明日はきっと虹が見える

モブタツ

一章[私の中の革命]1

  机にびっしりと書かれた文字。落書きなどではなく、はっきりと悪口が書かれている。
  上履きを履かずに、私はゆっくりと椅子に腰掛けた。
  濡れた制服が体に触れる感覚が気持ち悪い。
「おっはよ!どうしたのぉ〜?制服ビチョビチョじゃん!」
  一人の女の子が私に声をかけてきた。
  私に水をかけた犯人だ。ごめーんと白々しく謝ってきたが、そんなのは私をからかうための演技なだけであり、実際は気に入らない「私」という存在に大量の水をかけた。
「……」
  返事はしない。
「だいじょーぶぅ?帰ったほうがいいんじゃない?」
  お前がいると教室が汚れる。この場から消えろ。という暗示である。
  下駄箱を開ければ上履きはなかった。
  制服は相変わらずビショビショだった。
  教室に着けば机に様々な悪口がびっしりと書かれていた。
  挙げ句の果てにはここにいることさえも否定される。
  いじめられていた。それも派手に。学校側は動かなかった。親も気づいているか分からない。
  でも、私はなんとも思わなかった。いじめられている私は「苦しい」や「辛い」などの感情がなかった。
  きっと今朝下駄箱に入れた靴は、もうなくなっているだろう。
  靴がないと帰ることはできない。
  でも、困ることはなかった。
  もうそろそろ、潮時だとすら思った。

  時間はあっという間に過ぎ、放課後。教室には私と一人の男の子だけが取り残されていた。男の子は本を読み、こちらの存在には気づいていない。
  ドアに手をかける。朝ご飯も昼ご飯も食べていない私は元から少し重かったドアを開ける力がなかった。
  少しだけ力み、ドアをゆっくり開ける。
  あそこに向かおう。
「ねえ。鞄、持っていかないの?」
  男の声がした。そう、私は教室を出るのに鞄を持ってはいなかった。
「もういらないから」
  そう言い残し、今度こそ歩き出そうとする。
「そう。よく分かんないけど…また明日ね」
  また…明日。
  その明日はもう来ないのに。
  男の子の言葉を半分無視し、フラフラと屋上に向かって歩みを進める。
  屋上まではそんなに時間はかからなかった。
  教室を出て、廊下を少し歩くと階段があり、一つ上に上れば屋上に出る。
  外に出ると、グラウンドから元気の良い声が聞こえた。
「こっちからだと、迷惑だよね」
  反対側に歩きだし、下を覗いた。
「…………………………」
  ゆっくりと、ゆっくりと前に歩く。
  恐らく、あと二歩で終わる。
  覚悟なんてものはない。怖いとかそういう感情もない。
  私はただただ無の感情で前に進む。
  あと一歩。
  べつに踏みしめて歩いているわけではないので、すぐに次の一歩も踏み出すだろう。
「……………さよなら」
  一応、誰宛かは分からないが、言っておく。
  右足が前に出る───直前で、私の体は前に出るのをやめた。
  いや、やめたのではない。左手が引っ張られていた。
「なに…してるんだよ」
  振り向くと、先程教室にいた男の子が私の手を掴んでいた。
「離して」
「離したら、飛び降りる気だろ」
「あなたには関係ないでしょ!」
  手を振りほどこうと力を入れる。
  突然、私の両肩に彼の手が乗せられた。
「関係があるとかないとかどーでもいいだろ!何してんだよ!この先も生きていく未来があるのに、勝手に終わらせようとすんな!」
  そのまま、勢いよく揺さぶられた。まるで「目を覚ませ」と言わんばかりに。
「……ぇ……?」
  彼の言い方には、どこか違和感があった。でも、何故か説得力があった。
  体に力が入らない。
  私は彼に連れられるがままに廊下に引きずり込まれた。
「様子がおかしいと思って教室から後をつけてきて正解だった」
「………なんで邪魔したの」
「俺がそうしたいと思ったからだよ」
「あなたに私の気持ちが分かるの!?周りの人たちは私をこの場から消そうとする!ここに私の居場所はない。私なんて消えてしまえばいいのに」
  そこまで言うと、私は口に手を当てられた。強く押されたせいか、私の体は壁に叩きつけられた。
  彼の顔が目の前に迫る。
  彼の息が私にかかるほどに、距離は狭かった。
「…………消えたいとか言うなよ」
  彼の顔は、どこか悲しそうな顔をしていた。
「この世に消えていい人間なんて一人もいない。お前はきっと『私が消えても誰も悲しまない』とか思ってるんだろうけど、そんなのは大間違いなんだよ。お前にはこれからを生きる資格がある。この世には生きたくても生きることができない人が沢山いるんだぞ…!」
  胸に何かが突き刺さる感覚があった。
  痛い。すごく痛い。
  気がつけば、私は涙を流していた。
  そして、私の口からは彼の手が離れていた。
「ごめん………なさい」
「もう死にたいとか言うなよ。分かったか?」
「……うん…」
「じゃ、今度こそ、また明日な」
  彼はゆっくりと歩き出した。
「待って!…け、けんと…君」
「あ?俺の名前知ってたのか。別に健斗でいいよ」
「じゃあ…健斗」
「なんだ改まって」
「私に……私に…」

「生き方を教えてください」

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