明日はきっと虹が見える

モブタツ

2ー6

「昨日、ペットが亡くなったんだ」
  健斗から言われたのは、翌日の朝のことだった。
  美優は忘れ物を取りに戻り、恵美花はまだ到着せず、祐樹は駅のトイレへと、健斗と私以外が見事にいなくなった時、健斗は初めて口を開いた。
「美優ちゃんから聞いたよ」
「なんか、昨日は美優がお世話になったみたいだな」
「そんな。少し話を聞いてあげただけだよ」
「それが結構良かったみたいでな。気持ち切り替えて来れたみたいだぞ」
  そうなんだ…。
「健斗は悲しくないの?」
「悲しいさ。俺と美優がちっこい頃から家にいたんだからな。でも…もっと悲しいことがこれからあるかもしれないから、なんとも言えないな」
  昨日の美優の言葉を思い出す。
  余命が宣告されている、2人の知り合いの話。印象が強く、忘れることができない話だ。
「ま、今日は楽しむけどな。せっかく美優だって気持ち切り替えたんだ。そりゃ悲しいけど…いつまでも悲しんでたら、成仏もできないってもんだ」
  んー、と伸びをしながら「しかしなぁ…」と続ける。
「俺より先に死ぬなんて、ほんとつれないやつ。」
  それは流石に無理だろう。
  どんなに長生きしたって20年いかないくらいなのに。
  冗談だよ、冗談。と笑う彼と、それを見て笑う私。前はこんな冗談じゃ笑えなかったけど、今なら心から笑える気がする。
「お兄ちゃん」
  美優の声がしたのは、そんな時だった。
  後ろからした声に振り返ると、彼女はまだ泣きそうな顔をして立っている。切り替えたと言っても、やはり悲しいものは悲しいままである。健斗が頭を手でポンポンとしても、今日の彼女は嫌がることはなかった。

                                         …

  全員が揃うまではかなりの時間がかかってしまったが、無事集合することができた。ここからバスで2時間半。少しだけ長旅になってしまうが、全員了承してる上に、一番交通費が安いルートであるため、仕方がない。
  あえて祐樹の隣に座らせた恵美花はあからさまに緊張し、背筋を伸ばしては一点を見つめたまま動かなくなっている。そんなことには一切気がつかない祐樹は、お構いなく話しかけ続け、恵美花がそれに対してたどたどしく答えている様子を私は楽しく鑑賞していた。
  通路を挟んで反対側に座っている兄妹は何か小声で話していた。私の視線に気づいた2人は、優しく微笑んで手を振ってくれたが、それ以上2人が会話をするところは見れなかった。
『恵美花ちゃんの様子はどう?』
  手と口の動きからして、恐らく健斗はそう言っている。彼女を再度確認。肩に力が入り、手は丁寧に膝の上。目は泳ぎながらも、祐樹が外を見た時はしっかりと彼を見つめている。全体的な様子からして、完全にアレに落ちていた。
『×』
  指と指を重ね、健斗に返事を送信。あちゃー、と言っているように目を瞑り、手を額に当ててみせた。心なしか、少し嬉しそうにも見える。
「はぁ………恵美花ちゃん?」
  このまま緊張している状態であと2時間は体力がもたないだろう。仕方がないので少しだけ気をそらしてあげることにした。
「ひゃい!!」
  ひゃいって…。
「ほら、外の景色、綺麗だよ」
「あ…ほ、ほんと、だ!き、きれいでしゅ…ですねー!」
  もう、分かりやすいとかの次元ではない。
「恵美花、大丈夫?体調でも悪いの?」
  祐樹の無駄な心遣いにより、恵美花の顔は遂に真紅に染まってしまった。
  発熱して眠ってしまったのは、それから数十秒後のことであった。

  「だぁー…!重いぃ………!!」
  2時間半の移動時間を終え、バスを降りた私達は水族館を徒歩で目指していた。相変わらず目を覚まさない恵美花は、健斗に背負われている。
「うわっ。女の子に『重い』って言うとか…お兄ちゃん、最低」
「しょうがないだろ!あ、でもお前よりは軽いぞ美」
  私と祐樹でスマホアプリの地図を確認しながら歩くこと数分。後ろからは美優が健斗を殴る音が聞こえるので、振り返ることはできなかったが、しっかりとついてきているようだ。
「恵美花、大丈夫かな」
「オーバーヒートだね、あれは。」
「オーバーヒート?」
「向こうにも色々考えることがあるんだよ。気にしない気にしない」
「ほんま、こっちの人は何考えとるか分からんわ」
「大人に近づけば近づくほど周りはそうなるもんよ」
  私も祐樹も同時に歩みを止めた。目の前にそびえ立つ建物。
「「これが…!!」」
「お!着いたか!」
「おぉ…立派な入り口…。お兄ちゃん、なんでここのチケットなんて凄いもの持ってたの」
「翔がくれたんだよ。あいつの家、知り合いにお偉いさんが結構いるだろ?その繋がりで貰ったんだと。」
  絵に描いたようなボンボンってことね。
「ん…………ぁれ…?健斗おにーちゃん………?」
  深い眠りについていた少女も、タイミングよく目覚めた。
  みんな入る準備はできているようだ(私と祐樹は物凄くワクワクしているせいか、早く入りたくてウズウズしている)。
「お?恵美花嬢もお目覚めみたいだな。降りるか?」
「んー。もうちょっとこのままがいい。」
「いや、重いから降りろよ…」
「健斗おにーちゃん。女の子に重いとか言っちゃいけないんだよ。バツとしてしばらくエミをおんぶすること!」
「はいはい…分かったから機嫌治してください恵美花お嬢さま」
  お嬢様と呼ばれたのが嬉しいのか、背中の少女は少しニタニタしている。健斗は扱いに慣れているようだ。
「ねーちゃん、早く行こうよ〜」
「そうですね。お姉さん、そろそろ入りましょう。…お兄ちゃんのことは放っておいて」
「おい!なんでだよ!」
「進めぇ〜下僕よ〜!」
  …………。
「「「下僕!?」」」
  どこでそんな言葉覚えたの…。



                                        ◯



  何か嫌な予感がした時のこの道のりは、とても長く感じる。そして、心なしか私自身の足取りも重い。
  ここに来ることはあらかじめ連絡してある。突然押しかけても受け入れてはくれるけど、今日は大切な話があるからそれはなしだ。
  ため息をすると幸せが逃げるとよく言うが、今の私はため息をしないと落ち着いていられないくらい胸騒ぎがしていた。
  ドアの前で立ち止まる。インターホンのボタンを押し、しばらくすると中から女性の声が聞こえた。
  向こうは誰が来たのか分かっているようで、鍵開いてるよーなんて言って出迎えてくれる感じは全くない。
  ドアに手をかけるその瞬間も、私は緊張と不安で胸がいっぱいだった。
「こんにちは」
「もう、そんな改まらなくても大丈夫だよ」
  髪の毛を後ろで一つ結びにする女性は、リビングの方へ私を手招きする。「上がって」と。
  靴を脱いで部屋に上がり、彼女が私にコーヒーを差し出す。いつもは安心できるこの場が、私にとって運命の場所と変わってしまっているのは、とても悲しいことであった。

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