明日はきっと虹が見える

モブタツ

1ー7

「妹……妹!?」
  一瞬、自分の耳を疑った。
  こんなに恋人感のある2人が、兄妹!?
「なんでそんなびっくりしてんだよ」
  ハハハ!と男らしく腹を抱えて笑う。
「いや…二人、付き合ってるのかと思ったから」
「付き合う?あたしがお兄ちゃんと…?無理ですよ。無理無理。こんなの、恋人としてありえません」
「…そんなに否定しなくてもよくね?」
  あぁ、兄妹なんだな。と、二人を見て安心した。
  彼のことは、周りの人間よりは断然好印象だ。彼との関係がなくなれば、また退屈で無感情な日々がやってきてしまう。
  それだけは、嫌だった。
「改めて、よろしくです。お姉さん」
  頭を下げられた時、久しぶりに、寂しくなってしまった。

「あ!いらっしゃい!ケンちゃんにミーちゃん!」
  ルピナスの店内に入ると、今日は恵美花ではなく、恵美花の母親が迎えてくれた。何歳なの?言ってしまいたくなるくらいに若い見た目をした母親。二人の娘がいるようにはとても思えなかった。
  そして、幼い頃からパン屋に「通っている」二人は、おばさんに愛称で呼ばれていた。
「それと…ふふふ。あなたが『コロネのおねーちゃん』ね」
  だから、こう呼ばれた時、また、少しだけ寂しくなってしまった。
  私が苦笑しながらも「はい」と返事をすると、ちょっと待っててと言いながらおばさんは中に入ってしまった。
「ちょうどコロネが焼きたてだよー♪」
  今度は、そう言いながら出てきた。
  手に持った大きなトレイには、大量のチョココロネが乗っており、ジュクジュクといい音と香りを出していた。
「わぁ…!」
「一つ、サービスしてあげるね」
「え!いいんですか?」
  おばさん曰く、この前の恵美花のキーホルダーを一緒に探してくれたお礼だそうで。
  私は別に見返りを求めてやったわけではなかったんだけど…。
「じゃあ…お言葉に甘えて、いただきます」
「来た甲斐があったな」
  健斗はいつの間にかトレイにいくつかのパンを乗せていた。
「あ。新発売。あたしこれ、お兄ちゃん」
「…はいよ」
  妹の分も買わされていた。
  美優の姿が、一瞬だけ私の弟である祐樹の姿と重なる。
『お姉ちゃん…本当に行っちゃうの?』
『今度遊びに行ってもええ…?』
『たまには帰って来てぇや!お願いじゃけん!』
  頭が痛い。祐樹の「あの時」の言葉が脳裏をよぎる。その時自分がとった行動は、今でも私自身の心を苦しめている。
  どうして気にしてあげられなかったのだろうか。
  健斗と美優のやり取りを見ていると、後悔の念がどんどん湧き上がってくる。
  そして、私は大切な事を忘れていたことに気がついたのだった。



  ルピナスで、恵美花の母親は「恵美花がなかなか帰って来なくて心配している。雨が降りそうなのに…」と心配していた。今日の天気予報は晴れのはずだったが、何故か空にはあたりを暗くするほどの分厚い雲がかかっており、雨が降る時にする独特の臭いが鼻をついてくる。恐らく、大雨が降るのだろう。確かに、この様子だと恵美花が一人でいるのは危険だ。
  と、述べている間に大雨が降って来てしまった。
  実は私も、一人暮らしで唯一持っていた傘が学校にあるという重大なミスを犯したおかげで、雨宿りをしなければならない状況になってしまっていた。
  ……くそっ。傘さえちゃんと持っていれば…。
  話を戻そう。このゲリラ豪雨と呼んでもいいような大雨の中、小学生の女の子が一人で外にいるとしたら、それはかなり危険な状況だ。どんな事故に巻き込まれるかわからない。
  でも、それは一人でいるから危険なのであって、もし高校生と一緒にいたらどうだろうか。
  事故に遭う確率はかなり下がるだろう。
  恵美花の姉が高校生かどうかなんて分からない。
  では、何故私はそんな事を言ったのか。
  理由はただ一つ。簡単だ。
「コロネのおねーちゃん…寒いよぉ…」
  今、隣にいるからである。
「とりあえず、私の家、近いからそこまで走れる?」
「コロネのおねーちゃんのお家?走れるよ!」
  私もこれくらいの年齢だった頃は、他人の家に遊びに行く時にワクワクしていたものである。
  傘を持ってない恵美花と私は、上着を頭の上から羽織り、どこぞのスタジオの作品の中に出てくる顔がない奴のような格好をしながら雨の中を猛進した。
  事の発端は、健斗兄妹とルピナスを出て、別れたところから始まる。牛乳と卵を切らしていた私は、金曜日が特売日な事を思い出し、いつも利用しているデパートの食品売り場に向かった。卵と牛乳はゲットしたものの、レジが大混雑。かなりのタイムロスとなった。次に、出口に向かうと、大雨大風対策のために、数十分前に入った出入り口が見事に封鎖されているという奇跡が起こった。仕方がなく家とは別方向になってしまう出入り口を利用し、これもまた大幅なタイムロスになった。極め付けは、その出発したデパートに財布を置いて来てしまうという一周回ってホラーのような現象が起きてしまったことだった。
  結局、そんな大量のタイムロスをしたことによって家に着く前に大雨に見舞われ、家のすぐ近くのバス停の屋根の下で雨宿りをすることになった。そこで偶然、私と同じような境遇の下にいた恵美花に出会ったというわけである。
  私の家に辿り着いた時には、私も恵美花もずぶ濡れになってしまっていた。
  それでも、恵美花は私の家に来れたことが嬉しいのか、ずっとドアの前でワクワクしている。まぁ、気持ちは分からなくもないけど…うち、何もないからね?
「とりあえず、雨風が弱まるまでうちで時間潰していきなよ。この中一人で帰るのは危ないからさ」
「コロネのおねーちゃんは、迷惑にならない?」
  凄い。私がこれくらいの歳の子だったら「うん!やったー!」とか言って駆け込んでしまいそうだが。私の事情を案じてくれるなんて、なんていい子なのだろうか。もう、夜ご飯でも作ってあげようかな。
「全然大丈夫だよ。ほら、中に入ろう。服、びしょびしょだから洗濯してあげるよ」

