明日はきっと虹が見える

モブタツ

3ー10

  子供が野菜を嫌いになってしまうのは、親が子どもに「野菜は美味しい」と教えないことが原因になると聞いたことがある。
  それと同じ原理で、先生の授業次第で科目が好きになったり嫌いになったりするものであると、私は思っている。
  …言い訳じゃないからね?
  理系が苦手だ。べ、別に先生のせいとかじゃないよ?でも、やっぱり、先生の授業の仕方でも好き嫌いって別れると思う。
  物理の先生は、黒板と会話をする。
  黒板にチョークで文字を書きながら、黒板に向かって話し続ける。
「これはなんですか?」「そう。Aですね」と、黒板にQ&Aをする。
  そんな授業形態に、興味を持つものなど微塵も存在しなかった。
  自分の周りを見渡す。
  健斗は真面目な性格な故に、ノートに黒板の内容を写している。
  菜乃花は、本を読んでいた。
  おい。とツッコミを入れたくなるような行動だ。
  読んでいるのは健斗から借りている小説。恋愛小説だ。
  全く物理とは関係ないモノを熟読している。
  なんであれでテストの点は良いんだろうか、本当に疑問である。
「………あ……」
  珍しく生徒の方に振り返った先生は、菜乃花に視線を移した。
  先生は静かに菜乃花の方に歩いていく。
  菜乃花は気付かずに本を読み続ける。
  先生の手が、その本に触れた。
  ふわりと、その本が浮いたことに驚いたのか、菜乃花は目を見開いて先生を見た。
「授業中に関係のないものを読まない。」
  本が、先生によって教卓に置かれた。
  授業が終わると、その本は先生によってどこかに持っていかれてしまったのだった。


「お前なぁ…俺が貸してる本、没収されてんじゃねーよ」
「授業がつまらなかったから、つい、ね」
  苦笑いを浮かべながら、健斗とは目を合わせようとしない。
  放課後。最近は私と健斗、菜乃花で恵美花のことについて会議を開いている。
  しかし、今日は菜乃花が参加できないようだ。
「職員室行って来なきゃ…めんどくさいなぁ…もう!」
「責任持って本を取り返してくるんだな。はい、いってらー」
「うぇぇぇ……」
  重い足取りで、菜乃花は教室を出て行った。
  教室には、私と健斗だけが残っている。
「しょーがねーから、菜乃花、待ってやるか」
「私も待つよ」
「お前は無理しなくてもいいんだぞ?」
「ううん。ほら、恵美花ちゃんのこととか、聞きたいし」
「…まぁ、お前が残るって言うなら、別に何も言わねーよ」
  本当はもう一つ目的があったが、それは言わないでおこう。
  ふと、あるものが目に入った。
「…読まないの?」
  彼の、右手に掴まれてる本である。
「いや、お前いるなら別にいいよ。話し相手いるんだから」
「私、もしかして邪魔だったりする?」
「何でそうなるんだよ。全然。むしろ暇にならなくて助かるわ」
  胸の中に一瞬だけ浮かんだ不安が、すぐに取り除かれた。
「俺にさ、もう1人、イトコがいるんだよ」
  突然、話が切り替わる。
  もう1人?イトコ?
「菜乃花と恵美花の姉妹、それに、もう1人。名前はアサナ。『愛』に真実の『真』で、愛真だ」
「いくつ?」
「まだ10。でも、恵美花と同級生で、小学5年生だよ」
  祐樹とも同級生、か。
「恵美花ちゃんとは、小学校入学した時から…いつも一緒にいるくらい仲が良い」
「そういう関係、少し憧れるかも」
「な。俺も少し羨ましい。…重要のは、ここからなんだ」
「え?」
「あの2人は、いつも2人でいる。遊ぶ時も、授業を受ける時も。体育でペアを組む時も一緒らしい。だから…登下校の時もな」
  登下校も。という言葉に、一瞬だけ何かが引っかかる。
  そして、ハッとなった。
「その顔からするに、もう察しただろ?」
「交通事故の日…」
「そうだ。あの日も、2人は一緒にいたんだよ。…同時に、イトコを2人も失うところだったんだ」
  言葉が出ない。
「だから、幸い、だったんだ。どうして轢かれない位置にいた恵美花ちゃんが怪我をして、愛真ちゃんが怪我をしなかったのか。それはよく分からない。でも、生きていた。2人とも、死ななかったんだ」
「そう考えると、確かに幸いかもね」
「記憶を失ったのはショックだったよ。俺も、美優も。姉である菜乃花だって、かなりショック受けてたさ。祐樹君も、ショック、受けてたんだろ?」
「…昨日、健斗が電話してくる直前まで、電話で話した。ショックだって。でも…」
  祐樹は言っていた。
「健斗と、同じことを言った。『前向きに考えないと、解決しない』って。だから、もうなるべく落ち込まないようにしなきゃ。気持ちは、みんな同じでしょ?それに、死んでないもん。きっと…あの子の心の奥底に、私達は眠ってる」
  健斗が深く頷く。納得をした様子だ。
「…本当に…あの時、お前が死ななくてよかったよ」
  教室のドアが勢いよく開き、菜乃花が本を片手に帰ってきた。
「お待たせ」
「おせーよ。何やってたんだ」
「…ちょっと色々あってね」
「ふーん。んじゃ、帰るか」
  ニッと笑い、彼はさっさと歩き出して教室を出ていく。
  私も後を追わなきゃと歩き出そうとした時。
「…あんたさ」
  彼女の声に、呼び止められた。
「…ありがと。真剣に妹と向き合ってくれて」
  彼女の「色々あって」とは、こういうことなのかと納得できた。
「私が勝手にやってることだから、気にしないで」

  廊下で、聞いてたんだ。





「そろそろ夏休みじゃん!」
  帰り道。彼の明るい声は空に向かって放たれた。
「まだ6月の下旬なんですけど」
  菜乃花の冷静なツッコミも、大気中に消えていった。
「半月なんかあっという間だろ!いやぁ…何して遊ぼうかなぁ…」
「あんた、何歳なのほんと」
  クスクスと笑う。こんなにも自然に、笑顔になれる時が来るなんて思ってもみなかったと、毎度不思議に思ってしまう。
「もちろん、お前も誘うからな」
「え?私?」
「あたりめーだろ。水族館だって一緒に行っただろーが!」
  確かにそうだけど。と、彼に聞こえたかどうか分からない大きさの声が出る。
「私なんかと遊ばないで、他の人と」
「それ、やめなよ」
  菜乃花の真剣な声。
「え?」
「その、私『なんか』ってやつ。うちが言える立場じゃないけどさ…友達に救われた命を『なんか』で済ませないほうが…その……いいと思う」
  彼女の言葉に、返す言葉が見つからなかった。
「…ごめん」
「謝ることじゃないさ。でも、そうだな。確かに菜乃花の言う通りかも。お前は一度死んだんだ。もう下向きに考える必要はない。もちろん良い意味で、な?」
  また、彼に背中を押された。
「…………………………うん」
「んじゃ、遊ぶときは強制な」
  ヘラヘラと笑いながら歩き出した。
  そんな彼を見て、私も自然と笑ってしまった。


  このとき、菜乃花が訝しげな表情で健斗を見ていたことに、私は気づくことができなかった。

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