明日はきっと虹が見える

モブタツ

1ー6

  あれから数週間が経ち、高校2年生の生活が始まってから一ヶ月が経とうとしていた金曜日。
  健斗が女の子と2人で歩いていたところを目撃したあの日から、私は彼とはあまり話していない。
  必要最低限の会話はした。挨拶もある程度は交わした。
  でも、前のように一緒に歩いたりはしなかった。
  あの人に悪いから。理由はただ一つだけだった。
  教室内でいつものようにケータイをいじる。
  休憩時間は特に話す相手もいなく、やることもないため、小テストが近い時以外は基本スマホと睨めっこをしている。
  トイレ以外は席を立たない私だったが、本を読んでいる彼を見てあることを思い出した。
『読み終わったら…貸そうか?一応健斗あいつに断った方がいいと思うけど』
  菜乃花「さん」の言葉。本を借りるために、関わりを控えている彼に話しかけないといけない。避けては通れない試練である。
  本を借りないという選択肢もあったが、菜乃花「さん」の折角のご好意を無下にすることもできないので、勇気を振り絞って彼に向かって歩き始めた。
  …………が。
  タイミングが悪かったのか、彼は先生に呼ばれ、そそくさと去って行ってしまった。
  何かと上手くいかない私の特殊能力のせいだと、自分を呪った。



  結局、何度もやってくる休憩時間で、彼に話しかけることは一度もなかった。我ながら本当にタイミングが悪い人間である。
  今日1日の中で、一番の好機チャンスが訪れたのは放課後の時である。
  そして、今まさに、教室には彼と私の2人きりであった。
「あ、あの…健斗!」
  下校の身支度を整えていた彼の手が、ピタリと止まる。
「ん?」
「あ、あの…本…」
「本?」
「いや、えっと…菜乃花さんが読んでる本…次に貸してくれない……?」
「なんだ、そんなことか。別にいいよ。俺経由しなくていいからそのまま借りな」
「あ…ありがと」
  話してみれば意外と気軽に話せるものだ…と、思っていたが、そうでもなく、かなりおどおどしながら喋ってしまった。
  何も知らない彼は頭の上に「?」を浮かばせながらも、ある誘いをした。
「ルピナス行かない?腹減っちゃってさ」
  誘いだ。
  こうして他人に何かを誘われたのはいつ以来だろうか。心の底から喜びの感情が湧き上がる。それなのに
「…今日はいいかな。ちょっと色々あるし」
  前に見たあの人のことを思い出すと、罪悪感のようなものが「行ってはいけない」と否定してしまっていた。
「…そう。忙しかったか。悪かったな」
  鞄を手に持ち、歩き出した。
  ……彼が行ってしまう。
  また、沈黙の期間がやってきてしまう。
  ここでこの好機チャンスを逃してしまったら、しばらくは彼と話すことはできなくなるかもしれない。いや、きっと二度と関わることができない関係になってしまうかもしれない。彼には、デパートで見かけた「あの人」がいるから。
  そして、無意識に私の心は体を動かした。
「待って」
「ん?」
「………やっぱり行く」
「……?お、おうよ」
  我ながら、勇気を振り絞って呼び止めた自分を褒めてあげたいと思った。




  まだ一度しか行ったことがないのに、ルピナスまでの道のりは何となく覚えていた。バスで行けばすぐに着く道のりを、彼は相変わらず「いい運動になるから」と言ってバスの使用を許可してくれなかった。まぁ、そのおかげで交通費が浮き、それを大好きなチョココロネに注ぐことができるので別にいいのだが。
  彼とは、他愛のない話で盛り上がっていた。
  クラス内で流行っている動画サイトの話。誰と誰が実は付き合ってるとか、国語の先生と数学の先生が実はできている、北校舎1階のトイレは幽霊が出るとか、実際聞いたところでメリットはそこまでないような話は、同じような景色が続く道を彩り「楽しい時間」に変えてくれた。
  でも、やっぱり気になることがある。
  ──あの人のこと。
  数週間前に見た、あの人。
  彼と一緒に歩いていた、あの人。
  私とは違って、笑顔が眩しくて、容姿も可愛くて、あの強面な彼の顔が解れてしまうほどの癒し系の女の子。
  一緒に歩いているあの様子を見るからにして、関係は明らかだった。
  彼の隣を歩く資格があるのは「あの人」と新密度の高い友達だけだと、私は勝手に結論づけてしまっていた。
「……なんかさ。お前、最近俺のこと避けてない?」
  突然、彼は私の心を見透かしたように言った。あまりにも唐突だったので「んぇ!?」と変な声を出してしまった。
「そ、そんなことない…よ?」
「…?まぁ、それなら別に気のせいかもしれないけど。お前、俺から逃げるように生活してる気がしてさ」
  確かに、挨拶や最低限度の会話をした後は、そそくさとその場を後にしていた。別に私が彼の何なのかと聞かれたら、友人とも名乗れないような存在なのだが、どうも「あの人」の存在が気になってしまい、気がつけば彼から逃げるように毎日を過ごしてしまっていたのかもしれない。
「そんなことよりさ。健斗って…その………かのじ」
  そこまで言った途端、彼の歩みが止まった。なぜ止まったのかは、私もすぐに理解できていた。
  彼の肩を、トントンと叩く音がしたからである。
  私とは反対側に、肩を叩いた本人がいるようで、彼の長身のせいで顔は確認できなかったが、その人が女の子だということは分かった。
  彼はそちらに顔を向けると、おぉ、と声を漏らした。
「何でいるの?」
  彼はその人に、そっけなく質問した。
「何でって、学校帰りに決まってんじゃんよ」
  そこまでのやり取りを聞くと、彼がこちらに体を向けた。
  私の視界に現れたその人には、見覚えがあった。
「あの人」である。
  デパートで彼と一緒に歩いていた「あの人」だ。
  体が石のように固まってしまう。
  これは…最悪だ。最悪のタイミングで遭遇してしまった。
「この人は?」
  女の子は私を見て彼に質問する。これはなかなかまずい状況なのかもしれない。いや、かもしれないというか、まずい状況である。
「俺の友達。今からルピナスに行こうと思ってさ」
  彼が自然に誤解を解いてくれた。
  でも、どうだろう。捉え方によっては男の子と女の子が2人で一緒に歩いていたら、そういう関係なのか、と思う人は少なくないはずだ。
「えっと…はじめまして」
「はじめまして」
  緊張気味に頭を下げる。こんな私が彼の隣を歩いていてごめんなさい、と言う想いも込めて。
  どこかショックを受けている私がいた。
  やっぱり、いるよね。と。
  かっこいいし。そりゃ、いるに決まってるよね。と。
  そうやって、自分で自分自身を否定しながら、納得しようとした。
  それなのに、私はどこか納得がいかなかった。
  私以外の人間にもあそこまで優しくしているのなら、やめたほうがいいと思う。きっと、勘違いする人もいるはずだ。好きになってしまう人もいるだろう。動揺を抑えられない私は頭を下げたまま、やるせない思いと誰に対してでもない謎の怒りを抑えようとしていた。
「あ、あの…頭、あげてください」
「あ、ご、ごめんなさい」
  不安が新しい不安を呼び、その不安はまた新しい不安を呼ぶ。
  心がどうにかなってしまいそうだった。
「紹介するよ。俺の妹」
  しかし、その不安は彼の言葉によって一瞬にしてかき消されたのだった。
「美優(みゆ)です。よろしくお願いします」
  彼女のサラサラな髪の毛が、風に揺らされていた。

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