明日はきっと虹が見える

モブタツ

1ー4

  制服の袖に手を通す。
  カバンに筆記用具と教科書を入れる。
  顔を洗い終わり、鏡に向かって頬を両手で叩き、気を引き締める。
「よし」
  来るはずのなかった私の「今日」が始まる。
  いじめは無くなった。まだ周りの女子からは嫌な目で見られ、ときどき悪口を言われたりはするけど、前に比べれば大したことはなかった。
  中でも、菜乃花さんは私に対して何もしなくなっていた。
  元から罪悪感があるような顔はしていたが、きっと健斗と友達だからなのだろう。
「……行ってきます」
  私はそんな学校に向かうべく、誰もいない家の中に向かって挨拶をした。

  学校はやはりあっという間だった。
  前と比べると、今の学校はかなり平和で、苦痛に感じる時が少なくなった。
  それもきっと彼がいるからだろう。
「うわぁ…雨降ってきちゃったよ…最悪…」
  下校の準備をしていると、女子生徒が窓の外を見ていった。
  慌てて窓の外の景色に視線を移す。
  遠くが見えなくなるほどの豪雨だった。
  今日は雨の予報ではなかったはずなのに。
  もちろん、傘は持ってきていない。
  家の近くまでバスが通っているので、仕方がなくバスで帰ることにした。
(……今月金欠なんだよなぁ…)
  学校の敷地を出ると、すぐ近くにバス停がある。そこからは3種類のバスが出ており、私が住んでいる家方面に行くバスは3種類の中で一番本数が少ないモノだ。
  つまり、一番待ち時間が長い。
  そのバスを利用する人は少ないため、長蛇の列になることはないけど、私は極力このバスを使うことを避けている。
「……?」
  そんなバス停に、彼がいた。
  いつもの本を読み、ベンチに座っていた。
「健斗?」
  小説の世界に引き込まれているのか、私の声にはピクリとも反応しない。
  これ以上呼ぶと邪魔になってしまうので、黙って隣に並ぶことにした。
  彼の隣は何か安心感がある気がする。気がするだけなのだが。
「あれ?お前、いつからいたんだよ」
  彼が私の存在に気づいたのは、予想よりかなり早いタイミングだった。
「ちょっと前から。」
「声かけてくれればよかったのに」
「かけたけど返事しなかったんだよ」
「そ、そうか…そりゃ悪かったな」
「別に」
  彼は本にしおりを挟み、ゆっくりと閉じた。
「いいよ、読んでて」
「友達と話すのが優先だろ」
  …そうなのかな。
「健斗って、いつもその本読んでるよね」
「今年中に読み終わらないといけないんだよ。悪いか?」
「いや、別に。面白いのかなーって、気になってるんだ」
「読み終わったら……………やるよ」
  一瞬だけ、車の通る音で彼の声が消えた。
「え?貸してくれるの?」
「いや。あげるよ。返さなくていい。」
「え、えぇ!?くれるの!?」
「あぁ」
「だって…せっかく買ったのに」
「別にいいんだ。持ってても仕方がないしな」
  少しだけ寂しそうに言った彼の目は、曇っていた。その先を見透かされないように、何かを守っているようだった。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「あぁ。持ち主が消えるよりましだろ」
「え?」
「ていうか、雨、止んだな」
  バス停の屋根で守られていたが、気がつけば雨は止んでいた。
  雲の隙間から太陽の光が漏れている。
「なーんだ。んじゃ、歩いて帰ろ」
  何気ない独り言を言って歩き出したが、彼は動かなかった。
「俺はもともと早く帰らなきゃいけない用事があるから。バスで帰るよ」
  あ、そう…。と、私は気がつけば残念そうに言っていた。
  そう。残念そうに言っていたのだ。
「じゃあね」
「うん。また明日」
  ゆっくりと歩き出す。
  彼はカバンから本を取り出して、ゆっくりと開いた。

