明日はきっと虹が見える

モブタツ

1ー5

  料理は自分でする。
  ずっとコンビニやスーパーで調理済みのものを買っていると、出費がバカにならないからだ。
  今私は、小さな危機に陥っていた。
  食料がない。冷蔵庫の中は空っぽだった。
  こうなると、やることは一つだ。
「スーパー…行かなきゃ…」
  まだ時間は夕方。スーパーが品薄になったりする時間ではないはずだ。
  重い体を無理やり動かし、家を出た。
  数分後に財布を取りに帰った。

  この時間は、ちょうどタイムセールを行っており、一部の商品が安い。
  今日は偶然食材がなかったために買いに来たが、いつもはこのタイムセールを狙って買いに来ることが多い。
  ………って、主婦か。私は学生なのに。
  野菜と肉、何となく安かった果物。あと少しでなくなりそうな調味料をカゴに入れ、レジを通す。
  用はあっという間に済んでしまった。
  いつもやっていることなので、手慣れているのだ。
  私がいつも来ているスーパー、いや、正しくはデパートでは、様々なお店が軒を連ねている。
  フードコート、雑貨屋、電化製品売り場、文房具売り場、服屋、本屋。
  この時間はフードコートが賑わっているが、このデパート自体、いつも比較的来客は多い。
  ふと、本屋の前を通るとある事が気になった。
  彼の、本のことである。
  彼がいつも熱心に読んでいる本。読み終わったらくれると言っていたが、文庫本らしくない分厚さを見る限り、実は結構値段の高いものなのではないだろうか。
  吸い込まれるように本屋に入っていく。
  少しだけ寄り道して行こう。そう思いながら本棚を順番に見て行く。彼の読んでいた本の出版社を見つけ、五十音順で探し…。
  横に歩きながら本を探し続けると、突然左肩に何かがぶつかった。
  硬くはないため、人だということはすぐに分かった。
  謝らないとと思い、すぐに「その人」に振り向く。
「ご、ごめんなさ…」
  頭を下げようとしたその時、「その人」の顔を見て驚いた。
「…あんた、うちにぶつかるのほんと好きだね」
  菜乃花「さん」は苦笑し、ぶつかった衝撃で落ちた鍵を拾った。
  鍵には、手作りのキーホルダーと鈴がつけられていて、落ちたときに「リン!」という大きな音が辺りに響いた。
「菜乃花…さん、本当にごめんなさい」
  よりによって都合の悪い人に出くわしてしまった。
  謝って、すぐにこの場を後にする。
  どうせ許してくれなんてしないからだ。
「…別にいいよ」
「え?」
  菜乃花「さん」はそっぽを向いて言った。
「はぁ……聞こえなかったの?」
「いや…聞こえ……ました」
「なんで敬語なの」
  彼女の威圧感が尋常ではないからである。
「…………」
  なんと答えたら怒らせずに済むだろうか。
  なにせ相手は私をいじめていた人間。私の心には十分なほど恐怖心が植え付けられている。言葉を失うのも無理はないはず。
「……何探してるの?」
「え?あの、えっと…」
  想定外の質問にあたふたしてると、彼女は自分が立ち読みしていた本を元に戻した。
「ほら、ビビらなくていいから、言いなよ。一緒に探してあげるから」
  少しだけ微笑む彼女を見て、目が点になってしまった。
  言い方は悪いが、どういう風の吹き回しだろうか。いつも一切笑わない彼女が笑顔(微笑みだが)を見せ、更には一緒に本を探してくれるという親切さ。
  何か裏があると、私は疑ってしまった。
「……健斗が読んでる本を……探してる」
  でもまぁご好意で言ってるなら、と、私は探している本を伝える。
「あぁ、健斗あいつが読んでる本ね。それはこっち」
  例の本がある場所まで案内され、彼女に裏がなかったことを確信した。何やら私には感謝をしなければいけない事があるらしく、そのちょっとした恩返しらしい。
「今あんたが持ってるのは下巻」
  彼が読んでいる本の表紙と同じものを手に取ると、菜乃花「さん」は親切に教えてくれた。
「下巻?」
「そ。上巻、中巻、下巻に別れてる長編。恋愛小説ものだよ」
  ニッと小悪魔のように笑った。
「あんた、男に飢えてるの?」
「そんなことないです」
  まるで恋愛小説を読む人がみんな異性に飢えているかのような言い方だが、どうやら菜乃花「さん」も気になっていたらしく、彼に上巻を借りているらしい。
「読み終わったら…貸そうか?一応健斗あいつに断った方がいいと思うけど」
  買うとお金もったいないじゃん?と続けた。
  私は本は新品を買い、読み終わったら本棚に溜めていくというタイプではないため、菜乃花「さん」の言葉に甘えることにした。
「じゃあ、読み終わったら貸すね。健斗あいつにはあんたから言っといて」
  それだけ言い残すと「じゃ、待たせてる人いるから」と言って足早に去って行った。
  …ありがとうの一言さえ言うことはできなかったが、それはまた明日伝えればいいだろう。
  今は家に帰って夕飯の支度をせねばと、足早に去って行った彼女に数秒遅れて歩き出した。

  本屋を後にし、しばらく歩いて出口に差し掛かったところで、私はあることに気がついた。
  このデパートの一階、出口付近にはパン屋さんがある。
  食品売り場に「おまけ」という感じで佇んでおり、近くにお弁当屋があったり、外国の製品を取り揃えている店もある。
  そこの通りに「彼」を見つけた。
  壁に寄りかかって、本を読んでいる。相変わらずあの本である。
  長身に似合った私服は、いつもの制服姿の彼とは少しだけ雰囲気が違う。筋肉質な太い腕と、それに似合わない細い指、サラサラな髪の毛は、確実にその人が「健斗」であるということを証明していた。
  彼に声をかけたい。
  少しだけ、お話がしたい。
  右肩に下げたエコバッグの重みを忘れ、私は左手を振ろうとした…………が。
  彼の元へ、一人の女の子が駆け寄った。
  まるで「ごめん、お待たせ」と言っているかのように、その人は彼に向かって眩しい笑顔を見せた。
  健斗の顔はというと、その笑顔を受け入れ、いつもの無表情なけんとの顔は少しだけ解れていた。
  全てを理解した私の手は…動かなかった。

コメント

  • モブタツ

    ありがとうございます!!

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  • guju

    ( ´∀`)b<面白かったです。頑張ってください!

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