魔神と勘違いされた最強プレイヤー~異世界でもやることは変わらない~
第024話 英雄の処遇
ジャンの着替えを待っている間、何気なく辺りを見渡していたアレックスはあることに気が付いた。
自由行動と言ったにも拘らず、四千もの兵士たちは、アレックスのことを気にするようにしてチラチラと盗み見るようにしていたのだった。
ああ、それもそうか、と思ったアレックスは、彼らの視界に入らないように門の外側に隠れるように移動した。
アレックスのその予想は正しく、身を隠して暫くすると、次第に雑談めいた話し声が聞こえるようになった。
アレックスは、ただそこに存在するだけで、彼らを緊張させていた。
「全く、俺はそんな大層な人間じゃないんだがな……」
アレックスは眼下に広がる城下町を眺めながら独り言つ。
内郭の正門から数百メートル手前は、急な勾配になっているため、特に建物は立っておらず、段々とした広場だったり、斜面でも設置できたリンゴなどの果実が実っていた。
斜面が行き着いた先は、高さが四メートル程度の簡易的な石積みの壁で、防衛には適さない居住区域と区別するためだけのものだった。
その塀のような壁の向こうには、外郭の南門からあみだくじの網目のように真っすぐではない道が入り組んでいた。これは、防衛の観点から、外郭の城門を突破されたらそのまま城まで敵が直進してきてしまうためだった。
いくら城下町を一望できる高台にいるアレックスでも裸眼で、その道を行くNPCもとい人々の様子を見ることは叶わなかった。
それならと視覚強化の魔法でも使おうかと思ったアレックスだったが、
「これから見に行くんだから、そんな無粋なことをするもんじゃないな」
と思い直したのだった。
現場主義者のアレックスらしいといえばらしいが、異世界転移という異常事態に巻き込まれながらも、今を楽しむ余裕があり、アレックスの精神状態は至って安定していた。
そんなことを考えていると、つい先程までガヤガヤと騒がしいと言えるほど雑談に興じていた兵士たちの声が、ピタリと止まった。
「ん、どうしたんだ?」
その静寂を訝しんだアレックスは、門のところから内側を覗き込んだ。
「ああ、なるほどな……てか、どうしたんだ?」
アレックスの視線の先には、巨体を揺らしながら歩くガサラムを先頭に、クロードとソフィアが歩いて来ていた。
部隊は違えど、上将軍と将軍の登場に、全員がその三人に対して敬礼をして通り過ぎるのを待っているのであった。先程召喚された者の中の最高位は、大隊長止まりであり、千人隊長と三〇〇人隊長とでは雲泥の差がある。
詰まる所、その他は、それより下の階級となるのだ。
ガサラムに至っては、師団長で先に倣い言い換えるならば、九千人隊長で、緊張しない方が不自然だろう。
そのガサラムが第一声を放つ。
「大将! どうしたんでさ」
アレックスの姿を認めるや否や、山賊顔を綻ばせてガサラムがしゃがれ声を轟かせた。
「ああ、これから城下町の様子を見に行くんでな。待っていたんだ」
相変わらずひでー顔だなと思いながらアレックスがそう答えると、何を勘違いしたのかガサラムが後ろを振り向き、「ほらな、言ったじゃねえか」と、クロードとソフィアに言って、ガハハッと下品に笑い出した。
何が、ほらな、なのかわからないアレックスは、眉根を顰めた。
「陛下、お待たせしました」
ソフィアがそう言うなり跪き、それに倣うようにクロードとガサラムが膝を折る。そこでアレックスは、ソフィアたちも城下町視察に同行するつもりであることを悟った。
「楽にしろ。それで、ガサラムも一緒に参るか?」
立ち上がったガサラムは、アレックスのお誘いに何やら申し訳なさそうな表情をしてから、ガシガシと頭をかいた。
「あーそうしたいのは山々なんですがね。アニエス統括と話して接収の手伝いをすることになったんでさ。あと、あれです。着るもんの調達もですかね」
ガサラムのその話を聞いたアレックスは、ほーうと唸る。
ジャンが昔に設定したタスクに縛られていたにも拘らず、ガサラムはアニエスと話したことを実行しようとしていた。
つまり、アニエスを従者旅団統括に据えた試みは、大正解だった。
まさか、俺の分身と言っただけで俺のタスク設定と同じ効果を生むのか、とガサラムのタスク欄を確認し、先程彼が説明した内容に近いことが記載されていたことで感心した。
