明日はきっと虹が見える

モブタツ

1ー8

  ベーコンを細切り、玉ねぎを薄切り。フライパンにバターを敷き、加熱。玉ねぎを入れ、しんなりとしてからベーコンを投入。しばらく炒める。牛乳を入れ、塩を少々加え、コンソメを小さじニ杯。煮立つまで、少し待つ。しばらくして、麺を半分に折って投入。蓋をして、完成を待つ。
  その間に調理器具を手際よく洗う。後々大変になってしまうからだ。スポンジに多めの洗剤を染み込ませ、勢いよく握ると泡がモコモコと出てきた。
  調理器具の洗浄が終わると、丁度キッチンタイマーがなり、蓋を開けると正真正銘のカルボナーラが出来上がっていた。
「恵美花ちゃーん?できたからそっちに持ってって〜」
  はーい、という元気な返事の後、彼女は勢いよく飛んできた。
  彼女が料理を運んでいる間に、もう一品に手をかける。
  根元を落としておいた細ねぎを細かく刻む。底の深いフライパンに、水、和風だしの素、醤油、みりん、塩を加え、沸騰させる。水溶き片栗粉を入れ、掻き混ぜながら再沸騰。卵を入れ、ゆっくりとかき混ぜる。最後に細ねぎを入れ、かきたま汁の完成!
  スープは冷蔵庫の中にあるもので作っているので、卵を使う料理が被ってしまっている点は、目を瞑ってほしい。
「カルボナーラだぁー!!コロネのおねーちゃん、早く食べよーよー!」
  ネジが外れたようにテンションが上がった恵美花ちゃんは、ぴょんぴょん跳ねながら言った。
  まぁ、カルボナーラは彼女の要望だ。ここまでテンションが上がるのにも無理はない。
  それにしても…純粋で、可愛い。
  なんというか、言葉では表現し難いが、彼女の要望には極力応えてあげたいと思ってしまう。
  これが母性本能?いや、ちょっと違うか。
  でも、まだ祐樹が小学校に入学したばかりの頃、よくこんな感じで私に甘えていたっけな…。
  「いただきます」と二人で声を揃える。
「コロネのおねーちゃん、料理凄い上手なんだね!」
  あぁ、作ってよかったな…と、心から思う。
「お母さんの料理よりぜんっぜんこっちの方が美味しい」
  いや、もしかしたら作らない方がよかったのかもしれない。
「恵美花ちゃん、お姉ちゃんの様子はどう?」
  彼女の姉は何かに苦しんでいるようだと、少し前に聞いていたが…どうなのだろうか。
  病気を患っていたり、怪我をしていたりと言うわけではないため、元気だ。しかし、その実は見せかけの元気であり、実際は何かに心を締め付けられているそうだ。
  妹の勘なのか、それとも本当に分かりやすいのか、それは実際に会ったことのない私には断言できないが、きっと何か深刻な悩み事があるのだろう。
「…この前よりひどいかな。最近、もっと元気なくなっちゃってね。あ、でもね!一緒にデパートに行ったり、遊んでくれたりはするんだよ?この前だって本屋さん行ったし」
  でも、なんだろう…と呟く声が聞こえる。
「前みたいに…なんかこう、ニコッ!ってしてないんだよね…」
  まぁ、小学生の説明じゃこんなものか、と思いながら、理解はできていた。
「心の中では何かに悩んでいて、妹には気付かれないようにしてる、と。まぁ、結果的に妹に勘付かれてしまっているわけだね」
「難しい言葉…コロネのおねーちゃん、頭いいんだねぇ」
  そんなことはない。高校生は大体こんなものだろう。
「…恵美花ちゃんのお姉ちゃんは何歳?」
「えーっと…多分16歳…かな?」
  え?なんでそんな曖昧?と心の中でツッコミを入れつつ、再度聞く。
「高校何年生?」
「2!」
  私と同い年か…。
  自分と同い年の人間に、良い思い出があまりない。なんて言ったって、最近になってようやく好印象の青年が現れたレベルだ。
  この前は心の中で啖呵切って、その女の子の悩みを聞く!とか言っていたが、年齢が私と同い年となってしまうとなると…なかなか難しい話になってしまう。
「2年生…ね。私と同い年かぁ…」
  フォークに巻きつけたパスタを口に運ぶ。
「ほひほうはまへひは!」
「…飲み込んでから言いな」
  恵美花の喉がゴクリと音を立てた。
「ごちそうさまでした!」
「…お粗末様でした」
「どう言う意味?」
「そのうち分かるよ」




