明日はきっと虹が見える

モブタツ

2ー4

  何も感じていないと言ったら嘘になる。
  あの子は可愛いし。今は無関心だとしても、きっと2人が大人に近づけば近づくほど結末は分からないものになっていくだろう。成長を見れるのは嬉しいことだ。菜乃花はあんな風に反応していたが、私はどちらかというと喜んでしまう方だ。少しだけショックでもあるけど。
「ねーちゃん、どしたん」
  あまりにも祐樹を見つめ過ぎたせいか、変なものを見るような目で見られてしまった。
  恵美花が来た時以来である、2人での夜ご飯。茶碗の音や箸を置く音が余分に聞こえるこの感覚は、とても新鮮である。
「なんでもない。考え事しとったんよ」
「僕の顔を見て?」
「どこを見るとかは、決めとらんかったわ」
  んー…?と不思議な声を出した後、祐樹は一言も話さなくなった。
  食器の音だけが部屋の中に響く。しばらくすると、私より先に祐樹は「ごちそうさま」と言って台所の方へ歩いて行った。
  うん。礼儀正しい。
  この子の悪いところと言ったら何だろう。あまり見つからない。もともと天才気質な子だし、何をしたって私よりも上手くできてしまう彼に欠点なんてものは存在しないのだ。強いて言うなら、少しお姉ちゃんに執着し過ぎているところ、かな?
「ねーちゃん?」
  あの子と上手くいけば、その欠点すら無くなる。もしかして、一石二鳥なのでは?
「ねーちゃーん…?」
  もしかしたら、もしかしたらだけど。2人が友達以上の関係になったら…私は「コロネのおねーちゃん」から、「おねーちゃん」に昇格するのでは?
「ねーちゃんってば!」
  頭に強い衝撃が走り、我に帰る。よく考えたら、小学五年生がそんな関係になる訳がない。偏見だけど。いや、でももしかしたらあるかも。でも…いや…なんだろう…あぁぁぁぁぁ…。
「な、何?」
「ねーちゃん、目がぐるぐるしてるみたい」
「別に…普通だけど」
「いや、普通じゃないよ。だって…」
  祐樹が指差す先を見る。私が手に持っている茶碗だ。
「何も入ってないのに、ずっと箸で何かを掴んでは口に運んで…何を食べてたの?」
「えっ…」
  慌てて茶碗を見てみると、そこには一粒の米すら残っていなかった。
「私、どれくらいこんなことしてたん」
「僕がねーちゃんに『どしたん』って聞くところ辺りから。」
  考え過ぎたかもしれないと今更ながら後悔する。これじゃあ何でもないなんて言えないよ…。
「ねーちゃん、そんなに僕が来るの嫌だったん…?」
  泣きそうな顔で私の顔を覗き込む祐樹を見て、頭の中が申し訳なさでいっぱいになってしまった。
「そ、そんなことないよ!私が悩んでたのは、もっと別のことで」
「ほら、やっぱり。何でもなくない」
  うっ…鋭い。私より賢い気がする。
「あんたは気にせんでええの。高校生のお姉ちゃんの悩み、小学五年生のあんたが解決できるん?」
「ねーちゃんのことは、僕が一番よく知っとるわ」
  あんたは私の彼氏か。と小さくツッコミを入れ、食器を台所に運ぶ。
  カチャン、と皿が鳴いた後、遠くから祐樹のあくびの声が聞こえた。
  遥々、広島から何時間もかけてこちらに来た分の疲れは体の機能を停止しようとするようだ。早いところ布団を敷いてあげなければ。
  でも、今日はデパートに買い物に行かないといけないし。と予定を思い出し、何となく祐樹の方に気を流した。
「後でデパート行ってくるけん、買ってきてほしいもんあったら言いんさいね」
「僕は連れてってくれんのん?」
「あんたは疲れてるじゃろーが。明日水族館なんじゃけぇ、ゆっくり休んどきんさい」
「じゃあ、漢字ドリル買ってきてぇ……」
  そのまま床に突っ伏して意識を失った。声変わりが始まる前の高い声が聞こえなくなり、代わりに寝息が耳に届く。
  漢字ドリルって…本気で言ってんのかな。
「布団敷くまで粘って欲しかったんだけどな…」
  洗い終わった皿を全て綺麗に並べ、ピクリとも動かない彼の元へ歩み寄る。彼の分の布団だけでも敷いてから出かけよう。
  彼を抱きかかえ、布団に移してあげる。
  前よりも、少しだけ重くなっていた。