「なるほど、お前たちもよくアニエスの言うことを聞くのだぞ。まあ、大丈夫だと思うが、ガサラムは同じ上将軍として、気になることがあればいつでも申してみよ」
「へえ、それはわかってますよ。他に無ければ俺は先に行きますよ。何でも部隊をちょっくら分けないといけねえんでさ」
「うむ、行って良いぞ」
ガサラムの話に因ると、従者たちの打合せはまだ続いているようで、先程アレックスがアニエスに新しく指示した衣服を全員に支給するには、宝物庫の中身だけでは足りないことが判明したようだった。
それで、ブラックの部隊から一部を割いて新たに作成したり、ガサラムの接収部隊が衣料店などを当たるとのことだった。
それでアレックスがシステムメニューのチャットメッセージ欄を確認すると、そこがアニエスからのメッセージで埋め尽くされていた。
システムメッセージと違い、頻繁に遣り取りするチャットメッセージは通知設定をするとうるさいため、その設定を、「切り」にしたままだった。
ゲームのときは、プレイヤーと遣り取りがあるためチャットウィンドウを常時表示していたが、今ではそのプレイヤーが存在しない。それが気付かなかった要因である。
アニエスからのメッセージを眺めていると、ガサラムに手伝ってもらうことになった報告と、催促をして申し訳なかった旨の文の後に、捨て置けない文言を見つけた。
『ヴァルード帝国の英雄がアレックス様に面会を求めてるみてえです』
それを見たアレックスは、尽きることのない悩みの種に嘆息してから、
『折を見て引見することだけを伝えろ。捕虜の尖塔からは出せないが、最上階の部屋に移動させとけ。これは最優先で済ませるように。決して気を抜くなよ』
と、ことの重要性を伝える内容を送った。
『わっちとシーザーで行くことにしました』
『それでよい、以上』
了解の旨の返信を確認するなり、取り合えず画面を閉じ、重いため息を吐く。
先程まで城下町の様子を見に行くのを楽しみにしていたのが嘘であるかのように、アレックスの気分は暗くなった。
その疲れた様子のアレックスを心配するようにソフィアが覗き込んだ。
「陛下、どうなさいましたか?」
「ん? うむ、ヴァルード帝国の英雄関連だ。謁見したいと申すから、最後の仕上げで最上階に移すことにした」
「それは!」
リバフロでは、捕虜にしたNPC勢力のNPCユニットを自駒に転換することが可能だった。ただ、それにも制限があり、時間経過だったり、金銭が必要だったりとそれぞれのユニットごとに設定がされている。
そのNPCユニットの中でも一級品と言われるのが『英雄』である。それは時々によって能力にバラツキがあるが、平均してレベル一五〇前後の能力を有している。
それ故に、転換するために時間経過だけではなく、使用するのにリアルマネーが掛かる『捕虜の尖塔の最上階』で幽閉する必要がある。
謁見を求めてきたその英雄は、アレックスがこの異世界に転移した日の戦争イベントで捕獲したばかりであった。そのとき睡魔に襲われていたアレックスは、戦後処理を後回しにし、取り合えず課金が必要ない区画に幽閉しただけだった。
そして、「謁見を求める」というのは、捕獲されたユニットが寝返るか、解放を求めてくるかのターニングポイントであった。先ず、捕虜にして一日しか経っておらず、相手が英雄であることから寝返ることはなく、解放要望の一択だろう。
そして、解放を却下した場合は、その場で自害してしまうという運営たひねと叫びたくなる設定だった。
が、アレックスは、自駒に転換するつもりであったため、苦肉の策で最上階へ移動させることにしたのだった。ゲームのときと同じ効果があるかは不明だが、試さないよりはましだろう。
その、「最上階」という言葉を聞けば、ソフィアもアレックスが言わんとしていることに気付いて驚いたのだった。
このときの彼女とクロードは別種の不安を感じていたのだが、それに気付かないアレックスが、再び余計なことを口にしてしまう。
「ああ、折角だし仲間は多い方が良いだろう。それに、あの英雄はお前らより強くて頼もしい」
「……そ、そうですか」
その俯いて唇を噛んだソフィアの表情に、アレックスは気付かなかった。
「うむ、やっと来たな」
