明日はきっと虹が見える

モブタツ

2ー7

  水族館までの道のりが長かったせいか、昼はすぐにやって来てしまった。午前中で2つの建物を回り、午後は祐樹が一番楽しみにしているシャチのショーがあるため、それに備えて早めに昼ご飯を食べることになった。
  水族館の敷地の端の方に、大きな建物がある。そこはホテルの一階にレストランがあるようで、宿泊客はそのレストランで朝食と夕食を食べるらしい。なかなか立派な建物だ。
  バイキング形式のレストラン。食べ過ぎてしまいがちな、女の子の敵である。
  そして今、私はそんな敵と戦っている。
「うーーーん……………!!」
  なかなか強敵だ。目の前に広がるキラキラと輝いたスイーツ達。「私を食べて!」と語りかけてくるこの感じ。食べないと後で後悔するぞと心の中で呟く悪魔の私。ん?天使かな?どっちだろう。
「全部取っちまえば?」
  私の皿に勝手にケーキ達を盛ったのは、腕のガッチリとした男の子である。
「いや、その………増えちゃう」
「は?なにが?」
「…数字が。」
「なんの?」
「…私の。」
「意味不明」
  本気で言ってるの!?と大声を出そうとしてしまったが、ここは店内だ。静かに彼の足を踏むあたりで我慢しておこう。
「いてぇ!なにすんだよ」
「あ、ごめん。わざとじゃないよ」
「あのなぁ…ここで我慢したところで、他で食ったら意味ねーだろ?」
  なんだよ。分かってるじゃん。
「女の子は大変なんだよ。健斗は男の子だから、そんなに簡単に言えるの」
「違う。喧嘩を売ったわけじゃないんだ。最後まで聞いて」
「…なに」
「逆に言ったら、今日食べて、他の日はしっかりすればいいんだろ?」
  できたら苦労しないって。言いたいことは山ほどあるが、なにを言おうか迷った挙句、結局黙ることを選んでしまった。
「食べたいものを食べれるって、幸せじゃん?」
「え?」
「生きてるって感じがするだろ?ほら、お前が俺に頼んだんだろ。生きかたを教えてって」
  皿の上に乗った小さなケーキたちは、相変わらず私を見つめている気がした。
「…そうだね。」
「それに、せっかくここまで来たんだ。今日は我慢とかしなくていいんじゃねーか?」
  悪魔の囁きに聞こえなくもないが、彼の言ってることにも一理ある。どうしても食べてはいけないと言うわけではないし。やはり今我慢してしまったらこの子達(ケーキ達)は食べられずに後悔するかもしれない。と、自分の中でも食べたい衝動が抑えられなくなって来てしまった。
「まぁ、今日くらいなら」
「ま、体重増えても、俺は知らねーけどな」
  やっぱり、どこか腹が立つ。
  でも、私が怒って、それに対して笑う彼の笑顔は。
「ほら。席戻ろーぜ。いつまでもここにいたら、ケーキも干からびる」
  とても眩しかった。

