明日はきっと虹が見える

モブタツ

2ー2

  結局一睡もできずに朝を迎え、うちに宿泊した恵美花のように目をこすりながら朝日を浴びた。
  祐樹はもう新幹線に乗っているだろう。昼頃に来る予定なので、今から駅に迎えに行かねばならない。
  ICカードと財布を持ち、スマホをポケットに入れる。どうせ出迎えるだけだし、カバンなんていらないだろう。むしろ弟の荷物を受け取ったら邪魔になってしまう。
  重い体を奮い立たせ、家を後にする。
  心地良い外の空気が私の体を包んだ。




  駅にはむせ返るほどの量の人間がたくさ…丁寧にいうと人の量が、凄かった。私が初めてこちらに来た時はこの人の量に圧倒されたものだ。今では祐樹も私も完全に慣れてしまったが、最初は体調が悪くなったり道に迷ったりとかなり苦しめられていた。弟と待ち合わせするのも一苦労だった。
  今は都会の色に染まったのか、駅で、人混みをくぐり抜けて壁に寄りかかり、弟を待つという単純な「作業」に成り代わっていた。
「ねーちゃーん!」
  その作業を済ませて壁に寄りかかって弟の到着を待っていると、遠くから私を呼ぶ弟の声がした。
  男の子にしては少しだけ長くサラサラとした茶色気質の髪の毛、その髪型にあった程よくほっそりとした体。小学五年生にしては背の高い方…だろうか。目鼻立ちははっきりしていて、私なんかの弟とは思えないほどの「イケメン」である。
  少し遠くだが、あのシルエットは確実に祐樹だ。
「都会はやっぱり凄い人の量じゃ…」
「長居すると体調悪くから、すぐ行こっか」
「お!ねーちゃんのひょーじゅんご!」
  毎回「標準語」の発音が気になる。
「いちいち気にしなくていいの。ほら」
  荷物に手を伸ばす。
「あ、ありがと」
  少し驚いた様子を見せながらも、荷物は素直に私に手渡された。




「ほいじゃけぇ、その後はやっぱりわろうてな。この話は絶対ねーちゃんにせんにゃと思ってな!」
  濃い広島弁を聞き慣れた耳で受け止めながら、私と祐樹は電車でアパートに向かっていた。
  話題はずっと、広島であった出来事の体験談。祐樹自身がおもしろいと思った話題は全て私に話そうと記憶していたらしい。なかなかのシスコンぶりである。
  まぁ、それが可愛いと思ってしまう私も私なのだが。
「ほいじゃあ、今度はねーちゃんの番じゃ」
  突然の振りに「ほぇ?」と情けない声を出してしまった。
「ほら。話してーや」
「な、何を話したらいいの?」
「なして死のうとしたん。それだけ聞かせてくれればええわ」
  思ってもみない言葉にビクッと体が震えた。平然とした口調で、そして電車の中でなんてことを言うのだろうか。
「…祐樹が大人になったら…教えてあげる」
「なんじゃぁ…それじゃあだいぶ後になるじゃろーが」
  祐樹は恵美花に似たようなことを言ってプンスカと怒り出した。
「意外とあっという間かもよ」
  あの時、恵美花に言った言葉と同じことを言ってあげた。
「…僕、ねーちゃんと暮らしたいわ」
「あんたは広島におりんさい。お母さんもお父さんも、私なんかよりあんたのことを必要としとるけん」
  突然の訛りに驚いたのか、言葉そのものに驚いたのか、祐樹はおどけた調子で口にした。
「ねーちゃんだって必要とされとるじゃろ」
  その言葉に、私は何も言い返せなかった。
「……知らん。今のあんたには分からんわ」
  自然と微笑む私の顔は、私の心とは裏腹に優しさに満ち溢れていた。……気がする。
  それからというもの、電車の中での話題は全く関係のないものに変わり、私の生と死の話に関しては全く触れなくなった。
  電車の窓からは見慣れた景色が流れ、私が私の左肩の重みに慣れ始めた頃。ようやく私の家から最寄りの駅である目的地に電車が止まった。
「祐樹。起きて」
「ん…」
  ゆっくりと目を開けたが、完全には開ききってない祐樹の目を見て、彼が早朝からこちらに来る身支度をしていたことが分かる。
「おぉ…この駅、久しぶりじゃ」
「久しぶりって言っても、春休み以来だから1ヶ月ぶりくらいじゃん」
  その一ヶ月で、私は変わった。
  一ヶ月とは短いようで実は長いものなのだろうか。
  自問への答えを探しながら、電車から降りる。
  私達が降りたのと同時に電車のドアが閉まり、線路を滑って去っていった。
「ルピナスって言うパン屋さんがあるの。行かない?」
  弟が来る日に恵美花がうちに遊びに来てお菓子作りをすると言う約束をしたことは、しっかりと覚えている。
  向こうも楽しみにしているようで、今日までしっかりと覚えていたらしい。
  チョココロネでも食べながら帰りたいし、ついでに恵美花も迎えに行ってしまおうと、我ながらなかなか効率の良い手段を思いついた。
「なんか買ってくれるなら行きたい」
  ただ、無駄な出費が増えることまでは考えていなかったと、数秒前の自分を呪った。
  まぁせっかく遠くから来てくれたんだし。と仕方がなく了承し、歩き出す。
  こう言う時、何かとうまくいかない私の特殊能力が発揮される。
  …ので、すごく嫌な予感がします。
  ただ、今私はどうすることもできない。
  どうか不測の事態が起きませんように、と祈るのが精一杯だった。




