明日はきっと虹が見える

モブタツ

2ー3

  その後も、弟は家に着くまでかなりの長い時間笑い続けていた。
  ルピナスから家までの長い道のりを、広島から来た男の子の荷物を引きずりながら歩くのはかなりの重労働だった。足取りはだんだんと重くなる一方。早まる彼の歩みを見ていると「自分で荷物持てよ」という怒り混じりの疑問がどんどんと強くなっていく。
「あ!来た!」
  家に着くと、眉間にしわを寄せた菜乃花「さん」と笑顔で手を振る恵美花が待っていた。
「…遅い…!何十分ここで待ってたと思ってんの!」
「ご、ごめん…なさい」
「おねーちゃん!こっちがおしかけてるんだから文句言わないの!」
  あ…はい。と食い下がる。しっかり者過ぎて何も言えない。
「あ、恵美花ちゃん。この子が……あれ?」
  左を見るが、居るはずのところに祐樹がいない。
  自分の背中に手が当たって居ることに気づき、後ろを振り向く。
「ね、ねーちゃん…2人とも怖い…」
  初対面の印象としては最悪だったのだろうか。いや、よく考えてみれば…眉間にしわを寄せている年上に、それを静止している同い年。確かに怖いのかも。
「怖くないから、しっかりと自己紹介しな。もう小学5年生でしょ?」
「そ、そうじゃけど…」
  背中を押すと、苦笑を浮かべながら挨拶をして見せた。
「ゆ、祐樹です。初めまして…。し、小学5年生…です」
  恵美花はキラキラの笑顔で祐樹の挨拶を受け止めた。
「恵美花だよー!同い年だね!よろしく!」
  祐樹に抱きついているが、まぁそこらへんは同い年同士でなんとかしといてもらえればいいだろう。
「…あんたの弟、あー見えても結構しっかりしてるでしょ」
「えっ?」
「見りゃ分かるよ。性格は正反対とは言えども、エミちゃんと雰囲気が似てるよ」
「そう…かな」
「あんた、あの子に結構助けられてるんじゃない?」
  そこまで見透かされるかと驚きながらも、彼女の言葉に聞き入ってしまった。
「ねーちゃーん!鍵ー!開けてー!」
  もう慣れちゃって。とクスクス笑う彼女を見て私もクスクスと笑うが、彼女のこんな優しい顔を見たのは初めてだった。
  そして、なんだか意外な一面を見せられたせいか、妙に気疲れしてしまった。
「ほら、早く行ってあげな。コロネのおねーちゃん。」
  小悪魔のような笑顔を浮かべた彼女を尻目に見ながら、弟の元へ歩み寄った。

