私が、宇宙の女王になるわ!だから、貴方は私を守りなさい!
ありがとう
そろそろ掛け布団もいらなくなってきたかな 。季節は春に季節が変わろうとしていた。
夕飯の跡片付けが終わるのを待っていたティアは待ちくたびれて、テーブルの上に頭を乗せウトウトしていた。
「ティア、お待たせ、で!なんだっけ?」
微睡みから辛うじて意識を取り戻した娘は、テーブルに置かれた紙を渡してきた。
「ん?名前の由来をご両親から聞いてくる?」
学校からの宿題だった。ティアは今年で2年生になった。ティアの名前はカタカナだが、回りのお友だちは漢字の子が多く、漢字の意味を考える練習も兼ねた宿題なのだろう。
ティアは本当の私の娘ではない、ティアもその事は幼い時から知っている。研究所の試験管の中で産まれ、培養液の中で育った。その時に付けられた名前はNo30001号だ。実験のために産まれた素材だったので名前は識別番号しかなかった。
実験は、物心がつく前の子供に別の心を植え付けるという、器としての役割を与えられた。空っぽのコップに水を注いでいく感じだ。注がれる水の量と器に入る量が同一か少なければ問題はないが、水の量が多いと強引に流し込まれた水は逃げ場のない器を壊してしまう。壊れた器は当然廃棄された。そういった器を私は何万と知っていたし、慣れてしまっていた。
大抵の子供は外部の情報を一切遮断した部屋に隔離しているため、無機質な反応しか示さなかったが、ティアは少し違った。
ある日、その日当番だった者が急に休んだため、私が代わりにティアに食事を持っていくことになった。実験体には触れることも、話しかける事も禁止されている。マジックミラーから見る部屋は、何もない真っ白な正方形の箱に少女が一人隅で体育座りをし天井の一点を見ていた。
扉を開け、食事を置くだけの簡単な作業だと思った。預かった鍵で扉を開けると、少女がこちらを向き、鼻まで伸びた前髪の隙間から真っ赤な瞳が私を捉えた。少女はゆっくり立ち上がると、一歩ずつ床を確かめるように私に近付いてきた。恐怖のあまり動けず、手に持ったお盆がガタガタと音を立て中身が飛び散った。
少女は私が持つお盆に手を掛けると口を開いた。
「・ガ・ご・ふ」
「キャーー」
驚きのあまり腰を抜かしお盆をひっくり返しので、少女に食事が頭から掛かってしまった。それでも少女は驚きもせずに、床に落ちた食べ物を掴んで口に運んだ。私はお尻を引きずりながら部屋から出ると震える手で鍵を掛けた。
子供が言葉を喋ったと上司に報告したが、そういうことはたまにあるらしいが、言葉に意味など無いらしい。だが、私には聞こえた!
「ーーーありがとう」と。
今まで、実験の素材に感情など沸かなかったが、No30001号を見て考えが変わってしまった。彼等は生きてる、感じてる、考えてる、命がある!もう実験体としては見れなかった。
私は、No30001号の廃棄が決まった事を知らせる紙を渡された時に貯まってた感情が決壊し、ティアを連れて逃げた。
それから少しずつティアの器に愛情という水を注いでいった。研究所に居たときに比べたら感情や言葉が増えたが、たまにあの時の姿勢で天井を見上げてる事がある。
「・・お母さん、お母さん!」
「え?なに?」
「何じゃないぞ!ぼーーっとしてたぞ」
私の顔を覗き込んでくる、ティアの瞳は私を心配していた。
「ごめんなさい!なんでティアって名前にしたかよね?」
「うん!」期待に膨らんだ顔のティア
「ティアは涙、人間が持つ様々な感情が形になって溢れた物が涙なの、ティアには綺麗な涙をいっぱい流して欲しい!その涙で自分の器を満たして欲しい!ティアの心はティアだけの物なんだから」
少し間を置いて、ティアは静かに頷き小さく呟いた。
「・・ありがとう」
私はティアの小さな顔を近付け、おでこにキスをした。そして、愛する我が娘だけに出来る、とびきり優しい笑顔を作った。
――――《病室》
窓から月明かりが差し込む真っ白で何もない部屋、そして真っ白なベットで目を覚ました少女は天井を見つめていた。
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