と着替えを済ませたジャンの姿に、アレックスは気を取られていたのだった。
自由行動と言ったにも拘らず、四千もの兵士たちは、アレックスのことを気にするようにしてチラチラと盗み見るようにしていたのだった。
ああ、それもそうか、と思ったアレックスは、彼らの視界に入らないように門の外側に隠れるように移動した。
アレックスのその予想は正しく、身を隠して暫くすると、次第に雑談めいた話し声が聞こえるようになった。
アレックスは、ただそこに存在するだけで、彼らを緊張させていた。
「全く、俺はそんな大層な人間じゃないんだがな……」
アレックスは眼下に広がる城下町を眺めながら独り言つ。
内郭の正門から数百メートル手前は、急な勾配になっているため、特に建物は立っておらず、段々とした広場だったり、斜面でも設置できたリンゴなどの果実が実っていた。
斜面が行き着いた先は、高さが四メートル程度の簡易的な石積みの壁で、防衛には適さない居住区域と区別するためだけのものだった。
その塀のような壁の向こうには、外郭の南門からあみだくじの網目のように真っすぐではない道が入り組んでいた。これは、防衛の観点から、外郭の城門を突破されたらそのまま城まで敵が直進してきてしまうためだった。
いくら城下町を一望できる高台にいるアレックスでも裸眼で、その道を行くNPCもとい人々の様子を見ることは叶わなかった。
それならと視覚強化の魔法でも使おうかと思ったアレックスだったが、
「これから見に行くんだから、そんな無粋なことをするもんじゃないな」
と思い直したのだった。
現場主義者のアレックスらしいといえばらしいが、異世界転移という異常事態に巻き込まれながらも、今を楽しむ余裕があり、アレックスの精神状態は至って安定していた。
そんなことを考えていると、つい先程までガヤガヤと騒がしいと言えるほど雑談に興じていた兵士たちの声が、ピタリと止まった。
「ん、どうしたんだ?」
その静寂を訝しんだアレックスは、門のところから内側を覗き込んだ。
「ああ、なるほどな……てか、どうしたんだ?」
アレックスの視線の先には、巨体を揺らしながら歩くガサラムを先頭に、クロードとソフィアが歩いて来ていた。
部隊は違えど、上将軍と将軍の登場に、全員がその三人に対して敬礼をして通り過ぎるのを待っているのであった。先程召喚された者の中の最高位は、大隊長止まりであり、千人隊長と三〇〇人隊長とでは雲泥の差がある。
詰まる所、その他は、それより下の階級となるのだ。
ガサラムに至っては、師団長で先に倣い言い換えるならば、九千人隊長で、緊張しない方が不自然だろう。
そのガサラムが第一声を放つ。
「大将! どうしたんでさ」
アレックスの姿を認めるや否や、山賊顔を綻ばせてガサラムがしゃがれ声を轟かせた。
「ああ、これから城下町の様子を見に行くんでな。待っていたんだ」
相変わらずひでー顔だなと思いながらアレックスがそう答えると、何を勘違いしたのかガサラムが後ろを振り向き、「ほらな、言ったじゃねえか」と、クロードとソフィアに言って、ガハハッと下品に笑い出した。
何が、ほらな、なのかわからないアレックスは、眉根を顰めた。
「陛下、お待たせしました」
ソフィアがそう言うなり跪き、それに倣うようにクロードとガサラムが膝を折る。そこでアレックスは、ソフィアたちも城下町視察に同行するつもりであることを悟った。
「楽にしろ。それで、ガサラムも一緒に参るか?」
立ち上がったガサラムは、アレックスのお誘いに何やら申し訳なさそうな表情をしてから、ガシガシと頭をかいた。
「あーそうしたいのは山々なんですがね。アニエス統括と話して接収の手伝いをすることになったんでさ。あと、あれです。着るもんの調達もですかね」
ガサラムのその話を聞いたアレックスは、ほーうと唸る。
ジャンが昔に設定したタスクに縛られていたにも拘らず、ガサラムはアニエスと話したことを実行しようとしていた。
つまり、アニエスを従者旅団統括に据えた試みは、大正解だった。
まさか、俺の分身と言っただけで俺のタスク設定と同じ効果を生むのか、とガサラムのタスク欄を確認し、先程彼が説明した内容に近いことが記載されていたことで感心した。
「なるほど、お前たちもよくアニエスの言うことを聞くのだぞ。まあ、大丈夫だと思うが、ガサラムは同じ上将軍として、気になることがあればいつでも申してみよ」