  寝落ちする直前だったせいなのか、それとも本気で言ってたのか、はたまたお姉ちゃんをからかうつもりで言ったのか、真実は分からなかったが、小学五年生向けの漢字ドリルを一冊買っておくことにした。別に、買っておいても損はしないからね。
  文房具、ノート、あとルーズリーフも。買いたいものは順調に買うことができた。メモをしておいて正解だったようだ。
「学校で読む用の本も少し見ていこうかな…」
  いつものように独り言を漏らし、あることに気付く。
(本………そう言えば、健斗に貸してもらう本、どうなったかな…)
  菜乃花が読み終わったら貸してもらえることになってるんだっけ。思い出すと、本屋に寄る理由がなくなってしまい、体は反対方向に歩き出していた。
「あ………」
  角を曲がろうとした時、目の前に人が現れ、軽くぶつかってしまった。
  ぶつかる。ぶつかると言うと、少しだけ嫌な予感がする。
  もしかして、菜乃花───。
「ご、ごめんなさい!お姉さん!」
  ではなく、ぶつかったのは美優だったようだ。知り合いによくぶつかるものである。
「いや、大丈夫だよ。こんな時間にどうしたの?」
  俯いたまま、しばらく動かない。
  口を開いたのは、数十秒後のことだった。
「……色々ありまして。ちょっと気分転換に外を歩いてたんです」
  そう言う彼女の顔は、酷く落ち込んでいるようだった。
「美優ちゃん、夜ご飯食べた?」
  少しおどけた様子で私を見る。
「いや、食べてませんけど」
「じゃあ、ちょっと、うち来る?ほら、近所だしさ」
  話、ゆっくり聞かせてよ。と声をかけると、静かに首を縦に振った。
  そして、目からは涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
  この表情には少しだけ見覚えがある。美優の悩みがどんなものかは分からないが、これは恵美花がキーホルダーをなくしたと私に言った時のものに似ている。悩み、と言うよりは悲しい出来事があったと。そう言う表情である。
  家に着くまでは、あまり会話をしなかった。強いていうならば「夜ごはんは食べてないけど、食欲がない」くらい。それでも、コーヒーとか、お茶とか、とにかく少しくらいゆっくりしていけば話を聞けるだろうと思い、無理矢理という形になってしまったかもしれないが、連行することにした。
  辺りはすっかり暗くなったが、彼女の顔だけはしっかりと確認できる。しっかりと、彼女の悲しげな表情が私の目に写っている。

  家に着き、弟を起こさないように静かに入る。
(ごめん、今日弟が来ててさ。寝てるから、少しだけ静かにしてもらってもいい?)
(は、はい。大丈夫ですよ)
  注意事項を伝え、ドアをゆっくり開ける。
  意味はないが、物音を立てないためにしゃがみながらドアを開けた。
  ドアの隙間から中を見るが、暗くて見えない。
  あれ?と、目を凝らす。
  弟の姿がないどころか、部屋の中が全く見えないのだ。
(電気消した覚えないんだけどな…)
  さらに目を凝らす。勝手に出かけたとか、そんな感じではないと思うんだけど…。
  とりあえず、中に入らなければ。そう思ったのだが。
「ねーちゃん」
  顔に柔らかい感覚が当たって初めて目の前に何かがあることに気づいた。
「僕の…お腹に顔を押し付けないでくれる?」
  ……私、何やってんだろ。

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