  なんだろう。こう、ここまでしっかり者で可愛いと、この子の姉が羨ましくなってしまう。まぁ、うちの弟もしっかり者ではあるのだけれど、どうも可愛くないような…まぁ、男の子だから仕方ないか。
「コロネのおねーちゃーん。お風呂ありがとうございましたぁ」
  私のを貸したためにブカブカになってしまっているが、Tシャツと半ズボンを身につけ、リビング(ワンルームだけど)に戻ってきた。
「いえいえ。もし雨風が収まらないようだったら、泊まっていく?」
「えぇ!いいの!?」
  うん。分かるよ。他人の家に泊まるの、ワクワクするよね。私もそうだったよ。でも、うちには楽しめるようなものは一つもないよ。雨風をしのぐためだけの建物。だからそんなキラキラした目で見ないで…。
「いいよ。明日土曜日だし、学校ないでしょ?とりあえず、私のケータイでルピナスに電話しな。お母さん、凄い心配してたからさ」
  ルピナス行ったんだ、と、ボソッと言いながらケータイを受け取る。彼女の指は迷う様子もなく素早くダイヤルを押し、耳にスマホを当てた。
「あ、お母さん?うん、うん」
  彼女がおばさんに事情を説明している間に、テレビをつける。テレビでは案の定、どこのチャンネルでも今の大雨のニュースばかりを放送しており、他のニュースは短めに報道されていた。大雨、大風の中、アナウンサーはヘルメットとレインコートを身につけ、目を細めながらマイクに向かって叫ぶようにリポートしている。何もそこまで命をかけなくてもいいのに…と、呆れたように画面を眺めていた、その時。
『この大豪雨は、明日未明まで続く見込みで、山付近に住んでいる皆さんは、土砂崩れも警戒するようにとの発表が…』
  …ん?明日未明?
  未明って、まだ明るくなる前の時間を言うんだっけ。
  …と言うことは…。
  いつのまにか恵美花の声はピタリと止んでいた。私が恵美花の方に向くと、耳にスマホを当てたままこちらをジーッと見つめている少女が、正座をしていた。
  泊まってもいい?と目で質問をしてくる。
  しょうがない。別にいいよ。と、少し微笑みながら首を縦に振ってあげると、彼女の目は輝きを増し、彼女の姉にもらったというキーホルダーを見つけてあげたときのようにニッコリと笑ってみせた。
「コロネのおねーちゃんが、泊まってもいいって!」
  元気よく、スマホに向かって話しかける。少女の叫び声程度では、私のスマホは壊れない。が、その先にいたおばさんの耳は、壊れてしまうのではないだろうか。
「うん。うん?あ、ちょっと待ってね」
  突然、恵美花が私にスマホを差し出した。あぁ、なるほどね、まぁ、何を言われるかは大体想像がつく。
「はい。あ、先程はありがとうございました。チョココロネ、美味しかったです」
『とんでもない!ごめんね…うちの娘が。今日だけお世話になってもいいかな?』
「大丈夫ですよ。お互い明日は土曜日で休みですし。明日の朝か、お昼頃に駅まで一緒に行きますね。時間が分かり次第、明日、もう一度連絡をします」
『ほんと、あなたには色々お世話になっちゃって…なんとお礼を言えばいいか…』
「お礼なんていいですよ。私が勝手にやってることですので」
『本当に、あなたは良いおねーさんなのね』
  その言葉に、私の胸はキュッと締め付けられるような感覚に陥った。
  雨の音がより一層強くなる。窓に叩きつけられる音が、少しだけ拍手のように聞こえた。

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