「へえ、それはわかってますよ。他に無ければ俺は先に行きますよ。何でも部隊をちょっくら分けないといけねえんでさ」
「うむ、行って良いぞ」
ガサラムの話に因ると、従者たちの打合せはまだ続いているようで、先程アレックスがアニエスに新しく指示した衣服を全員に支給するには、宝物庫の中身だけでは足りないことが判明したようだった。
それで、ブラックの部隊から一部を割いて新たに作成したり、ガサラムの接収部隊が衣料店などを当たるとのことだった。
それでアレックスがシステムメニューのチャットメッセージ欄を確認すると、そこがアニエスからのメッセージで埋め尽くされていた。
システムメッセージと違い、頻繁に遣り取りするチャットメッセージは通知設定をするとうるさいため、その設定を、「切り」にしたままだった。
ゲームのときは、プレイヤーと遣り取りがあるためチャットウィンドウを常時表示していたが、今ではそのプレイヤーが存在しない。それが気付かなかった要因である。
アニエスからのメッセージを眺めていると、ガサラムに手伝ってもらうことになった報告と、催促をして申し訳なかった旨の文の後に、捨て置けない文言を見つけた。
『ヴァルード帝国の英雄がアレックス様に面会を求めてるみてえです』
それを見たアレックスは、尽きることのない悩みの種に嘆息してから、
『折を見て引見することだけを伝えろ。捕虜の尖塔からは出せないが、最上階の部屋に移動させとけ。これは最優先で済ませるように。決して気を抜くなよ』
と、ことの重要性を伝える内容を送った。
『わっちとシーザーで行くことにしました』
『それでよい、以上』
了解の旨の返信を確認するなり、取り合えず画面を閉じ、重いため息を吐く。
先程まで城下町の様子を見に行くのを楽しみにしていたのが嘘であるかのように、アレックスの気分は暗くなった。
その疲れた様子のアレックスを心配するようにソフィアが覗き込んだ。
「陛下、どうなさいましたか?」
「ん? うむ、ヴァルード帝国の英雄関連だ。謁見したいと申すから、最後の仕上げで最上階に移すことにした」
「それは!」
リバフロでは、捕虜にしたNPC勢力のNPCユニットを自駒に転換することが可能だった。ただ、それにも制限があり、時間経過だったり、金銭が必要だったりとそれぞれのユニットごとに設定がされている。
そのNPCユニットの中でも一級品と言われるのが『英雄』である。それは時々によって能力にバラツキがあるが、平均してレベル一五〇前後の能力を有している。
それ故に、転換するために時間経過だけではなく、使用するのにリアルマネーが掛かる『捕虜の尖塔の最上階』で幽閉する必要がある。
謁見を求めてきたその英雄は、アレックスがこの異世界に転移した日の戦争イベントで捕獲したばかりであった。そのとき睡魔に襲われていたアレックスは、戦後処理を後回しにし、取り合えず課金が必要ない区画に幽閉しただけだった。
そして、「謁見を求める」というのは、捕獲されたユニットが寝返るか、解放を求めてくるかのターニングポイントであった。先ず、捕虜にして一日しか経っておらず、相手が英雄であることから寝返ることはなく、解放要望の一択だろう。
そして、解放を却下した場合は、その場で自害してしまうという運営たひねと叫びたくなる設定だった。
が、アレックスは、自駒に転換するつもりであったため、苦肉の策で最上階へ移動させることにしたのだった。ゲームのときと同じ効果があるかは不明だが、試さないよりはましだろう。
その、「最上階」という言葉を聞けば、ソフィアもアレックスが言わんとしていることに気付いて驚いたのだった。
このときの彼女とクロードは別種の不安を感じていたのだが、それに気付かないアレックスが、再び余計なことを口にしてしまう。
「ああ、折角だし仲間は多い方が良いだろう。それに、あの英雄はお前らより強くて頼もしい」
「……そ、そうですか」
その俯いて唇を噛んだソフィアの表情に、アレックスは気付かなかった。
「うむ、やっと来たな」
と着替えを済ませたジャンの姿に、アレックスは気を取られていたのだった。
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