明日はきっと虹が見える

モブタツ

4ー2

  家の中なのに、ドキドキする。相手は妹だ。何も緊張するとなんてないのに。
  下手なことはできない。
  心の中で、自分に言い聞かせる。
  私の部屋と廊下を仕切っているドアが、コンコンと音を立てた。
『なのか?』
  部屋の外から、懐かしい呼び名が聞こえた。
「いるよ。入って」
  ドアが、ゆっくりと開く。
  妹が、部屋に入って来た。
「なのか、話ってなに?」
「まぁ、座ってよ」
  彼女の小柄な体が、ベッドに座る私の隣に来た。
「エミちゃんが目を覚ました時、うちの隣にお姉さんがいたの、覚えてる?」
「うん。あの後も会ったよ。あの人って、誰なの?」
  何気ない恵美花の言葉。彼女が聞いたら、どれだけショックを受けるだろうか。
  恵美花には、思い出して欲しかった。
「…あんたが、救った人だよ」
  あなたが、1人の命を救ったのだと。
「えっ?聞こえなかったんだけど、なんて言ったの?」
「…ううん。なんでもない。エミちゃんは、あのお姉さんのことどう思ってる?」
  私の言葉を聞いた彼女は、顎に手を当て、考えた。
「うーん…………すごく、苦しそう」
  そして、考えに考えた末、静かに答えを出した。
「苦しそう?」
「うん。なんかね、いつも難しい顔しててね。なんだろう…あのお姉さんは、何かと闘ってるみたいなの」
  私も、彼女を初めて見た時からそう思っていた。
  彼女は、自分と闘っている。
  だから、いつも苦しそうにしている。
  彼女は、彼女にとって一番の強敵と戦っているのだ。
「…そう。エミちゃんは、あのお姉さんにどうしてほしいとか、ある?」
「もっと、笑ってほしいな」
  やっぱり、恵美花は恵美花なのだと安心してしまった。
「うちもそう思うよ。でもね、まずはエミちゃんが笑わないと。」
「うーん…でも、やっぱり緊張しちゃうよ」
  ずっと聞けなかったことを、私は意を決して聞いた。
「あのお姉さんのこと、好き?」
「うん!もっと仲良くなりたい!」
  そして、恵美花の答えを聞いて、肩の力が抜けていくのがわかった。
「そう言ってくれると思ってた。ありがとうね」
  彼女は、うん!とニッコリと笑い、部屋を出ようとした。
  おやすみ、と小さく呟きながら。
「ねえ」
  最後に、1つだけ聞いておく。
「なに?」
「あのお姉さんにパンを選んであげるなら、何がいいと思う?」
  もう一度、彼女は顎に手を当てて考えた。
「…………チョココロネかな」
  えへへ、と苦笑した。
  …良かった。
  まだ、消えていない。
  ゼロになったわけじゃない。
「…そっか。ありがと。おやすみ」
「うん!おやすみ!なのか♪」
  部屋を出て行ったのを確認すると、自然と涙が出てきた。
  どうして私は…いじめていたやつの為にこんなに全力になっているんだろう…。
  とても、不思議な気分だ。
  このやり取りを本人に伝えよう。最初からその気だった。
  そして、私は。

  スマホの録音機能をオフにしたのだった。




「これをあんたに聞かせようと思って、来たの。」
  菜乃花はスマホをスリープ状態にし、ポケットにしまった。
  彼女は突然やってきた。
  片手にチョココロネの入った紙袋、片手にスマホだけを持って。
  どうして突然、それもパンを持ってわざわざやって来たのかと聞いても、まずは話を聞いて欲しいと言って、全く答えてくれなかった。
  でも、録音された彼女らのやり取りを聞いて、今彼女がここにいる理由をしっかりと理解することができた。
「あんたが思ってる以上に、エミちゃんはあんたのこと好きみたいだよ」
「それは意外だったかも」
「うちも。もっと距離を置いてるもんだと思ったよ。やっぱ、話は聞いてみるもんだよね」
  ははっ。と、笑う姿が、少しだけ健斗に似ている。
「ありがとね。すごく励みになったよ。あ、ココアとコーヒー、どっちがいい?」
「コーヒーでお願い」
  台所に向かうと、リビングから声が聞こえた。
「こちらこそ、あんたには感謝の気持ちしかないよ」
「えっ?」
「あんたにとっては、エミちゃんはよその子。他人でしょ。でも、家族のように大切にしてくれて、今、こうして真剣に向き合ってくれてる。私はそんなあんたを見て、エミちゃんの気持ちを代弁してあげることしかできない。これは…うちも、健斗達も、向き合わなきゃいけない問題だけど、同時にあんたも必要なのかもしれない」
  コーヒーをコップに注ぎながら、彼の言葉を思い出した。
『失敗は何度してもいい。大切なのは挑戦し続けることだろ』
  彼の言葉が、私の背中を押した。
『俺たちにしか、解決できない問題だ。…やるぞ。俺たちで。』
  彼の言葉が、私の心を動かした。
  だから今、こうして真剣に向き合うことができている。
  今は「人という時は、人と人が支え合って」という意味が分かる気がする。
「恵美花ちゃんは、もう一度チョココロネを選んでくれたんだね」
  録音の最後に、彼女は確かにそう言っていた。
  そして、現に菜乃花が持ってきたのはチョココロネだった。
「そ。だから、エミちゃんはエミちゃんなんだよ」
「…そうだね。どうぞ」
  コーヒーを差し出すと、彼女はゆっくりと口つけた。
  やっぱり、これは長い戦いになる。
「熱っ」
  彼女の可愛い一面を見ながら、気を引き締めた。

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