命集めの乱闘〈コスモコレクトロワイアル〉

風宮 詩音

第20話 すれ違いの2人と悪魔の涙

蹴り破るほどの勢いで扉を開ける。そして軽く挨拶代わりに、氷の矢を10本ほどプレゼント。


魔術の矢を放つ基本術式。術式名「アロー」。さらに魔術の数、今回で言えば発射される矢の数を増やす術式、「複数マルチ」を掛け合わせる。そうやって増えた矢が勝手に蒼太の属性に影響され氷を纏う。至って簡単な魔術。


右手で扉の取っ手を掴み、開き始めた扉の隙間に左手を差し込み魔法陣を展開。


完全に開いた扉の先は逆光のせいで大きな影しか見えない。


そのうち放たれた矢は直線に近い白い弧を描きながら10本全て影にまるで吸い込まれるように迫ってゆく。


矢を凝視する蒼太。しかし矢が影に触れる少し前、突如影の方から突風が吹く。


大きな風の音の少し後。響いたのはコンクリートのような硬いものに当たりはじかれる矢の音。


ゆっくりと目を開ける。


そこにいたのは3メートルに届くか届かないかの長身に大根を4本まとめたように厚い筋肉で覆われた腕と足。それに劣らず筋肉の付いた濃い緑色の胴体。そして人間には決して生えない角と黒い翼。


パソコンや本でしか見たこと無い、本物の姿。


中途半端な蒼太とは違う。


真の悪魔族の姿。



ということは矢が当たる瞬間、翼を使い大きく後ろに飛んだということか。


少し後ろに下がるだけであの突風。一体どれだけの筋力が備わっているのか。




まるで決闘の直前のような緊張感のある沈黙。顔も見ず怒りにまかせて矢を10本も撃ち込んだのだ。今更「どちら様ですか?」なんて聞けるはずがない。見るからに強そうなこんなのに喧嘩を売ってしまった。


時が経つほど冷静になってゆく。勝てる気がしない。


ならどうする?


逃げる?


どこへ?


家の中……。


籠城戦?


匠の大改造で更地確定……。


そもそも攻撃が効のか?


魔術は突風を生み出しても弾けないが、あれだけの力なら距離をとるのは容易。


たとえ当たっても筋肉に弾かれそう……。


なら…えっと、なにかなにかいい作戦h……


「オイ!!」


蒼太の思考が一瞬止まるほど気迫がこもった声…。


「な、なんだ……?」


いくら怖かろうと魔矢を撃ち込んだのだ、今更敬語なんて使えない……。


「オマエ、もしかして……キリマソウタってヤツかァ?」


え、え、え、え。なんでこの人俺の名前知ってるんですか!?もしかして有名人だったりするの?え、ってかまだなにもしてないですよね!?そんなゴリゴリマッチョメンな悪魔さんに名前覚えられるようなことしてないですって!


「な、なぜ俺の名を知っている?」


その問いに悪魔さんは顔をしかめる。


「オマエが!アイツから未来を奪った!」


野太く恐ろしい声がさらに覇気を帯びる。


「未来?アイツ?なんのことかさっぱりだな。」


なんとか普通に声が出せるようになってきた。が長くは持たなそうだ。


「オマエ、悪魔族になったんだよなァ!しかも肩書き変更なんて珍しい方法で!」


少し間を空け叫ぶように続ける。


「その肩書きの元の持ち主のことォ!考えたことあるかァ!」


太い腕で殴られたコンクリートの地面はドリルでも使ったんじゃないかと疑うほどにひび割れていた。


軽々とコンクリートを割るところを見てから蒼太の震えはいよいよ最高潮に達した。冷や汗は背中の熱を奪ってゆき、喉は声の存在を否定するかのように一言も発しない。


元の持ち主?知らないよ!そんなの!いやそもそも肩書きのことだってよく知らないし!なんで俺は他人の肩書きもらっちゃってるんですかねー!?



「フ、フン。元の肩書き…なんて知らないなぁ。お、俺はよく聞かされなかったからな。肩書きの仕組みは全く知らないんだ。」


許してくれとは言いません!でもせめていったん落ち着いてくれませんか!


