明日はきっと虹が見える

モブタツ

五章[なんでもない日常を]1

  二段に重ねた机を運ぶ。
  4階の教室から中庭まで持っていくのはなかなかの重労働である。それをなんで女の子にやらせるんだろ…。
「ねー。一回休憩しよーよー…!」
  隣で菜乃花が気だるそうに言った。
「お前、態度は男っぽいくせにこういう時は女子なんだな」
  ヘラヘラと笑う健斗に蹴りが入れられる。
「痛っ!」
「蹴るぞ!」
「いや、今蹴っただろ!」
  まぁ、健斗を蹴る力があるってことは…まだいけるってことなんだろうな。

『焼き鳥』
  テントの真ん中に大きな看板を取り付ける作業が終わり、本格的に準備が終わりに近づいてきた。
  文化祭。うちのクラスは焼き鳥をやることになっている。機械はレンタル業者から借り、肉は業務スーパーで購入。ダンボールは学校から比較的近いスーパーから引き取り、テープやペンなどの雑貨は100均で取り揃えた。
  店のレイアウトは菜乃花が考えたものであり、私がいうのも変かもしれないが、なかなかのセンスだと思う。
「焼き鳥かぁ…なかなか渋いものを選んだよな。うちのクラス。」
  完成間近のテントを眺めながら、健斗は呟いた。
「まぁ、提案したのは健斗なんだけどね」
「でも、ほら。焼きそばとか、お好み焼きとか、たこ焼きとか。色々定番なやつもあっただろ」
「たこ焼き機とか鉄板を使う系のお店は…毎年赤字になっちゃってるんだってさ」
「それで却下されてたのか!」
「それに比べて、健斗が考えたのは他の人じゃなかなか思いつかない意見だったし。賛成の人、結構いたみたいだよ」
「やっぱ俺、センスあるなぁ…」
「はいはい」
「ちょっ!?」
  菜乃花がこちらに手招きしているのを見て、彼を冷たくあしらってそちらに向かう。
「どうしたの?」
「…なんでか知らないけど、ここの飾りの取り付けが甘い気がしてさ」
  テントの内側にある紐やテープが大雑把に施されている。
「ほんとだ…」
「あぁ、それ、俺がやったんだよ」
  いや、健斗かい。
「…身内として、恥ずかしいよ。」
「そこまでのことじゃないだろ」
「ここ直したら完成?」
「うん。うちが考えた通りのデザインだよ」
  フフン。と鼻を鳴らす。
「んじゃ、ここだけ綺麗にするか」
「健斗。あんたが責任持ってやりなよね」
  身内同士の会話を聞くと、少しだけ微笑ましくなってしまう。
『ねーちゃん、ほんま大雑把じゃのう』
『ほう?これでも結構丁寧にやっとるけど』
『全然じゃ!僕の見てみーや!』
『わぁ!すごい綺麗…』
『ねーちゃん、ほんまに僕のねーちゃんなんか』
『ちょっと、それ、どういうこと!?』
  …似てるな。
  多分、健斗は家で美優に叱られてるのだろう。
  私が家でそうだったからね。
「っしゃ!できた!」
「やればできるじゃん」
「今日、準備終わり次第帰宅なんだろ!?早く帰ろーぜ!」
  少年のように走っていくその姿が、なぜか霞んで見えてしまった。



「んじゃ、帰るか!」
  確かに、準備終わり次第帰宅というシステムは素晴らしいと思う。早く帰るために、不真面目な人だって準備を手伝うだろうし、素直に真面目にやった人はその分早く帰れる。
  私も気持ちは健斗のように少し嬉しい気分なのだ。
「うん。菜乃花は?」
「うちは…ごめん、この後用事ある。また今度ね」
  急ぎ足で教室のドアに向かい、ドアに手をかける。
「あ、そうだ」
  何かを思い出したように、また勢いよく振り向いた。
「今日、あんたの家にエミちゃんが行くかも」
「え、別にいいけど、なんで急に?」
「記憶戻って、またお前の家で遊びたいんじゃねーの?」
「まぁ、そんな感じ。ほんと、急でごめんね」
「全然いいよ。じゃあ、今日はルピナスは行かないって事で」
「あぁ。また今度、だな」
  …あれ?
  今、何か……今度という言葉に違和感があった気がする。
「じゃあ、うちはもう行くから!」
  勢いよくドアを開け、走って行ってしまった。
「あいつ、忙しそうだな」
「健斗は菜乃花の用事について知らないの?」
「あ?あぁー…まぁ、知ってるけど」
  目が泳いでいる。
「でもまぁ、本人から聞くのが一番じゃね?つーか、多分お前もそのうち知ると思うけどな」
  荷物を持って歩き出す。
  昇降口を出ると、外の澄み切った空気が私を迎えた。
  まだ夏の暑さが残る9月中旬の昼下がり。日差しは十分に熱く、蝉の鳴き声すら聞こえている。
「昨日が大雨だったら虹が見えたんだけどな」
「霧になるでしょ」
「ははっ。確かに」
  恵美花の鍵を見つけた川。あそこは台風などの大雨に見舞われると、増水して危険になってしまうらしい。まぁ、川はどこでもそうなのだろうけど、今月は特に気をつけないといけないな。
「なんかいいよなー。こうやって昼間にのんびりと家に帰れるってさ。あと何回経験できんだろ」
「卒業までに?」
「え?あぁ…まぁ、そういうこと」
  どこか寂しそうにする彼の目は、私を見ていない。
  そっか…。
  彼は、来年には引っ越してしまうから…。
  私と一緒にいる、ということではなく、今という日常がずっと続くわけではないということに、寂しさを感じているのかもしれない。
「…きっと、また帰れるよ」
  静かに呟くと、彼は笑って「だな」と言った。

  その笑顔も、どこか寂しそうだった。

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