明日はきっと虹が見える

モブタツ

1ー9

「ほぇ〜…広島の人だったんだ…」
  あそこまで訛りを聞かれてしまっては、説明をせざるを得なかった。
  自分の出身地の訛りが、都会で話すには少し恥ずかしかったので頑張って標準語で話していた、でも最近は標準語も故郷の言葉くらい馴染んでいるんだ、と説明すると恵美花はほぇ〜と情けない声を出しながら目を点にしていた。
「はぁ…恥ずかしい…」
「別に恥ずかしがることじゃないと思うんだけどなぁ…」
  それで、なんで一人暮らししてるの?と、懲りずに質問をしてくる恵美花は何を思っているのだろうか。
  全く…この子は「察する」ということを覚えるべきだ。
「…私ね、弟が一人いるの」
「うん?あ、さっき電話してた人?」
「そう。5歳年下でね、恵美花ちゃんと同級生だね。昔からよく一緒に遊んだりして、仲が良かったんだ」
  今年11歳になる少女に、私は身の上話をする。
  記憶が鮮明に蘇る。




  中学生の私は、誰とでも仲良くできるような明るい子だった。だからと言って、クラスの人気者!とか、みんなからの憧れの存在!って程ではなく、誰に対しても人当たり良く、でもそんなに目立たない、クラスの中では「いい人」程度になる存在であった。
  でも、家に帰ると笑顔が消えていた。
  親は、私よりもできの良い弟に愛を注ぎ、私のことは邪魔者扱いをした。
  弟はというと、私に甘えてくることが多々あり、対して私はというと弟をかなり可愛がっていた。
  一度も弟のことは憎いなんて思ったことはなかった。自分より出来が良くて、何をするにも天才的な才能を発揮するような彼も、私に対してはいつまでも謙虚だったからだ。
  …それなのに、私は弟を置いていってしまった。
  家庭の環境に耐えきれなくなった私は、高校進学を節目に家を出ることを決めた。行きたい高校が近くになかったという、全く思ってもいない理由を口実に、関東の…自分の家からはうんと離れた地を目指して猛勉強をした。
  とりあえず進学率の高い高校を目指した。やりたいことができた時に大学や専門学校に進学できるように。これは嘘ではなく、本当に思っていた。
  そして、中学校生活はあっという間に終盤になり、高校にもあっさりと合格した。
  これであの環境から脱出できると、胸を深くなでおろしていた。
  家賃や食費などの最低限の援助はすると言われ、その親の心理は理解できなかったが、ありがたく受けることにした。
  私のことを知っている人が全くいない未踏の地で、私は新しい自分を創る。そう志した。
  しかし。一つだけ心の隅で引っかかっていることがあった。
  私の愛弟のことである。
  弟だけは私の引越しを反対し続けていたのに、私はその反対を押しのけて家を出ることを決めてしまったのだ。
『お姉ちゃん…本当に行っちゃうの?』
  私が家を出る日、祐樹は涙を浮かべながら私にすがりついてきた。
『今度遊びに行ってもええ…?』
  そうとも聞いた。
『たまには帰って来てぇや!お願いじゃけん!』
  そして、願った。
  全て首を縦に振る。私にはそれしかしてあげられなかった。
  こうして、私は広島を出て、関東の高校に通うようになった。それからいじめられるようになるのは、また別の話である。




  本当に驚いたのは、祐樹がこちらに遊びに来るためのお金は、祐樹が自分で貯めたお金だということだ。
  そうまでして、私に会いにきてくれる弟。
  私はどうしてあの時「ごめんなさい」と一言、言ってあげられなかったのだろうか。どうして彼の気持ちを分かってあげなかったのか。いや、分かっていたはずだ。それなのに、どうして向き合おうとしなかったのだろうか。後悔の念は日に日に増して行くばかりで…私は目を背けようとしていたのかもしれない。
  私の話を黙って聞いていた恵美花は本当に偉い子だと思う。まさかここまで真剣に聞いてくれるなんて思ってもみなかった。全く…この子は本当に偉い。
「そろそろゴールデンウィークでしょ?その祐樹が、遊びに来るんだ」
「え!?そうなの!?」
  だから予備の布団があったんだねぇ〜なんて言いながら、恵美花は日記をカバンにしまった。
「祐樹がきたら、紹介するね」
「うーん…緊張しちゃうかも」
  今時の小学生って緊張しちゃうの?
「祐樹が遊びにきた時、またうちに遊びに来な。一緒にお菓子作りしようよ」
「わぁ!やるやる!コロネのおねーちゃんの弟が帰った後も!」
  手間も材料費もかかるが…可愛いからよしとしよう。
「それにしても…コロネのおねーちゃんの広島弁…可愛いなぁ…」
「…………え?」
「今度、健斗おにーちゃんに教えてあげよーっと」
  …待て待て待て待て!
「ちょ!ちょっと!それはダメ!!」
「えっ…なんで?」
  どうして…そんな小悪魔のような笑みを浮かべるの…?
「は、恥ずかしいって言ってるじゃん!」
「可愛いからいいじゃんよぉ〜♪」
「『どうしても言う』って言うんだったらぁ〜!」
  子供にはとても良い手段がある。
「こうしてやるー!!!」
  人差し指で脇の下をツンツンとつつく。
「あはははは!!コロっ!コロネの!コロネのおねーちゃん!やめてぇぇ!」
「もう健斗に言わないって約束できるかー?」
「あはははははは!します!しますぅー!!ごべんなざいー!」
  目から涙が出て来ている。流石にやりすぎたかもしれない。
「はぁ…はぁ…死んじゃうかと思った…」
「もし健斗に言ったら……またやるからね」
「うっ……はい…………」
  口が軽そうな小学生に釘を刺し、電気を消す。
  辺りは暗闇に包まれ、雨が窓を叩きつけている音以外何も聞こえない。
「コロネのおねーちゃんって、すごく優しい人なんだね」
  雨音しか聞こえなかった私の耳に、彼女の声が届く。
「…優しくないよ」
  優しくなんてない。と、もう一度心の中で否定した。
「エミから見たコロネのおねーちゃんは、すごく優しいよ」
  そう言えば、と言う声がボソッと聞こえたが、とても眠そうだ。
「コロネのおねーちゃんって…本当の名前、なんて言うの?」
  彼女の声を辛うじて聞き取った私は、少しだけ考え込んでしまった。
「…弟が祐樹でしょ?あの子の名前は、私の名前から繋がってるんだよね。私の名前は………あれ?」
  彼女の寝息が聞こえる。
「なんだ…聞いといて寝ちゃったの?しょうがないなぁもう…」
  暗闇の中で辛うじて見えた時計の針は午後11時を示している。小学生にとってはかなりの深夜なのかもしれない。
「おやすみ。恵美花ちゃん。」
  返事のない彼女にそう告げ、私も眠りにつく。
  この時間が、とても心地よく感じた。

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