするのは間違いない。昨夜、誓った通りだ」

「で、では、なぜなのですか? も、もしかして、わたくしはそれほど良くなかったのでしょうか……」

 上目遣いをするシルファを見てアレックスは、ここで女の武器を使うのは反則だろ! と、関係ないことを思いつつ、何もしていないと反論することはなかった。行為に及んではいないことは事実だった。それでも、同じベッドで一夜を共にした事実は消えない。

「違う、そうじゃない。てか、シルファの願いと呼び方に何の関係があるんだよ。取り合えずその変な呼び方はよせ。アレックスでいい、アレックスで」

 援助をすると約束をしたものの、シルファはアレックスの部下ではない。しかも、魔人族の王族どころか、魔王かもしれないシルファから我が君と呼ばせるのは、今後の計画に於いて変な誤解を生み出しかねない。

 それ故に、アレックスとしては、明らかに力関係の差は大きいものの、パートナーとしての関係を築いていきたいため、名前呼びで良いことを伝えたのだった。

 が、

 そのことが、より大きな誤解を生むことになるとは、このときのアレックスは露ほども想像していなかった。

 その一方、シルファは、一瞬だけ目を見開き固まったが、すぐに目をパチクリさせてからアレックスに確認する。

「そ、それは、アレックス様とお呼びすれば宜しいのでしょうか?」

「ん? 違う違う。様もいらない。そのままアレックスでいい」

 まだシルファは勘違いしているな、と思ったアレックスは、正確に呼び捨てで呼んでいいことを伝えた。

「そ、それは……つまり……」

 それでも、シルファは言い淀み、何やら期待に瞳を輝かせてアレックスを見つめた。

「ああ、その通りだ。(友情の証として)アレックスと呼んでくれ。俺もお前のことをシルファと呼ばせてもらうが、いいか? まあ、今までも呼び捨てだったが、お互い同意と言うことで、な」

 そんな風にカラカラと笑いながら言ったアレックスに対し、シルファは喉を鳴らしてから答える。

「は、はい、全く構いません。わたくしも(婚約者の証として)アレックスとお呼びします。至らない点も多々ありますが、わたくしも(夫になる)アレックスのために血肉を食らう覚悟です」

「おいおい、何だよ、その挨拶は。シルファたちの世界ではふつうの表現かもしれないが、血肉を食らう覚悟はいらんぞ。俺を裏切らない限り、お前の未来は明るい」

 シルファの将来を気安く保障して快活に笑ったアレックスに対し、シルファは、「はい」とだけ答え、最高に幸せなこの状況に小躍りしたい気分だった。

 どうやら新たな誤解がここに誕生した瞬間である。

「それよりも……すまないが、そろそろその恰好は俺の我慢も難しい、と言うより耐えられなくなりそうだから――」

 ここまでの間、ほとんど全裸状態のシルファを相手によくここまで耐えたことは、凄いことかもしれない。それでも、さすがにアレックスもムラムラしてきたらしく、その元凶を隠すためにずり落ちていたバスローブにアレックスが手を掛けたときだった。

 寝室の扉が開いた。

「失礼します、アレックス様」

 ノックもなしに扉を開けたのは、いつものダークスーツに赤縁眼鏡を掛けたソフィアだった。

「ちょ……朝食の準備が整いました……が、もう一名分追加で手配します。ではっ」

 そして、そのまま扉を閉めて出て行ってしまった。

 その閉められた扉を呆然と眺めながらアレックスは、間抜けな声を出す。

「あ、あれ?」

 ベッドの上でアレックスがシルファのバスローブに手を掛けている場面を、ソフィアは確実に見ていた。場合によっては、それを脱がしてこれからことに及ぶ瞬間にも、見えたかもしれない。

 アレックスとしては、遅れて発生したテンプレに、一瞬期待をした。しかし、何の反応もなく、と言うよりもその状況をソフィアが受け入れているようにも見えた。

 秘書らしいと言えば尤もなことだったが、アレックスとしては、叫び声くらい上げてほしかったというのが本音だった。

 が、

 そんな気まずい場面に出くわしたソフィアの心境を是非とも理解してほしい。

 神と崇める存在のその場面に遭遇してしまったのだ。できる限り波風を立てず対応したソフィアは、まさに秘書中の秘書と言っても過言ではないだろう。

 そんなソフィアの苦労を知らずに首を傾げてからため息を吐いたアレックスは、未だ自分の立場をよく理解できていないのだった。

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