必死に願った声が届いたのか、悪魔さんの顔は恐ろしさレベル(MAX100)が80くらいまで下がっている感じだった。


「ホオォ。なら簡単に説明してやるよ。この世界にゃ肩書きがない生物は生まれない。しかしなにかしらの理由で肩書きを失った生物にはなにかしらの肩書きを誰かから奪って与える。そしてそれを延々と繰り返していく。つまりお前の悪魔の肩書きは元々俺のダチのもんなんだよ。」


悲しい過去を振り返るような言い方は今までの威勢の良さからはかけ離れていた。


「えっと、じゃあそのダチってのは今どうなっているんだ?」


「人間になった。少し調べてみたがちょうど仮死状態の奴がいたそうでなァ、あまり肩書き変更が何度も起こるとこの世界によくないらしくこの世界のお偉いさんが仮死ってのをうまく使って世界を騙しているんだとさ。」


落ち着いてくれと願っていたが、ここまで静かになられるとなんだか一周回って怖い。この後急に爆発したりしないよね?もう俺止められないからね?ここは慎重に言葉を選ばないと、たぶん死ぬ。


「あいつが人間族になったことを知ったヤツらは皆、アイツを見捨てた。そのうち元々人間族で悪魔のふりして悪魔族の情報を人間族に教えていたんじゃないかと噂するヤツまで出てきた。」


何と言っていいかわからず悩んでいる間にも悪魔さんはひとりで「アイツ」のことを話していた。というかこのまま中年上司の昔話みたいに語られちゃうと割り込めなくなっちゃう。どうにか何か言わないと完全に相手に飲み込まれる。


「魔術的な意味の肩書きなんてふつうに生きてりゃ聞くこともない言葉だからな。だがそれを俺らの主まで知らないとはなァ。みなに見捨てられ、裏切られ、根も葉もない噂を流される。挙げ句の果てにそれらを聞いた主までもアイツを見捨てた。アイツはほぼ追い出されたような感じで俺らの世界からを去った。きっといるのは人間界だろうと探しにきた訳よ。」


え、え。なんか主とかいう新しい人出てきちゃったよ?え、王様なんかじゃなくて主なの?「我らを生み出した~」的な人なの?え、なんか情報が多くてなに言っていいかわっかんねぇぇ!例えるなら文字打つのがみんなに比べて自分だけ遅くて、グループ内で会話はどんどん進んでいって誰かの話に返信しようとして文字打ってる間に話題がどんどん変わっていって全く会話に参加できないみたいな感じだよこれ。


「あ、主?王様なんかじゃなくてか?悪魔ってのはそんな特殊な世界なのか?というか主さんそんなに簡単に民?を見捨てちゃっていいの?」


ごめんなさい悪魔さん。自分でももうちょっとましな質問の仕方なかったかのかって思ってます。一応は!


「ん?悪魔ってのは元々1人の普通の生物よりも概念?自体が上位ってかんじの……とにかくスゲーヤツが生み出したんだよ。そいつが主。ちょっと変わったヤツで周りに流されやすいんだ。……………ん?オマエもしかして同情してくれんのかァァ!オウオウオマエも多分肩書き変えるために人間やめたんだろ?大変だったよなァ!まあ悪気があって肩書き奪うようなヤツには見えねェェェし!俺もつい感情的になっちまったなぁぁ!すまねェェなァ!そうだよなァァ!さすがに朝っぱらから家の前でうるさくされたら氷の矢くらいぶっ込む!むしろまだまだ優しいィ!もっとなァ!相手をぶっ飛ばすくれェェでやんねェと!」


ちょ、苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。


「お、すまねェすまねェ。いくら悪魔っていっても体は人間族だもんな。」


なんか急に涙ぐんだと思ったら、その太い腕で包まれた…っていうか潰されそうになった。そして頑張って練習してきたのに大会が準優勝で終わり悔し涙でタオルを濡らす少年を励ます熱血コーチみたいな口調で話し始めたってかよくしゃべるなぁ!この人。


「オマエはいいヤツだぁ。きっとオマエならアイツとわかりあえるんじゃねェかな!よし!オマエは今日から俺のダチだ!アイツを探すの手伝ってくれェ!あ、無理にとは言わない。特徴言っとくから見つけたら知らせてくれェ!その代わり、なんかあったら俺はオマエを助けに行くからな!」


「お、おう!よろしく…。」








結局終始ほぼ1人で語った悪魔さんは連絡先とお友達の特徴のメモを渡して帰って行った。


大きな翼で空を飛びどんどん小さくなってゆく悪魔さんを目視できるほど完璧に空いた結界の穴から見送る蒼太はすがすがしい笑顔でただただある1つのことを考えていた。





「悪魔ってL◯NE使うんだぁ。」

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