魔神と勘違いされた最強プレイヤー~異世界でもやることは変わらない~

ぶらっくまる。

第023話 着の身着のまま?

 城下町へと続く跳ね橋の手前、南門を駆け抜けてきたジャンは、アレックスの前に跪いていた。

 ジャンのその行動は皇帝に対する当然の対応であり、他の誰でもジャンと同じような行動を取るだろう。それでも、それを見下ろすアレックスは嘆息する。

『べつにそこまで畏まらんでもいいだろうに』

 と言った感じだろうか。

 アレックスの中の人こと荒木風間あらきかずまは、仕事など他者に影響を及ぼす可能性があることに対しては真面目に取り組む。それでも、本来は気さくな性格で細かいことをあまり気にしない。

 特に仲の良い相手やお気に入りの相手ともなると、それは顕著に表れる。

 誰もいない場所でイザベルに対して気さくに対応するのにも拘らず、他のNPC傭兵に皇帝のように振舞うのは、そういった性格が関係しており、良い例だろう。

 よく知らない相手に対して自分の弱みを見せたくないといった、ある種の自己防衛のようなものかもしれない。

 それでは、今まで人格が備わっていなかったNPC傭兵のジャンに対し、何故嘆息したかというと、アレックスの中でジャンがお気に入りの仲間入りを果たしたからである。

 昨夜、アレックスは眠れないことで持て余した時間を費やし、直轄旅団の隊長職の名前や、ランクなどを確認していた。その情報の中には、雇用した時期、出撃回数や討伐数などの記録があった。そこで、あることにアレックスは気付いたのだ。

 それは、アレックスがはじめて雇用したNPC傭兵が、ジャンであったこと。

 つまり、どのギルドメンバーよりも、どのNPC従者よりも早くアレックスの配下となり、リバティ・オブ・フロンティアの世界を旅した仲間だったのである。

 それに気付いたアレックスは、口元が緩むのを堪えきれずにひとしきり笑った。

『そうかそうか、あいつが……そうか、ある意味ジャンがこの世界に転移したことの異変を伝えに来たのは、アニエスやクノイチじゃなくて、むしろジャンで正解だったのかもな』