  学校近くのバス停を離れてから数十分。家まであと半分くらいの場所「河川敷」で、私は川付近で誰かがかがんでいるのを見つけた。
「…何やってるんだろう」
  目を凝らすと、それが誰なのかがだんだんと分かってきた。
「あ…恵美花ちゃんだ」
  しゃがんで、草むらをガサゴソと手で漁っている。困り果てた表情から、何かを探しているということが分かった。
「恵美花ちゃん」
  彼女の元までたどり着き、声をかけるとすぐに振り向き、笑顔を見せた。
「あ!コロネのおねーちゃん!」
  私がチョココロネを食べて泣き出したのが印象的だったのだろうか。すごい呼び名だ。
「何か探してるの?」
  そう問うと、恵美花の顔からは笑顔がなくなり、一気に悲しい表情へと転換した。
「うん…おねーちゃんに貰ったキーホルダー…草むらに落としちゃって、見つからないの」
  この子には姉がいたのかと驚きながらも、その話題には触れずに彼女に目線を合わせる。
「じゃ、私も一緒に探すよ」
  笑顔は得意ではなかったけど、頑張って笑顔を作った。
「ほんと!?ありがとう!」
  私も昔はあんなキラキラな笑顔をしてた頃もあったっけな…なんて思いながら、彼女の頭を撫でてあげた。
  捜索開始。荷物を近くに置き、キーホルダーの特徴を聞く。そして、私も彼女と同様、しゃがんで草むらを漁る。なかなか見つからないが一人より二人の方が見つかりやすいだろう。
「学校帰り?」
  彼女の方には振り向かずに尋ねる。
「うん。雨がすごかったから学校で雨宿りしてたの」
  彼女も、こちらには振り向かずに言った。
「友達と一緒に帰らないの?」
  もう一度、彼女の方には振り向かずに尋ねる。
「今日は習い事があるから先に帰ったの」
  そして彼女もまた、こちらには振り向かずに言った。
「今度はエミからいい?……どうしてあの時泣いたの?」
  彼女の質問にドキッとしながらも、私は彼女の方には振り向かなかった。
「…色々あったんだよ」
「教えてくれないの?」
「恵美花ちゃんが大人になったら教えてあげようかな」
「なにそれー!すごく先のことじゃん!」
「意外とあっという間かもよ」
  草むらの未開拓の場所に手を伸ばす。
  ふと、草に埋もれて何かがあることに気づいた。
「あ!恵美花ちゃん、これじゃない?」
  小さな猫のぬいぐるみ。鍵とかに付けるにはちょうどいいサイズだ。
「あー!それだよ!コロネのおねーちゃん、ありがとう!」
  もう無くさないようにね。と頭を撫でながら言ってあげた。
  キーホルダーは、恵美花の姉の手作りのようだった。
「これ、大事にしてるんだね」
「うん。おねーちゃんに貰ったものだから。今のおねーちゃんは、なんだかとても苦しそうでね、ルピナスのお手伝いもしてくれないの」
「…何か悩み事でもあるのかな」
「分からない。でも、そんな感じの顔はしてた。エミには話してくれないんだけどね」
「恵美花ちゃんはさ。お姉ちゃんのこと、好き?」
「大好き!頼りになるし、一緒に遊んでくれるから!でも……」
  笑顔が、苦笑いに変わった。
「今のおねーちゃんは好きじゃないかな」
  その苦笑いの先に、とてつもなく深い意味が込められているような気がした。心配している。私の弟が、私を心配していた時のように。
  この短期間で様々な人に心配された。話を聞いて貰った。 
  だから───。
「今度、恵美花ちゃんのお姉ちゃんに会わせてくれない?」
  今度は私が話を聞こう。そう思った。
「え?うん。いいよ」
  今度は、私が彼女の力になってあげたいと、そう思った。
  あんなに美味しいチョココロネを貰ったんだし、少しくらい恩返しをしたいものだ。
  恵美花に別れを告げ、歩き出す。
  さっきの大雨が嘘のように、空は黄金色に染まっていた。

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