この世界の生き証人

タラレバ

プロローグ こうして世界は出来た。

何もない空間。

ただ『無』のみが支配する空間。 

いや、何もないのだからそれは空間でさえない。

ただただ何も無いのだ。


しかし、そこにある存在が生まれた。
【それ】は生まれながらにして義務を負っていた。
そして【それ】はその義務を全うするだけの力も持っていた。
【それ】を動かすものは義務のみであった。

で、あるならば。

当然【それ】は自らに与えられた義務を全うするためだけに動き出した。

その義務とは、すなわち
世界創造であった。
さらに言えば、
新世界を創造しそこに神として君臨することである。

なぜ自らがその様な義務を負っているか、【それ】には分からない。
だからといって、わざわざ理由を考慮したりはしない。
【それ】はただ働くのみであった。
勤勉に。素直に。効率的に。少しずつ思考を深めながら。





【それ】が最初にした事は、時間と空間の創造であった。
【それ】は今まで、ただ一つの思念にしか過ぎなかったが、空間を創造した事で物質として存在できるようになり、時という概念を得た。
そして【それ】はこれらの作業を行った時を、初日と記憶した。

次に【それ】が行った仕事は、太陽の創造であった。
太陽が創造された事により、光と影が生まれた。
万物の素となる光と常に付きまとう影。
そんな仕組みが出来上がった。
太陽は空間の中にあるものを煌々と照らした。
【それ】は太陽を創造した時を、二日目と記憶した。
そして、これ以降を順番に数えていくことにした。

三日目。
【それ】はいくつかの大地と月を創造した。
初めは創られた大地や月は空間の中にぽつんと浮かぶのみだったが、【それ】が勢いをつけてやると太陽の周りを回り始めた。
【それ】が神として君臨するためには、【それ】を崇拝する者が必要だった。
だから回り始めたいくつかの大地のうち、一つを見定め、崇拝する者たちのための大地とした。
僅かな自我と思考が芽生え始めた【それ】は、なんとなく月を2つ、その大地に付けてやった。

四日目。
【それ】は見定めた大地に自らを崇拝する者を創造する作業を始めた。
生き物を住まわせるために行うべき事を、生まれたときから【それ】は知っていた。
よって【それ】は迷わずに知識を活用しながら作業を進めた。
大気を大地に纏わせ、大地の地下深くに火をつけ、膨大な水を生み出した。最後にそれらが循環するように微調整も施した。

五日目。
前日に出来上がった完全に調整された例の大地に、生き物の素を播いた。
今はただの素に過ぎないが、時が経つにつれて様々な種に枝分かれして生態系が創られる。
そして、その数多の種の中から【それ】を崇拝する種も現れる。

六日目。
大方すべき工程が終わった。
この僅か五日間の作業によって、【それ】の自我は大きく成長した。
それこそ一つの生き物の様に。
出来上がった自我による好奇心で、例の大地に超常的なエネルギーがもたらされた。
そのエネルギーは大地を覆い尽くした。
もしかしたらという思いを込めて、エネルギーをもたらした【それ】は、自らが誕生してからひたすら働いてきたことを自覚した。
急速に湧いてきた休息への欲求。
未だ我慢を知らない【それ】は迷わず眠りについたのだった。

八日目。
気怠そうに起きた【それ】は一日寝過ごした事にすぐに気付いた。
若干慌てつつも、例の大地を覗いてみる。
すると、たった二日しか経っていないというのに、既に多様な生態系が構築され、知性をもつ種が原始的な社会を築いていた。
もしや自らの一日と、彼らの時間では大きな感覚の隔たりがあるのかも知れない。
これはいけないと、【それ】は対策を考え始めた。
必要な事は、
・彼ら知的生命体を観察し、時には保護しすることで彼らの文明を発展させること。
・さらに、彼らを導き自らを崇拝させること。
他にも挙げればきりがないが、重要な事項はこの2つである。
考えがまとまり、さっそく【それ】は目標を達成させるべく動き出す。

すなわち、彼らと同じ特徴を備える身体、彼らを護るために必要な力、彼らを導くための頭脳。
そしてそれらの要素を上手く運用する頭脳を持つ存在だ。
彼らの文明の発展を見届ける必要もあるのだから、寿命などもあってはいけない。死ぬのも同じ。
よって不老不死の肉体がいる。
それでいて、彼らの社会に上手く溶け込める外見も必要である。

おおまかなイメージが出来上がったので、【それ】は手早くその存在、【観察者】を造った。
一種の操り人形でもあるが、基本的には彼に一任する方針である。

こうして誕生した【観察者】と【それ】は言葉を交わす。
そして、初めて自らを名乗った。
「私は『レオノア』。この世界の創造者であり、貴方を生み出した者でもあります。貴方は自分に課せられた使命が分かりますか?』

「存じ上げております。私は【観察者】。かの大地に降り立った後、その大地に生息する知的生命体の社会に溶け込み、彼らを観察し導く存在であります。」

「結構です。貴方は私と言葉をやり取りする事が出来ますが、かの大地での行動は貴方の考えに一任します。」

「かしこまりました。レオノア様に与えられたこの身、存分に使い自らの使命を果たして見せます。」

「期待しています。それでは。」

レオノアはそう言うと【観察者】を例の大地へと送り出した。


こうして新世界が誕生してから(レオノア換算で)八日目、後に人類の英雄となる【観察者】はこの大地に降り立ったのである。

コメント

  • オンスタイン

    文の開け方や言葉の使い方が上手くてとても参考になりました!

    0
コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品