アイゼンヘイツ

ノベルバユーザー322767

青の瞳

少女は角を曲がり、入り組んだビルの隙間を縫っていく。

バレないように距離を開けつつ、見逃さないようについていった。

(全く警戒するそぶりがない)

ここは35番地。

犯罪が横行する場所である。

こんなところで周りを警戒せずスタスタ歩けるなんてどう考えてもおかしい。

それでもついていったのには理由がある。

(少女はビルの路地をキレよく左に曲がる)

少女を見ていると何か思い出せそうであるのも一つだが、

本当の目的は金目のものを奪うことにある。

(排水管がびっしり並んだ不気味な道をまっすぐ突き進む)

こんなところに金がありそうな少女がやってくることなど滅多にない。

他の奴らに取られる前に取りに行かないといけない。

(路地の奥から風が吹き抜け、少女の髪がなびき、シャンプーの香りが鼻腔をくすぐる)

もう一週間もまともなものを食べていないが、やっと報われると思った。

青年は迷っていた。

なにかが引っかかる。

こんな治安の悪い場所で、目立つ服を着て、周りを警戒せず歩く少女。

かっこうの良過ぎる餌としか思えない。

しかも、辺りには人影一つも見えなくなっていた。

普段は罠だと思ったら絶対に関わらないようにしているが、

今回はどうも少女のことが気になってついていってしまう。

我ながら矛盾している。

少女のことが気になるのに、金目のものを奪おうとしている。

しばらくすると少女はひらけた場所に出た。

視界がひらけて急な光が目を刺す。

ぼんやりとした景色にピントを合わせていく。

「あぁっ!あ・・・」

35番地の地形は全て知っているつもりだった。

しかし、目の前に見たこともない景色が広がっていて言葉を失った。

郊外とは思えないほど綺麗に建物が並んでいて、活気ある人たちが屋台を出店している。

薄汚い店ばかりだが、どこも賑わっていてお祭りのような雰囲気がある。

青年は限界だった。

屋台から漏れる美味しそうは匂いを我慢しろというのは、青年にとって拷問だった。

                     ダッ

気がつけば近くにあった焼き鳥屋の串に手が伸びていた。

               ガッツガツ、ガツ。

(うっ、うまい!)

心から何かが満たされていくのを感じた。

(鶏皮のパリッとした食感とコリコリとした歯ごたえがたまんない)

もう一本に手が伸びる。

(噛めば噛むほど旨味が溢れ出してくる)

久々に味わった幸福感に少し笑みがこぼれた。

そんな幸せを噛み締めているといつのまにか後ろに人が立っていた。

大きくてゴツゴツした手が肩を叩く。

「そこのにぃちゃんよぉ」

重低音で威圧感のある音が響く。

ハッとして後ろを振り返る。

横にも縦にも大きな男が見下ろしていた。

丸く飛び出た腹を沿うようにエプロンがぶら下がっている。

「・・・なぁ」

「ゴクリ・・・」

沈黙に押しつぶされそうになる。

「いい食いっぷりじゃねえか!がははは!」

「えっ・・・」

「腹減っているんだろう。もっと食えよ!」

思っていた方向とは違う方にことが進んでなかなか状況が読み込めないまま、無理やり口に肉を詰められる。

「ほぉうひひって」(もういいって)

なんでこんなことしてるんだ。

はっと気がつけば少女が消えている。

なんとかおっさんを振り払い、お礼を言うと一目散に走り出す。

ほんとなんだったんだよ。

ここにいる人は35番地の人のはず。

なぜ、盗み食いされているのに何もしないどころかもっと勧めてきたのか。

(毒でも入っていたのか!)

一応屋台で売っているものだからそれはない。

「なぜ・・・」

走っていた足が徐々に止まる。

その時に嗅いだことのある匂いが鼻先で舞った。

脳裏に焼き付いたシャンプーの匂いだ。

はっとして周りを見渡すと右側の路地に白いユリのような少女が横切る。

路地の角に消えていく際に目があった。

まるで白い砂浜とマリンブルーの海を連想させるような透き通った青の瞳。

お前は・・・。


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