明日はきっと虹が見える

モブタツ

3ー8

  軽食とセットでドリンクバーを注文する。
  健斗が飲み物を取りに行き、美優と私は2人で静かに座っていた。
「美優ちゃん、どうかしたの?」
「え?あ…いえ…大丈夫です」
  ただ、恵美花ちゃんがやっぱり心配で…と、小さく呟いた。やっぱり、みんな気持ちは同じらしい。
  サラサラと音がして、私はふと窓の外に視線を移した。
「あ……雨降ってきちゃったね」
「本当だ…お姉さん、傘持ってませんよね?」
  美優も持っていない。そもそも、今日の天気予報は雨ではなかったはずなのに。
  雨はあまり好きではない。嫌なことがあった後の雨は特に嫌いである。悲劇が起きた時のBGMのような役割を果たして、マイナスの方向に気持ちを盛り上げていく。私はそう感じている。
「ほんっとに、今日は忙しい天気だな」
  飲み物を取りに行っていた健斗は、いつの間にか席に戻っていた。
  美優は外を見たまま動かない。
  目は雨を見ていても、瞳の奥では別のことを考えていたり…と、私の憶測が飛び交う中で、彼女は突然こちらに振り向いた。
「私、家に行って傘持ってきましょうか」
「え?でも、そしたら美優ちゃんが濡れちゃうじゃん…」
「お兄ちゃん、いつも折りたたみ持ってるよね?」
「あ?あぁ…まぁな。別に、この傘を2人で使えばいいじゃんかよ。俺別に濡れてもいいし」
  と、いいながらカバンの中から出てきたのは、黒い折り畳み傘だった。
  なんとまぁ、用意周到な男の子なのだろう。
  この調子だと手帳とかも持ってるのかな。
  見た目に反してマメな人である。
「だめ。私が傘取ってくるから、貸して」
  強引にその傘を取って出て行ってしまった。
「優しいのか頑固なのかわかんねーな…」
「優しいんだよ。きっと。」
  良い兄妹なんだな…って、うちもそんな感じかな。
「雨…強くなってきちゃったね」
「あいつ…事故とかに遭わなきゃいいけど」
  元はと言えば雨が原因で恵美花の記憶が消えてしまったのだから、心配するのも無理はないだろう。
「お前、雨好きか?」
「急にどうしたの?」
「なんとなくだよ」
  彼は私に烏龍茶を差し出した。
  …持ってきてくれたんだ。
「ありがと」
「で、どうなんだよ」
「……嫌いかな」
「その心は?」
「マイナスの気持ちになるっていうか…なんだろう。恵美花ちゃんの件もあったけどさ。雨っていいことなくない?誰も得しない」
  強いて言うならば農作物と農家さんくらい。と付け足すと、ははっ。と小さく笑った。
「お前面白いな」
「…何が。」
  メロンソーダをゴクリと飲んだ彼は外を眺める。
「雨が降れば虹が見えるぞ」
「え?」
「明日の天気予報は快晴なんだと。こんな雨の調子じゃあ…明日はきっと、虹が見えるな」
「虹…考えたこともなかったよ」
  雨が降った後のことなんて、学校のグラウンドがぬかるんでるとか、マンホールの上が滑るとか、ひどい時は霧が出たりもするとか、マイナスのことしか考えたことなかった。
  そっか。と何かに気付いた。
「虹は雨が降らないと見えない。雨が降るから虹が見える。こうやって嫌なことがあったらさ。絶対に良いことがある」
「何で急に。」
「お前が、浮かない顔してるからだよ」
  核心をつかれた瞬間、私の心臓は大きく脈を打った。
「…っ」
「年中そんな顔してたらいいことねーぞ」
「…うん」
「変わってねーよ」
  はは。と笑う彼の顔も、どこかぎこちない。
  周りの人達は仕事の話をしたり家族の話をしたり。休みはどこに行くか。なんて話してる夫婦もいれば、どこのゲーセン行く?なんて話をしてる中学生もいる。
  その中で私と彼は黙り込んでしまった。
「虹、見たいな」
「…うん。見てみたい」
  どちらの意味かは、分からない。
  本当に虹が見たいのか。それとも…。
「あいつおせーな。交通事故に遭ってねーといいけど」
  このタイミングでそれは、冗談には聞こえない。
「やめてよ。縁起悪い」
「…すまん」
  コップの中身が空になり、席を立つ。
「トイレか?」
「普通女子にそんなこと聞く?」
「そういうもんなのか。悪い。女子とあまり付き合ったことがなくてな」
  …へー。って聞き流しても、聞き流しきれなかった。
  彼女、いたことないってことかな。
「…飲み物取ってくるの」
「俺行ってやろうか?」
  それにしては、気が利いている気がするんだけどな。
「さっき取ってきてくれたからいいよ」
「おう、ならいいけど」
  いってらーと軽く声をかけながら、彼の視線は手元のスマホに移った。

  ドリンクバーのボタンを押しながら考える。
  私は今、なんでここにいるんだろう。と。
  恵美花ちゃんは1人で苦しんでいるかもしれないのに。
  私が今、ここでくつろいでていいのか、と。
  様々な迷いが脳裏をよぎる中、突然、私の手が掴まれ、ボタンから離れた。
「…っ!?」
  とっさに掴んできた相手を見ると、そこには美優が目を丸くして立っていた。
「美優ちゃん?」
「…お姉さん、溢れてましたよ」
  え?と自然に声が漏れ、コップに視線を移す。
  そこには、確かに烏龍茶が並々と注がれたコップが鎮座していた。
「ごめん、ありがと」
「…お姉さん、大丈夫…じゃないですよね」
「今はあまり。でも、ずっとこんな顔してられないよね」
  でも、やっぱり辛かった。

『コロネのおねーちゃんって、すごく優しい人なんだね』

  私は…優しくなんかないよ。

『エミから見たコロネのおねーちゃんは、すごく優しいよ』

  …………っ。
  優しくなんか、ない。
  ただ、私が嫌だと思ったから、行動してるだけ。
  …君のためなんかじゃないんだよ。
「…お姉さん…!?」
「う…うぅ……!」
  でも、涙が止まらない。
  だって、まだ。
「お姉さん、泣かないでよ…」
  まだ、恵美花ちゃんに…
「名前…教えてないじゃん……」

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