明日はきっと虹が見える

モブタツ

4ー4

  完全にリセットされたと思っていた。
  私のことも祐樹のことも忘れて、健斗と美優、姉である菜乃花の呼び方は昔の呼び名に戻り。祐樹には「はじめまして」私の呼び名は「コロネのおねーちゃん」ではなく「お姉さん」。辛い現実を受け止めるので精一杯だった。
  夏祭りへの道のり。赤面する恵美花を見て、心が安らいだ。
  前の恵美花も、水族館に行くときに顔を真っ赤にしていた。些細なことなのに「ゼロには戻っていないんだ」と気づかせてくれるこの状況には感謝の気持ちしかない。
  …誰に対しての感謝かは分からないが。
「あんた、浴衣持ってないの?」
  浴衣姿の菜乃花は、袖をひらひらとさせながら言った。
「引っ越してくるのに、必要最低限のものしか持って来なかったから…」
「うちに来れば貸したのに。ほら」
  視線が恵美花に移る。
「うちには、あーゆーのが沢山あるの」
  少し先を歩く恵美花は、黄緑色の可愛らしい浴衣を身につけている。
「母親の趣味でね。娘は2人しかいないのに、何着も持っててさ。何がしたいんだか。なんか、お母さんがまだ専門学生の時に弟さんと一緒に買ったんだってさ」
  それがお気に入りで、それを娘に着せたいというのがあのおばさんの小さな野望なのだと、菜乃花は苦笑しながら言った。
「ゆーき君、どう?」
「な、なにが?」
「ゆかた!ほら!」
  祐樹の前に立ち、くるりと一回転してみせた。
「う、うん。似合ってるよ」
「ありがとう!」
  あれ?なんか…。
「おい、なんかあの2人いい感じじゃね?」
  美優に荷物を持たされている健斗が、呟いた。
  いや、なんでいつも持たされんの?とツッコミを入れる人は誰もいない。
「記憶失くしても好きな人のことは好きなんですね…」
「うち的には、改めてショックを受けたけどね」
  そういえば…恵美花が初めて祐樹のことを好きになった時もショックを受けてたっけ。
「ゆーき君!あそこ行こっ!」
「え、恵美花!走ったら危ないって!」
  私たちの少し先を楽しそうに走る恵美花と、それに振り回される祐樹を見ると自然と微笑んでしまう。

  物事がこのまま良い方向に向かうとは思ってない。でも、少しでも彼女に良い影響が与えられるなら、なんだって力になる。

  彼は、そう言った。
  彼女に振り回される彼は私の目をまっすぐに見つめ、そう言った。
  彼は…いつからあんなにかっこよくなったんだろうか。
  私が実家を留守にしている間に頼もしくなったものだ。
「次、こういうとこに行く時さ。一回うちにおいでよ」
「え?」
「浴衣。貸してあげるから。その…もったいないよ。せっかくその容姿なのに」
「え?えっ!?」
「お前の浴衣姿とか、見てみてーな」
  彼の言葉に、ドキッとしてしまった。
  健斗が、見てみたい…?
「水着と違って、ほら。なくても、映えるだろ?」
  …………。
「……お兄ちゃん、言っていいことと悪いことがあるでしょ」
「…健斗、ほんと私のコンプレックスを…!」
「健斗…っ!あんた、ほんとにデリカシーがないね…っ!」
「えっ…ちょ、ごめんって…?」
  美優、やれ。
  と、菜乃花の低い声を合図に、彼の腹に拳がめり込む。
「お姉さん…うちの兄が本当にすみません…」
「い、いや!ちょっと、え…やり過ぎじゃない?」
「あんたは気にしなくていいよ。ほら、行こっ」
  菜乃花に手を引かれ、彼から離れていく。
「お前…もう少し手加減しろよ。………寿命縮んじまうだろうが」
「………ごめん」
  彼らの真面目な会話が、かすかに耳に届いた。



  屋台を順番に周っていく。 
  りんご飴、綿菓子、金魚すくい。チョコバナナにかき氷…。
  屋台を周れば周るほど、ケントの財布の中身は乏しくなっていく。もちろん、美優の仕業だ。
「…ほら」
  菜乃花から差し出された小さなりんご飴を受け取る。
「…あ、ありがと」
「あんた、所持金のほとんどを弟にあげたんでしょ」
  図星。
「実は、うちもエミちゃんに結構あげちゃってさ。お互いいたたまれないよね。下の子は可愛く見えるもんだよ」
  美優が指を指した屋台に、渋々着いていく健斗。私も菜乃花も健斗も、みんな同じ立場のようだ。
「お金払うよ」
「いいよ。これはうちからの奢り」
「…っ」
  なぜか、彼女はずっと健斗のことを見ている。
「いただきます」
  袋を破り、ペロリ。
  飴の心地よい甘さが口の中に広がる。
  ベンチで一休みすることになった私と菜乃花の元に、健斗が疲れは建てた表情でやってきた。
「あいつの胃袋はどーなってんだ…」
「買わされすぎでしょ。制覇した?」
「まだタピオカドリンクが残ってる!とか言って走って行っちまった」
「あの子は昔から祭りが大好きだもんね」
  ふわぁ………!という謎の声とともに、ベンチが軋んだ。
「はぁ………疲れた」
  健斗の低い声が耳に届く。
  なぜか健斗のことが見えなくて、反対を見てしまう。
  ふと、視線の先に花があることに気がついた。
  あれは………。
「アサガオだな」
  いつの間にか菜乃花と健斗の位置が変わり、私の隣に健斗が座っていた。
「アサガオ…小学生の時に育てたな」
「この花って、色によって花言葉が違うんだよ。知ってた?」
「そうなの?」
「まず、アサガオの花言葉は『愛情』『約束』。白色のアサガオは『あふれる喜び』『固い絆』。青色のアサガオは『短い愛』『儚い恋』。紫のアサガオは『冷静』。こんな感じだな」
「ほんとあんたって花については物知りなんだから…」
  青色のアサガオ。
  短い愛、儚い恋。
  目の前に咲いた青いアサガオを見て、繰り返す。
「夜に見るアサガオって、なんか変だな。普通は朝見るもんだし」
  彼の言葉を右耳から左耳に聞き流し、アサガオに気を取られる。

  不思議な気持ちだった。

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