  私が忘れていた「大事なこと」。それは、祐樹がゴールデンウィークにこちらに遊びに来ることだ。
  祐樹がうちに泊まる時の為に、常時使用のベットに加えて布団がクローゼットの中に眠っている。
  祐樹が近々泊まりに来る為、早めに洗っておいて正解だったかもしれない(それなのに弟が泊まりに来ることを忘れていたのは病気か何かなのだろうか)。
  寝心地は悪い方なので、ベッドに恵美花、布団に私が寝ることになった。「一緒に寝たい!」と言われたが、シングルベッドでは流石に狭いのでやめた。
「あと少ししたら電気消すよ?」
「んー」
  気の抜けた返事を聞いて、違和感を覚える。どうやら恵美花は何か作業をしているようだ。
「何してるの?」
  頭で隠れているので、少しだけ身体を斜めにすると、一瞬だけノートが見えた。
「あ!ダメ!」
  そのノートが、一瞬にして消えた。
  見られたくないようで、抱え込んでしまったようだ。
「勉強?」
「…………日記。」
「日記…?」
  うん。と小さく頷く。
「おねーちゃんが、書きなさいって。だから、ずっと書いてるの」
「へぇ…マメだねぇ」
  いつから?と尋ねると、漢字が書けるようになってから。と答えた。マメすぎる。
「そういえば、コロネのおねーちゃんって、お母さんとお父さんはどこに住んでるの?」
  うっ…やっぱり気がついてしまったか。
  うちに泊めるにあたって一番恐れていたこと。
  なぜ一人暮らしをしているのかを聞かれること。
  あまり綺麗な理由ではない為、無垢で純粋な彼女には話したくなかったから、あと、こちらの人に私の訛りは聞かれたくないから言わないようにしていたのに。
「それは…なんというか…」
  やばい。目が泳いでいる。分かってる、分かってるのに…彼女のまっすぐを見つめる瞳を見ることができない。
  救済措置なのか、トドメなのか、このタイミングで私のスマホの着信音が鳴った。
『祐樹』
  弟からの電話だ。
「ごめん、電話出るね」
  恵美花はコクリと頷き、日記の続きを書き出した。
「…もしもし」
『あ、ねーちゃん?僕が泊まりに行くこと忘れとらんじゃろーね?』
「忘れと」
  忘れとらんわ、と言いかけたところで、慌てて口を紡いだ。
  いけんいけん。訛りを聞かれんようにせんと。
「忘れて…ないよ」
『…?まぁ、ならええわ。ほいで、今回はどこに連れて行ってくれるん?僕、千葉の水族館行きたいんじゃけど!ええか!?』
「か、考えておくから…今日は電話切っても…い、いいかな?」
『…なんか、今日のねーちゃんおかしくないか?なんか変なもん食べたんか』
「ちが……っ!?」
  恵美花が膝の上に座る。なんで?なんで今なの?え?どういうつもり?
「彼氏さん!?!?」
「ちゃうわぁぁ!」
『んぇ!?子供の声!?ねーちゃん、いつのまに子供を…』
「ほいじゃけぇ、違うゆーてるじゃろーが!友達が泊まりに来とるんじゃ!そもそも子供作る彼氏がおらんわ!アホ!」
  次はどんな悪口を言ってやろうかと悩んだところで、ハッとなった。
  まずい…広島の言葉……。
  恐る恐る恵美花に視線を移す。
  彼女の目は点になっていた。なんだその喋り方は。と言っているかのようだ。
『あはは!じょーだんじゃ!じょーだん!ほいじゃあ、迷惑じゃろーから、切るわぁ。おやすみ〜』
  プチっと電話が切れた後も、部屋の中の時間は止まっているように、誰も動かなかった。
  弟よ…………やってくれたな。

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