 と、アレックスは、自分自身が気付いていなかっただけで、彼に一番縁の深い相手がその報告の任務――テンプレ――を果たしていたのだった。

 そのジャンが、今アレックスの目の前に跪いている。

 友達だと思って気軽に話し掛けたのに、「馴れ馴れしくしないでください」と言わんばかりに敬語で返される――他人行儀な対応に悲しくなった。

 当のジャンからしたら、「そんなこと知ったこっちゃない」である。

 しかも、背後に四千人もの兵士たちの存在を感じ、アレックスは一挙手一投足まで監視されているような異様な感覚に陥った。

 居心地が悪いと感じたアレックスは、一先ず、ジャンを立たせることにした。 

「ジャン、立ち上がってよいぞ」

「はっ」

 それに反応してジャンは、すくっと立ち上がった。

 が、いつもの如く拳で心臓を刺すような仕草をジャンがする。

「敬礼もしなくていい」

「え?」

「あ、いや、それも解いていいぞ。許す」

 さすがに敬礼をする必要はないとは言えず、アレックスは言い直した。

「あ、はい……それで、これは?」

 にわかに動揺しているアレックスを他所にジャンは、アレックスの背後にひしめく兵士たちを緊張した面持ちで眺めていた。

「ん? ああ、これから周囲を探索するんでな。その準備だ」

「あ、そうでございますか」

「それで、お前はそんなに慌ててどうしたんだ?」

 取り合えず気を取り直したアレックスは、ジャンに新たな命令を出したつもりがなく、城下町から急いで戻ってきた様子が気になっていた。

 すると、ジャンは恥ずかしそうに顔を少し綻ばせた。

「それが忘れ物をしてしまい、それを兵舎に取りに戻って来たところでございます」

「そうだったのか、悪いな、呼び止めて」

「あ、いえ、とんでもないことでございます」

 ジャンが再び敬礼しようとしたため、それを手で押さえ、アレックスはジャンの脇を通り過ぎようとした。そして、直ぐにその足を止める。

「なあ、ジャンよ。この後、暇か?」

 そうアレックスから問われ、急に肩に手を置かれたジャンは、恐縮して身を縮こまらせた。

「おお、悪い悪い。それで、どうだ? これから城下町の様子を見に行くんだが」

 一人で見に行くのもつまらないと考えたアレックスは、そんなお気に入りのジャンを誘うことにしたのだった。

「そ、それが命令であるならば従いますが……」

 そうは言うもののジャンの表情は嬉しそうだった。アレックスとしては、そこまで束縛するつもりはないが、折角なのでジャンの都合次第で、そうすることにした。

「命令? んー、別に命令ではないが、他にやることがあるのか?」

 そんな軽い気持ちで確認したアレックスの問いに、ジャンはいきなり佇まいを正し、ビシッと敬礼をした。

「はっ! 現在、私は陛下より承った『本拠地襲撃時、敵戦力評価後の伝令』の任をこれより遂行する次第でございます」

 騎士然とした態度で誇らしげにそう宣言するジャンに対し、アレックスは呆けてしまった。

 それから、おいおい、マジかよ! と、ジャンのタスク画面を確認すると、「本拠地襲撃時、敵戦力評価後の伝令」というタスクが依然として表記されていた。

 昨日、外郭の外までの案内役を指示したが、それはタスク履歴に表示されており、それを全うしたからか、元のタスクに戻っていたようだった。

 しかも、ジャンの情報画面を見ていたにも拘らず、はじめて雇用したNPCと判明した嬉しさから、タスク管理の画面を確認するのを忘れてしまっていた。

 アレックスは、盛大にため息を吐いてからジャンの癖毛の髪を撫でまわす。

「あわわ、へ、陛下!」

 突然のことで赤面してアタフタしているジャンなどお構いなしであった。

 ひとしきりそれを楽しんだアレックスは、意地の悪い笑みを浮かべた。

「よし、ジャン。昨日それを見事果たしたお前を評価し、別の任を与える! 暫くは俺と一緒に行動しろ」

「え? そ、それは……」

 アレックスの言葉の意味が理解できないのか、ジャンは頭の中でその言葉を反芻はんすうする。

 え? え? 陛下と一緒……ぼ、ボクが陛下と一緒に! と、半ばパニックである。

 ジャンは、アレックスの直轄旅団の一員であるものの、Fランク傭兵故に、末端兵士もいいところである。それはつまり、皇帝であるアレックスにはべって行動できることは、この上ない栄誉なのである。

「え、えぇぇぇえええーーー!」

 ようやく理解が追い付いたのか、ジャンはそんな歓喜とも悲痛ともいえる叫び声を上げた。

「なんだ、嫌なら別の者にするが……おいっ、そこの――」
「いえっ、わ、私が! 私がその任を務めますので!」

 おうおう、最初からそう言えばいいものを、とアレックスは前のめり気味のジャンを見やり、不明なことが多いが、この場面だけを考えれば、何とも平和だよな、とその様子を面白がっていた。

 その一方で、アレックスのいたずらでダシに使われ声を掛けられた兵士の一人は、残念がり地団駄を踏んだ。

「早速、行こうかと言いたいところだが、その重装備で行くのもアレだろ。兵舎も近いんだ。着替えて来いよ」

 今まで外郭の防衛師団の詰め所で寝泊まりしていたジャンのことを不憫ふびんに思ったアレックスは、クロードたちと同様に、アニエスに命令して昨日の内に内郭の兵舎に泊まれるように手配を済ませていた。

 それでも、ジャンはいきなり大人しくなり俯いてしまった。

「そ、それが……」

「どうしたんだよ。まさか、着替えがないなんて言わないよな」

 ジャンの様子を見て冗談のつもりでアレックスは言ったのだが、それにジャンが頷いたことで、気まずい雰囲気となってしまった。

 それは、新たな問題が発生した瞬間だった。

 アレックスは、システムメニューを開き、アニエスにメッセージを飛ばす。

『住居整備と同時進行で、中級程度の平服を支給するように』

 その返事は、直ぐだった。

『申し訳ねえですが、宝物庫へのアクセス権限がわっちにはねえです』

 それを目で追い、ダメか……と項垂れたが、ポンと手を叩いてシステムメニューを操作する。

 今まではプレイヤー間だけの権限設定が、NPC相手でも行えるようになっていたため、早速その権限をアニエスに付与して、アレックスは呟いた。

「よし、これで大丈夫だろう」

 それを不思議そうに眺めていたジャンに事情を説明すると、嬉しそうに微笑んだ。

「だが、それを待っていては俺はいつまでも城下町へ行けん」

 アレックスは適当にアイテムボックスから、ジャンのオレンジ色の髪に合うラフ感漂うカーキグリーンのワンピースチュニックと、黒いパンツを選択してジャンへと移す。

 すると、装備が変更されるかと思いきや、そうはならなかった。

「「え?」」

 二人の驚き声が重なったが、それぞれ意味が違った。

 アレックスは、着替えを装備画面から変更できることを昨夜に自分自身で確認していた。ゲームのときと同じ要領でジャンの装備を変更しようとしたのだが、それが出来ずに具現化した洋服がジャンの目の前に現れたのだった。

 そのジャンは、突如現れた服を慌てて両手を出して受け止めたのだった。

「あ、陛下、こ、これは?」

 ジャンは茶色のつぶらな瞳を期待に輝かせてアレックスに尋ねた。

「ああ、その通りだよ。それをやるからさっさと着替えてこい。超特急だ!」

 そう聞くや否やジャンは、鋼鉄の鎧をガシャガシャと音を鳴らし、兵舎の方へ駆け出していったのだった。

 そして、そんなジャンに羨望せんぼうの眼差しを向ける広場の兵士たち。

 このときのアレックスは、単なる思い付きで効率重視の選択をしたつもりだった。それでも、周りの認識は全く違った。

 先程召喚されたばかりの兵士たちは、詳しい事情を知りもしないが、アレックスとジャンの会話を聞き、何やらジャンが功績を上げ、それをアレックスが評価したと勘違いした。

 我々の神であるアレックス陛下は、しっかり見てくれるんだ!
 あの兇悪な強さだけではなく、あんなにも素敵な笑顔をするのだな!
 気さくな感じがするのに、所作一つとっても、何とも神々しいのだ!

 などと、勝手にアレックスへのイメージを更新していた。

 それだけではなく、ジャンと同じ栄誉を受けるために、その兵士たちが俄然やる気を出して想定以上の効果を発揮するようになるのは、また別のお話。

 当の本人であるアレックスは、そんなことを思われているとは露ほども考えず、恋人との待ち合わせを楽しむように、南門の石壁にその背を預けて鼻歌を奏でているのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品