  まぁ、何となくこうなることは分かっていた。
  祐樹が家に来るのが楽しみすぎて、恵美花は姉の菜乃花「さん」を連れて家を出てしまったらしい。行き先はもちろん私の家。今頃インターホン鳴らしても誰もいない家にイラついているのだろう。彼女は辛抱というものを覚えた方がいいのではないだろうか。というか姉も何やってるんだ。止めてよ。
「はい。360円、ちょうどね。ありがとう」
  おばさん(と、いうほど老けては見えない人)に小銭を渡し、パンを受け取る。
「わざわざこっちまで来てくれたのに…本当にごめんね」
「いいんですよ。チョココロネ買えましたし!」
「そちらにいるのは、弟さん?」
  おばさんはお店の外を指差す。
「あ、はい。ちょっと待っててください」
  祐樹。おばさんに挨拶して。と簡単に伝えると、何かのスイッチが入ったのかニッコリとしながら店内に入った。
「初めまして。祐樹です。」
「祐樹君かぁ。何歳?」
「11です」
「じゃあ、小学6年生?」
「いえ、5年生です」
  誕生日、4月だもんね。
「えぇ!じゃあ恵美花と同い年だ!」
  おばさんの反応や口調を見ると、本当に何歳になるのかよく分からない。
  あと、その口調はどこで勉強したの?
「今コロネのおねーちゃんの家に遊びに行ってるだろうから、後で会うんだね!」
  元気な高校生のような反応を見せたおばさんを見て、どこかエネルギーが吸い取られているような錯覚に陥る。
「…はい。紹介しようと思って。」
「ね、ねーちゃん、コロネのおねーちゃんって誰?」
「…説明すると長くなるけど、私のことだよ」
  ぷっと吹き出す。パン屋さんで吹き出すのはやめなさいと注意するが、その頃には腹を抱えて笑い出していた。
「ほら、行くよ!」
「ね、ねーちゃん!コロネのおねーちゃんって何!」
「うるさい!ほら!行くよ!」
  おばさんに「失礼します」と頭を下げて弟の手を引っ張りながら外に出る。
「ほんとねーちゃんって…!」
  うるさい!と一喝すると静かになる。
  弟にその先の言葉は言わせなかった。

「明日はきっと虹が見える」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く