明日はきっと虹が見える

モブタツ

1ー2

  翌日から、私の上履きが消えることはなかった。教室に向かう途中に制服が濡れることもなかった。私の机に悪口が書かれていることもなかった。いつものように私に話しかけてくるいじめっ子たちの存在もなかった。
  理由は、これだ。
「おはよ」
  私が席に着くや否や話しかけてきた彼。
  いじめっ子の中で存在感やインパクトが一番小さかった「菜乃花さん」と友達だった健斗は、いじめっ子たちに見えるように、私と会話をした。
  そのせいか、私はいじめっ子に絡まれることがなくなったのだ。
「お、おはよう」
「どしたの?そんなに俺に声かけられるのが嫌?」
  そうじゃない、と小さく呟きながら、私は彼に質問をした。
「私と一緒にいると、いじめっ子に目をつけられるよ。それなのになんでそんな話しかけてくれるの?」
「別にそんなこと気にしてないよ」
「え?」
「人目なんてどうでもいい。気にしてないって。そんなことより心配なのは…俺が目を離した隙にお前がまた飛び降りちまわないか、だよ」
「もう飛び降りないよ」
「踏切に飛び込むのも無しだぞ?」
「そんなに心配なら言い方変える。もう死のうとしない。」
  彼の目をまっすぐに見つめると、彼は安心したように私の顔を見た。
「…大丈夫そうだな」
「え?」
「放課後、時間空いてるか?」
「う、うん」
「連れて行きたい場所がある。放課後一緒に行こう」
  突然の誘いに驚きながらも、私は首を縦に振って応えた。
「じゃ、また後で」
  健斗は私から少し離れた自席に座り、いつも読んでいる本を開き、動かなくなった。
  彼がなぜ私にここまでしてくれるのだろうか。私が「生き方を教えて」なんて言ったから?もしそうなのなら、私は彼に多大なる迷惑をかけている。
「……っ!」
  トイレに行こうと席を立つと、肩に衝撃が走った。
  誰かがぶつかったようだ。
「………チッ」
  少し茶色がかった長い髪の毛。何をするにもつまらなそうにしている態度。鋭い目つき。全てに見覚えがあった。
  ぶつかった相手は、菜乃花「さん」だった。
「ごめん…なさい」
「気をつけなよ」
  菜乃花「さん」はぶっきらぼうにそう言い残し、去って行った。

  放課後までの時間はあっという間に過ぎていった。
  久々に平和な一日を過ごした私は、安心感に浸りながら健斗の席に向かった。
  いつも通り、本を読んでいた。
  食い入るように読んでいた。
  そんなに面白いのかなと疑問に思う。そして、小説の世界に入り込んでいる健斗に声をかけるのが申し訳なく思えてくる。
「あ、あの…健斗?」
「ん?あぁ、お前か。じゃ、行こうか」
「行くって、どこに?」
「生き方、知りたいんだろ?教えてやるよ」
  私のことはさて置いて、さっさと教室を出ていってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」

