明日はきっと虹が見える

モブタツ

三章[大切な思い出]1

  学校って、なぜ行かなければいけないのだろうか。
  私の心の中の疑問は、いつも私の体をだるくする。
  そもそも学校(スクール)という名前は、ギリシア語の「余暇」を意味する「schore」に由来している。ひねくれた言い方をするなら「暇人が行く場所」というものになってしまうだろう。
  もちろん、それは学校の由来なだけで、今の学校はそんな目的ではない。しっかりと勉強をする、学びの場である。
  でも、とりあえずめんどくさい。
  私は暇じゃない!だから行きたくない!と言いたいところだが、別にバイトもしてない私は本当に学校に行くしかやることがない。そして、学生は学ぶことが本職であるから…。
「そもそも今習ってることって、将来何の役に立つのかな…」
  教室の一角。席替えをして偶然隣になった健斗と雑談をしている。今日受ける分の授業は全て終わり、ホームルームも終わった。ルピナスに行くのに、どうせならそこの住人である菜乃花も一緒に行こうということになり、今は荷物だけを置いてどこかに行ってしまった菜乃花を待っているところである。
「大勢いる生徒が、将来どの方向に進んでも困らないように色んなことを教えるんだろ。下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる。ってな」
  健斗の言うことは最もである。
「そうかもね。…無駄なこと、結構習ってる気がするけど。」
「無駄なことは1つもないんじゃないか?」
「どうだろうね」
「ないよ。いつかは役に立つ。必要なことしか習わなかったら、将来イレギュラーなことが起きた時に対応できないだろ?」
  今の私には説教にしか聞こえない。
「それに、授業は生きてないと受けることはできない。死んだら受けることはできない。ってな」
  ……が、彼の言葉を聞くと、少しだけ納得することができた。
「大げさなことかもしれねーけどな」
  ハハッ。と小さく笑う。私もそれに合わせてクスクスと笑ってしまった。
  ゴールデンウィークが終わってから数週間が経った。梅雨に突入した最近は雨ばかり降っている。今もそうだ。二人で雑談している教室の窓から見える景色は、大雨のせいで遠くがぼやけている。少し暗いし、視界は悪いし。まるで夜間の学校に来ているようだ。
「それにしても、菜乃花、おせーな」
「そうだね。…………ねぇ、健斗」
「ん?」
「その……れんら」
  ガラガラと音を立てて勢いよく教室のドアが開いた。
  私の言葉は教室に入ってきた彼女によって遮られたのだ。
「お。噂をすれば」
  …………また、連絡先が聞けなかった。
  私の溜息をよそに、健斗は顔色の悪い彼女を心配している。
  良い関係である。
  それにしても、菜乃花の様子があまりにもおかしい。
  息は切らしているし。顔色は悪い。教室に入ってきたときの様子からして、何か慌てているように見える。
「菜乃花?」
「おい。どうしたんだよ」
「………………………」
  今にも倒れそうな菜乃花の口が辛うじて声を発した時。
  私達は、石化したように動けなくなった。

「……エミちゃんが…………車に轢かれた」






  ルピナスに行くのは中止。私は彼と彼女と共に病院へ向かった。
  交通事故。記録的大豪雨の影響で視界が悪かった中、下校していた恵美花に車が突っ込んだらしい。車は逃走。そう、ひき逃げである。
  運良く車に当たらなかった(軽傷で済んでいる)恵美花の友達が大人に助けを求め、近くに居合わせた人々によって応急処置が施されたり救急車が呼ばれたりと、色々な処置が早かったお陰で一命は取り留めたらしい。
  ……しかし。
「恵美花ちゃん!」
  先陣を切って病室に入ったのは健斗だった。後を追うようにして私と菜乃花も病室に入る。
  恵美花のいるベッドのそばには、おばさんが椅子に腰掛けていた。
  恵美花の意識は、まだ戻っていないらしい。事故から一時間以上が経ち、もうとっくに麻酔は切れていいはずの時間。それでも、彼女は目を覚まさない。
  恵美花の腕や足には包帯が巻かれ、口元には呼吸器がつけられている。恵美花が眠る隣には心電図計が置いてあり、確かに彼女が生きていることを証明していた。
「まだ…目を覚まさないの」
  おばさんは、静かにそう口にした。
「犯人は捕まったんですか?」
  私の問いに、おばさんは静かに首を横に振る。
「エミちゃん………」
「恵美花ちゃん…………………」
  ゴールデンウィークの最終日に会ってからはルピナスで少し会う程度だった。いつも元気だった恵美花は、静かに眠っている。少し前までは…いつも通り元気だったのに。
「菜乃花」
  健斗の低い声に呼ばれた彼女は、目から落ちる雫を手で拭い、彼を見た。
  呼ばれてないのに、私も見てしまった。
「……大丈夫だ。生きてるんだから。そのうち目を覚ますよ」
  健斗の一言は全員の心を安心させたような気がした。
「………………………………そうだね」
  長い沈黙の果て、彼女はもう一度涙を拭い、静かに呟いた。
「…うちらが暗い顔してちゃ…ダメだよね」
  何も言葉が出ない。
「お前もさぁ。死んだわけじゃねーんだから。そんな顔すんなって。今俺たちができるのは、この子が目を覚ますまで待ち続けること。そうだろ?」
  返す言葉はなかった。いや、本当は何か言わなければいけなかったのだ。でも、今の私は何も言えなかった。
  私が首を縦に振ると「よし。」と意気込み、飲み物を買いに行ってしまった。
「あんなこと言ってるけどさ。本当は健斗も心配なんだろうよ」
「…え?」
「こういう時、健斗はいつもうちらに元気をくれるの。本当は自分も同じ気持ちなのにさ」
  幼馴染、イトコにはお見通しということなのだろうか。
「うちがこんな顔してちゃダメダメ!お互い、元気出そうよ。ね?」
  まだ彼とは関係が浅いが、一つ確信したことがある。
  彼の言葉には、人の心を動かす力がある。
  どんなに沈んだ心も、底から引っ張り上げる。そんな力がある。
  そして、今私達がその力によって元気をもらい、勇気付けられた。
  彼に助けられたのは、これで何回目だろうか。
「そうだね」
  表面だけでも元気に。前の私では考えられないことに挑戦しようとしている。
  きっとこれも彼の言葉のお陰だろう。

  …いや。彼の存在、そのもののおかげかもしれない。

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