                                          …

  室温に戻したパイシートを三角形に切る。そのパイシートでチョコレートを挟み、周りをフォークで押してくっつける。溶き卵を塗って、オーブンで15分。簡単三角チョコパイの出来上がり。
「できたぁぁぁ!ゆーき君!見てみて!」
「み、見てる、見てるって。すごいよ」
  恵美花との約束を果たした私は達成感に浸りながら菜乃花「さん」にお菓子を差し出した。
「食べて」
「あんた器用なんだねぇ…うちはパン以外はほんとムリ」
  パン焼けるのもなかなかの技術だ思うが。
「ん!?結構美味しい。あんた、ホントに器用なんだね」
  パイシートにチョコ挟んで焼いただけなんだけどな…と騙したような気持ちになってしまった。
「エミちゃん、すっごく楽しそう…」
  その言葉につられて、私は台所ではしゃいでいる恵美花と、その対応に体力を吸い取られている祐樹に視線を向ける。
「美味しー!」
「ちょ、こっちで食べなきゃ。立ち食いは行儀がよくな…」
「…」
  ん?と違和感に襲われる。
  恵美花が少しだけ固まった。
  しかし、すぐににっこりと笑った恵美花を見て、気のせいだと勝手に結論付けた。
「ゆーき君も食べようよ!あーんしてあげようか?」
  はぁ!?と祐樹の露骨に嫌がる声が響く。
「じょーだんだよ〜!あははは!」
「いいから、こっちで食べるよ」
「っ……!!」
  祐樹が彼女の手を取る。家の中での立ち食いはよくないと教えた私の責任だろうか。まさか女の子を引っ張るまで本気になるとは思わなかった。
  ほら。恵美花も突然引っ張られてびっくりしちゃってるじゃん。
  そんな様子をよそに、私は菜乃花「さん」に向き直す。
「あんたには感謝してもしきれないね」
  私に向かって…笑った………?
「菜乃花さん…?」
「さん付けさ、しなくていいから。呼び捨てでいいよ」
「えっ…でも…」
「同級生でしょ?別にいいよ。…もしかしてうちのことが怖いの?」
  怖い。正直に言ったら、とても怖い。相手は私に水をかけたり殴ったり蹴ったりを繰り返したグループの一員だ。また何か相手の気に触るようなことを言えばどうなるか、想像もしたくない。それくらい怖い存在。
  でも、変わらなければいけない。
  彼女が変わろうとしているのだから。
「じゃ、じゃあ…菜乃花」
「ん。それで良し」
  ニッコリと親指を立て、チョコパイをもう一つ口に運ぶ。
「ほんっとに美味しいわ…羨ましい」
  エミちゃんにもっと教えてあげて。彼女の初めての頼み事が、私の耳に聞こえた時、部屋には明るい笑い声が響いていた。

  弟を家に残し、2人を駅まで送ることにした。
  お菓子を作って、互いの親睦を深め、それじゃあまた明日と元気よく別れたのはいいのだが、それからと言うもの、恵美花は下を向いたまま一言も喋らない。最初は具合を疑ったが、そうではないらしいし、首を縦に振ったり横に振ったりするだけで、言葉を発しないから心境が全くわからないのだ。
「エミちゃん、大丈夫?」
  流石の姉も心配のようだ。
「…………うん」
  モジモジと下を見ながら、小さく応えた。
  楽しくなかった…は、ないだろう。結構笑ってたし。
  考え込んで、さらに考え込んで、私は一つの答えにたどり着いた。
「恵美花ちゃん」
「……何?」
「祐樹と会ってみて、どうだった?」
「ふぇ!?」
  まさかとは思っていたが、やはり当たりのようだ。
  祐樹に手を取られた時の反応。そこら辺から違和感を覚えていた。
「…かっこよかった」
  決めつけてはいけない気がするが、多分そう言うことだろう。
「エミちゃん!?」
「うぅ………もうこの話はおしまい!!早く帰ろ!おねーちゃん!」
  ガシ!と大きな音がなるほど力強く菜乃花の手を握り、全力で引っ張り出した。菜乃花はと言うと、妹のまさかの出来事に放心状態になっている。一点を見つめたまま動かない。
「おねーーーちゃん……!!ほら…っ!!帰るよっ!」
  全体重をかけているようだが、ピクリとも動かない。ショックな気持ちは分からなくもないけど…いくらなんでも衝撃を受け過ぎではないか。
「おねーちゃん!」
  ようやく呼びかけに反応し「あ、あぁ…そうだね」と我に返った声で応えた。顔はまだ固まったままだが。
「今日はありがとうございました!」
  ぺこりと勢いよくお辞儀する妹を、菜乃花は気の抜けた目で見ている。恵美花が菜乃花を見るや否や「ほら!おねーちゃんも頭下げる!」とか言いながら幼い背を目一杯伸ばし、姉の頭を下げさせた。それはさながら、母親が子供の頭を無理やり下げる時のようだった。
「…ございました」
  ボソッと呟き「またよろしくね」と今の精神状態には似合わない表情で言ってみせた。
  私から離れていく2人は、お互いを茶化しあって笑う、とても仲の良い姉妹。付き合いたてのカップルのように見えた。

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