明日はきっと虹が見える

モブタツ

4ー8

  部屋の掃除をしたのは、実に数週間ぶりであった。
  こうして祐樹が部屋の片付けを手伝ってくれることで、効率よく掃除を進めることができる。
  恵美花の件があってから心の中が乱れまくりだ。
  この部屋は心の中を再現したように荒れていた。
  まずは部屋を綺麗にしてから考えよう!そう言ったのは祐樹であった。
  自分の暮らしている部屋が段階を経て綺麗になっていく。探していたリモコンも見つかったし、正直私自身は満足していた。
「…もうよくない?」
「ダメ。まだ綺麗になっとらん」
  私の何倍も綺麗好きな祐樹にとって、私の家は地獄だったらしい。何度も図書館に行って勉強していたのはそういうことだったのか。
  といっても、異常に散らかってるわけではない。人を招き入れても全く恥じることのない、足の踏み場がないわけでもない、ましては掃除機とか雑巾掛けを怠ったことはない。ただ、リモコンだけは見つからなかった。管理がなっていない証拠である……よね。
「ソファの下とか、掃除機かけとらんじゃろ」
「うっ……痛いところ付いてくるね」
「ほんまに大雑把じゃのう……その性格、彼氏できたらどうするんよ」
  弟にそんな心配されるなんて…あれ?小学五年生だよな。
  私が今の祐樹くらいだった時って、こんなだったっけな…。
「祐樹は好きな人とかおらんの?」
  片付けをしながら彼に問う。
「うーん…もし、いるって言ったらねーちゃんはどうするん?」
「ショックを受ける」
  あの時の菜乃花みたいに。
「なして?」
「理由なんかないわ。相手にもよるけど、私からあんたが離れていくー思うたら、ショック受けるじゃろ」
  うーん…と唸りながら、片付けを進める。
「…恵美花は、なして僕にあんなにくっついてくるんじゃろーか」
  私の手が止まった。彼の手は未だに動き続けている。
「…なんでじゃろーね」
「ねーちゃん、手、止まったじゃろ。音で分かるわ。なんか知っとるんか」
「…………さぁ」
「分かりやすっ」
  無理。弟に隠し事ができない。
  昔からそうだ。この子は賢い。下の子は上の子を見て育つせいか、こういうところは本当に賢くなる。恵美花だって、そのうちこうなるのだろう。いや…もうなってるかも。
「恵美花ちゃん、可愛いよね」
「急にどしたん」
「いーや?別に。ただ、そう思ったから言っただけよ」
「は、はぁ…」
  恵美花が相手なら全力で応援したい。まだ気が早いかもしれないけど。でも、彼女たちはきっとこの先も付き合いが続くだろう。今はこんなにも大変な状況だが、いつか本気で笑い合える日が来る。いつか、本気で悩める時がくる。そう信じて、祐樹を応援しようと思ってるのだ。
  …なんて、ただの姉の勝手に過ぎないんだけどね。
「ねーちゃんは、ねーちゃんの心配をせんにゃぁ。好きな人とかおらんの?」
「あのねぇ…私は、一度死のうとしたんよ?今じゃこんなにも軽く言えることじゃけど…数ヶ月前は、ほんまに大変な状況じゃった。そんな人間に、好きな人とかできると思う?」
「…思わん」
「じゃろ?」
「じゃろ?じゃないわ。せっかくはるばるこっちまで来たのに、高校生活で好きな人作らんとかもったいないって、お母さん言いよったよ」
「お母さんが!?」
「案外、ねーちゃんのこと気にかけてるんよ。ねーちゃんが思う以上にね」
  少しだけ、親の見方が変わった気がする。
「ほうか……」
  私自身も、まだ捨てたもんじゃないってことなのかな。
「………ん……?」
  ベットの隙間を掃除していた彼が、突然変な声を出した。
「どうかした?」
「なんか…奥にノート落ちとるわ」
「ノート?」
  数学のノート新しくしたし、古いやつでも落ちてたのかな、なんて、最初は思った。
  しかし。
「んー…取れた!」
  ベットの隙間から出てきた小さなノートを見て、私は脳に電流が流れたように目を見開いてしまった。

『…………日記。』
『日記…?』
『おねーちゃんが、書きなさいって。だから、ずっと書いてるの』
『へぇ…マメだねぇ』

『そういえば、エミの日記、このおうちに置いてっちゃった気がするんだけど…知らない?』
『日記?』
『今は代わりの日記帳みたいなやつに書いてるんだけど。早く見つけないとなぁ』
『見てないな…。見つけたら連絡するよ。ルピナスに連絡すればいいんでしょ?』
『うん!お願いします!』


「それ………恵美花ちゃんのだ……」
  表紙には何も書かれていない。しかし、これは確かに恵美花の日記帳であった。
  ゆっくりと開く。

『コロネのおねーちゃんの家に行った!外は雨がすごくて出られないから、とまってもいいって!おねーちゃん、本当にやさしい人!料理もおいしかったし、たくさんお話しができて楽しかった!また今度あそびに行きたいなぁ』

『コロネのおねーちゃんの家にあそびに行った。コロネのおねーちゃんの弟、すごくカッコいい。とにかくやさしくて、目を合わせて話そうとするとすごくきんちょうする…。変な気分…どうしよう…。』

  日記はここで途切れていた。恐らく、菜乃花と共にお菓子を作りに来た時に落としてしまったのだろう。
  最初は何気なく読んでいた。勝手に見てごめんねと、彼女に謝りながら。
  でも、不意にページを戻したとき、信じられないものを見つけてしまったのだ。

『コロネのおねーちゃん、名前はなんて言うんだろう。おうちで、おねーちゃんが泣いてた。「私はあの子をころしそうになったんだ」って。エミはコロネのおねーちゃんと仲良くなりたい。でも、おねーちゃんが苦しそう。エミにできることはないのかな…。コロネのおねーちゃんにも、おねーちゃんにも、笑っていてほしいな。』

『せっかく、エミともお友だちになったんだから』

  …手が動かなかった。
  いや、小刻みに震えていた。
「…ねーちゃん…。これ、なんで…」
  枠外にひっそりと書いてあるんだろう。
  祐樹と同じ考えだった。
  枠は残っていたのに、彼女はページの隅にひっそりと書いていた。
  誰にも見られずに、誰にも知られずに。誰にも聞かれずに、でも、自分の気持ちを心の外に出したくて。
  考えて考えて、彼女はここに書いたんだ。
  また、彼女の本心を知ることができた。
  そして、菜乃花の気持ちも。

  …私は、まだ死ねないんだ。
  やることをやらなきゃ。

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