  学校を出てから住宅街を抜け、駅に向かう。バスを使えば早く行けるが「いい運動になるから」と言われ、使わせてもらえなかった。
「ここだ」
  健斗が指差した建物は、駅のすぐ近くにある『Lupinus(ルピナス)』というこじんまりとしたパン屋さんだった。
「普通のパン屋さん…。どうしてここに?」
「ここのパン、ちょー美味いんだよ!生きてるー!って思えるんじゃないかなーって思ってさ」
  生き方とはそんなものなのだろうかと疑問に思いつつも、店内に視線を移す。
  中には小学生くらいの女の子が一人だけいた。お客さんは…それくらいだ。
  その子どもは、レジの方に忙しそうに消えていった。
「あの子、中の方行っちゃったけど大丈夫なのかな。怒られちゃうんじゃ…」
「あー。あの子はいいんだよ」
  へ?と驚いている間に、彼は店の中に入ってしまった。
「も、もう!なんでさっきから私のこと置いてくの!」
  後を追いかけるように店の中に入ると、パンの香ばしい香りが私の鼻をくすぐった。
「おーい!恵美花(えみか)ちゃーん?いるだろー?」
  工房の方に向かって大声を出す。
  すると、先ほどの女の子がひょっこりと顔を出した。
「あ!健斗おにーちゃん!いらっしゃ〜い」
  いらっしゃい?どう言うこと?
  頭の中が軽いフリーズを起こす。
「…この子、ここの従業員なの?」
「ブッ!!従業員って!!この子の親が営むパン屋さんなんだよ!この子は親の手伝いをしてるだけ!あははは!」
  どうして私はそんな簡単なことに気づけなかったのかと後悔する。それにしても彼の笑い方にはどこか人をイラっとさせる不思議な力があるようだ。ムカつく。
「この人はどなた?」
  子供の純粋な眼差しが私の目の奥底に刺さる。
「え、えっと…」
「俺の友達だ」
  彼は私の肩に手を乗せ、ヘヘッと笑いながら何気なく言った。
  何気なく言ったのに、私の心には彼の言葉が響いていた。
  友達。そんなことを言われたのはいつ以来だろうか。
「そうなんだ!えっと…恵美花です。よろしくお願いしますっ!」
  元気よく頭を下げられ、私もつられて「ど、どーも」と頭を下げた。
「こいつにぴったりのパン、ないか?」
  私にぴったりのパンって、なんか日本語がおかしい気もする。
「うーん…」
「パンって、そうやって買うもの?」
「恵美花は人の好みを当てるのが得意なんだよ。まぁ、得意と言っても、ほとんど勘なんだけどな」
  パンって、どれも同じが気がする。
  よく、スーパーで買った食パンを朝ごはんに食べる機会があるが、それと何が違うのだろうか。
「おねーちゃんには、コロネかな」
  うーんと唸りながら、顎に手を添え、呟いた。
「んじゃ、それを一つくれ」
  なぜか彼がお金を出した。
「い、いや、いいよ。お金は私が出すって」
「俺が無理やり連れて来たんだから、別にいいよ」
  少しだけ彼がかっこよく見えてしまうが、
「そもそも金持ってんの?お前」
と、あざ笑うその姿を見て見間違いだと確信した。
「本当はお母さんかお父さんがレジ打たなきゃいけないんだけどねぇ」
  と、言いながら恵美花は素早くレジのボタンを入力し、お釣りを健斗に渡した。
  すかさずパンを紙袋に素早く入れ「お待たせしました」と手渡した。
  本当に小学生なのかと言うほど大人のような動きだった。
「ほら、食べなよ」
  紙袋からパンを出し、私に差し出す。
  彼のガッチリとした腕は、確かに私に向かって伸びていた。
「こ、ここで食べていいの?」
「どうぞ!」
  恵美花は眩しい笑顔で答える。
「じ、じゃあ…いただきます」
  ゆっくりと口に運ぶ。
  そして、恐る恐るパンを「噛んで」みた。
  甘さ控えめのチョコのほのかな香りが私の脳に染み渡る。
  外のパンはカリッと焼かれており、焼きたてなのか、熱々のパンと中のチョコが見事にマッチしている。
  これは…………美味しい。
  今まで食べたパンで一番美味しい。
  生きてるって思えると、彼が言っていたが、今ならその言葉の意味が分かる気がした。
「美味しい…!」
「おねーちゃん……泣いてる?」
  恵美花の言葉に、私はハッとする。
  無意識に涙が出ていた。
  美味しさに感動したという理由もあるだろう。でも、他にも理由があった。
「お前があの時飛び降りていたら、これは食べられなかったんだよ。お前には生きててよかったって思えるような人生を送って欲しいんだ。些細なことだけど、積み重ねていけばきっと『かけがえのない存在』を見つけることができる。それを『思い出』って言うんだ」
  え?え?と、私と健斗を交互に見ている恵美花の頭の上には「?」が浮かんでいた。
「思い出を作ろう。あの時死んでおけばよかったなんて思わせないから」

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