  祐樹はシャチのショーを見るために。恵美花は祐樹とお出かけをするために。健斗はせっかくチケットがあるんだからと付き添いに。美優はお兄ちゃんが行くなら私も、と。理由は人それぞれだが、全員に来る為の「意味」があった。
  そして、それは私もである。
「ねーちゃん!シャチ!でかい!」
「ここの席、水かかるから風邪引くなよ、美優」
「子供じゃないんだから!って、呼びかける相手違うでしょ!」
  シャチが泳ぐ大きな水槽に人間が1人、2人と続いて飛び込む。シャチの押し上げる力を使って大ジャンプ。おーっ!と湧き上がる観客の声。今起こっているすべての音が私の耳には届いている。
「コロネのおねーちゃん、どうかしたの?」
  大きな歓声の中だったが、彼女の声もしっかりと私の耳に届いた。
「ん?何が?」
「いや…なんか、難しいこと考えてるような顔してたから」
  今、私はタイミングを計っている。
「ん?そう?別に何でもないけど」
  それが何なのかは、少し言葉にはしづらい。
「…ならいいんだけど」
  シャチがこちらに近づいてくる。上に乗った飼育員は、こちらを指差している。
(ん?私?)
  行くよ。口がそう動いた気がした。
  間も無く、シャチの尾鰭は観客席の方に勢いよく振られ、水はそびえ立つように押し寄せた。
「キャー!!!」
  悲鳴が聞こえるが、これがこのショーの醍醐味である。来る時期は少し早かったが、気温の高い夏なんかはこのイベントのために遠くからわざわざやってくる客もいるそうだ。
「うぅ……びしょびしょだよ…コロネのおねーちゃん、大丈夫?」
「う、うん。私も濡れたけど、平気」
「下着透けんじゃねーの」
  ははっ。と笑う健斗の腹にパンチが一撃。拳の持ち主は、美優だった。
「すみませんお姉さん。もしよければシャチのエサにしますが、どうしますか?」
  大人が見せる営業スマイルのような顔で、腹を抑えている健斗の襟をつかんでいる。それにしても、美優は恐ろしい。
「い、いやぁ…男子って、みんなそんな感じなんじゃないかなぁ…」
「ねーちゃんから見た男子ってそういうイメージなんだ」
「健斗おにーちゃん、へんたいー」
「不可抗力だよ!あ、不可抗力ってのは、人間の力ではどうにもできない力ってもんで…」
  純粋な子供に変なこと教えない!と腹にもう一発。健斗は、しばらく動けなくなってしまった。
  こうして、私は今回もタイミングを失ってしまった。
  私の小さな願いは、ただ1つ。
  健斗と連絡先を交換したい。それだけだった。

                                         …

  1日はあっという間に過ぎ、楽しい時間はすぐに終わりを迎えてしまった。帰りも2時間半の道のり。まぁ、これを乗り越えなければ家には帰れないのだから仕方がない。
  帰りのバスは静かだった。祐樹と恵美花は疲れて寝てしまったし、健斗は真っ暗になって何も見えない外の景色に目を向けるばかりで、何も喋らない。唯一私と美優が何もすることがなくて困っている状況である。
「あの、今日はありがとうございました」
「え?」
「昨日はあんなことがありましたけど…今日ここに来れたおかげで元気出ました」
「あー…私もみんなに元気もらった立場だから、そんな、お礼とかいいよ」
  それにしても、本当に楽しかった。恵美花と祐樹のやり取りが見えたのもそうだが、一番は命の恩人である健斗と一緒に来れたことだ。シャチのショーの時の発言は正直驚いたが、まぁ男子はあんな感じの子もいるだろうと思ったし。彼の言う通り、不可抗力なのだろう。透けなくて残念だったね、健斗君。
「また来年も…来れたらいいな」
  健斗が外の暗闇の世界に向かって呟いた。見えるのは後頭部だけ。どんな表情をしているかは分からないが、笑っていないことだけは確かだった。
「そうだね。またこのメンバーで行きたいね」
「………っ」
  彼は外を見つめたまま、静かに首を縦に振った。
  今日という日が終わろうとしている。健斗の見る先には暗闇しかなく、その光景を見て、私は1日の終わりを感じていた。
  バスの中はとても静かだ。まるで誰も乗っていないかのように。乗客はほとんどが水族館から帰る人たちばかりであったため、疲れて寝てしまっている人が大勢いるのだろう。
  バスの進む音しか聞こえない世界に、ふと、すすり泣く声が聞こえていることに気がついた。
「…………美優ちゃん?」
  私の家に来た時のあの顔である。目からは涙が溢れ、手で口を隠し、俯いている。
「おい、美優」
  健斗は、冷淡に彼女の名前を呼んだ。
「すみません…ちょっと帰るのが名残惜しくて。」
「こいつ、昔から泣き虫なんだよ。気にしないで。」
  2人はそう言った後、口を開くことはなかった。
  バスに、本当の静寂が訪れた。

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