明日はきっと虹が見える

モブタツ

3ー9

  部屋の静寂には、もう慣れた。
  この静けさ。大型連休になれば祐樹がこちらに遊びに来て、この静けさはどこかに行ってくれるが、今は私1人が暮らす場所だ。誰の声も聞こえない。
  この寂しさに、私は慣れていた。
  重い体をソファに勢いよく委ねた。ボフッと大きな音が部屋に響く。
『…ほうか。記憶が無くなった以外には、なんもなかったんか?』
  耳元のケータイからは、祐樹の優しげな、でもどこか寂しげな、そして心配そうな声が聞こえた。
「うん。後遺症とかはないみたい。でも、私のことも、あんたのことも。みんな忘れとった」
『それはショックじゃけど…車に轢かれて、それでも死ななかったんじゃけん、まだマシじゃろ』
「ほうなんじゃけど…!」
  私達のこと、忘れてるんだよ!?と鋭い声を出そうとしたが、やめた。
  …でも、やっぱりそうか。そうだよね。
「…死ななかった分、まだマシなのは…もちろん分かっとるよ。じゃけど、やっぱりショックなんじゃ。あんなに笑っとった恵美花ちゃんが、こうも笑わなくなると…心が締め付けられる。」
  音が全くないのは流石に心細いので、テレビをつけることにした。
  リモコン…リモコン…?どこだ?
『それは、僕もショックじゃけど…前向きに考えんにゃ、解決せんじゃろ』
「祐樹は大人じゃね。健斗と同じこと言いよるわ」
『ねーちゃん、いっつもネガティブじゃけん心配になるわ。…んで、今は何をガサゴソとやっとるんじゃ』
  あれ…?リモコンがない…。
「いや、テレビつけようと思ったんじゃけど、リモコンが見つからんくて」
『もしかして、今のねーちゃんの部屋、散らかっとらんか?』
  …全て、お見通し…。
「…はい」
『今は何でもええけど、夏休み入ったらそっち行くんじゃけん、綺麗にしとってよ?』
「わ、分かっとるよ!でも、今は…」
『恵美花のことで頭いっぱいなんじゃろ。分かっとるよ』
  さすがは私の弟だ。言わずとも理解してくれる。
「…ありがと」
『ゆっくり休みんさいや』
「あんたもね」


  電話を切った。
  リモコンを探す気もなくなり、寝巻きに着替える。
  ベットに身を投じ、体が弾む時の心地よさを堪能する。
  …疲れた。
  久しぶりに、全身でそう感じている。
  顔を枕に埋め、自分を労う。
  少しずつ夢見心地になっていく中、突然スマホのバイブがなった。
  反射的にスマホを手に取る。
  祐樹か何か伝え忘れたのかと、最初は思ったが…。
『健斗』
  彼からの電話の受信通知を見た途端、眠気が吹き飛んだ。
「………も、もしもし」
『こんな時間にわりーな。突然電話して』
  テキトーな性格だと思わせといて、礼儀正しい。まるで、親しき仲にも礼儀ありと心得ているようだ。
「ううん。大丈夫」
『まぁ、何となく察しはつくと思うけど…』
「恵美花ちゃんのこと、でしょ?」
『…あぁ。まぁ、そんな感じだよ』
「ファミレスで結構話したけど、やっぱり解決には至らないよね」
『何か解決の糸口がないか、相談しようと思ってな。心当たりとかないか?』
  いとこ思いの彼は、真剣だ。
  というより、何かアクションを起こそうとすると、彼はどんなことでも全力で取り組む。
  その性格が吉と出たのか、恵美花の記憶の件にしっかりと向き合うことができている。
「…残念ながら。」
『だよなぁ…。なんかこう…記憶を呼び起こすアイテムみたいなものがあればいいんだけどな…』
「そんな魔法みたいなアイテム、あったら苦労しないよ」
  だよなぁ。と、もう一度苦笑したような声が聞こえた。
『そういえば、お前の弟には伝えたのか?』
「さっき伝えたところ。ショックだけど、やっぱり前向きに考えなきゃってさ。死んでないだけ、まだマシでしょって…説教されちゃった」
  ほんと、言うことが健斗に似てるんだから。
『ははは!どっちが上なんだよ!』
「…」
『でも、ほんとその通りだよ。前向きに、そして真剣に。これが一番だわ』
「みんながみんな、そんなに早く切り替えることなんて…できないよ」
『っていう、お前の意見も一理ある。というか、正解なんてないよな。いや…分からない、って言った方があってるかも』
「私達に出来ることは…ないのかな」
『俺たちの一番の仕事は、恵美花ちゃんに寄り添ってあげることだよ』
  彼の真剣な言葉を聞き、彼の真剣な表情までもが想像できた。
「…そうだね」
『…人に完全はない』
「え?」
『残念なことに…人に完全というものは無いんだよ。だから、いくら頑張ってもゴールにはたどり着けない』
  彼の言葉に、何か説得力がある気がする。
「…そんなこと言って、頑張ろうと思える?」
『いいや。思えないな。でも、この言葉には裏がある。ゴールにたどり着けないけど、レベルはいくらでも上がるんだよ』
「どういうこと?」
『課題を見つけ、解決する。完全というものが存在しない人間には、また新たな課題が生まれる。それを解決し、また更に難しい課題に挑戦する。人はそうやって強く、賢くなるんだ。人には課題が必要なんだよな』
「…確かに」
『恐らく、一筋縄ではいかない。菜乃花も言ってたが、恵美花ちゃんはかなり強く頭を打ったらしい。生きてるのが奇跡と言えるくらいにな。だから、きっと何度挑戦しても失敗するだろう。どんな手を打っても、どんな作戦で挑んでもな』
「…だよね」
『失敗は何度してもいい。大切なのは挑戦し続けることだろ』
「……っ」
  彼の言葉に、私は何も言えなかった。
『俺たちにしか、解決できない問題だ。…やるぞ。俺たちで。』
「………うん……!」
  彼の言葉に、私は心を動かされた。
  これで、彼に背中を押されたのは何回目だろうか。
  電話を切り、散らかった部屋を見る。
「片付けるのは、また今度かな」
  誰もいないのに、クスリと笑ってしまった。

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