虚空の灯明

一榮 めぐみ

28. つながり

 眠るたびに過去世の記憶を夢に見た。夢の中でオレは光の魔法を使い、命懸けの戦いを繰り返した。


 何度もそんな夢を見るうちに、オレは自分が確かに光の魔法使いであるのだと認識していくことができた。


 そして、いつもオレと命懸けの戦いをしていた相手はアイキとルフであることを確信した。オレの隣にはいつもラピスがいて、オレを守るために戦ってくれていた。


 けれど、今のオレは過去世のように強くもなければ、権力もない。やっと魔法が使えるようになっただけだ。これでは、自分を自分で守ることも出来ない。


 かつての光の魔法を使えるようにならなければいけない。オレは強くなければならない。望みや願いではなく、それが当たり前なんだ。


 ルフもオレと同じように夢を見続けているのだろうか。アイキとルフのことが気になるけれど……今は、二人には会えない。二人もわかっているようにオレを避けていてくれる。


 ベッドに転がり、窓から外を眺める。陽射しは暑いくらいで、虹彩に初めて来た頃と何も変わらない。オレは情けなくも、夢を見るようになってから一日のほとんどを、この小さな部屋で過ごしていた。リューナはそんなオレのことを、「病にかかった訳でもないのにまるで病人のようだ」とののしりつつも、無理に外へ連れ出そうとはしなかった。下に降りていけない時には、食事まで運んできてくれていた。


 部屋の中には、いつの間にかオレの物がごちゃごちゃと置かれている。いつもアイキが持っていてくれた物ばかりだ。過去世の記憶を夢見るようになってから、ひと月程度は過ぎたのだろうが……時間の感覚さえも曖昧あいまいになっていた。


 もう、これ以上アイキとルフと殺し合う夢なんて見たくない。リューナやラピスの死ぬところを見たくない。死ぬときの苦しみを感じたくもない。それなのに、眠りたくないのに、気を許すと眠ってしまう。この苦しみは、いつまで続くのだろう。あと何回繰り返せば終わるのだろう。これならばいっそ、機会があれば死んでしまった方が楽かもしれない。


 ……いや、オレは、どうかしてる。そんなことを考えてはいけない。


「ルーセスさん。今、いいですか?」


 突然飛び込んできた、扉の向こうからの聞きなれない声に戸惑う。


「わたしです、シーナです」


 ……そうだ。この声は、シーナの声だ。ふと、ベッドの脇に並んだ小さなぬいぐるみを見つめる。オレを心配してくれて、いつからか毎日のように来てくれているルフの妹。


「どうぞ、入って」


 オレは起き上がると深呼吸して、気持ちを整える。


「今日は、お食事はできましたか?」
「大丈夫だよ。ありがとう」


 オレはなるべく笑顔を作る。自分でも驚くほど上手く笑顔が作れることに違和感を覚える。けれど、シーナはオレの笑顔に笑顔で返してくれる。


「良かった。今日はいつもより少しだけ、元気そうに見えます」


 シーナはいい娘だ。オレの笑顔を信じてくれる。


「あ、あの。ルフが美味しい木の実を採ってきてくれたから、お菓子を作ったんです! 良かったら、食べてくださいっ」


 シーナは恥じらうように少し顔を赤らめて、小さな包みをオレに差し出した。もう何度も同じように手づくりのぬいぐるみやお菓子をくれているのに、いつまでも初々しい。それが可愛らしく思えて、受け取りながら顔がほころぶ。


「ありがとう。ルフにはしばらく会っていない気がするけど……元気なんだな」


 シーナは途端に表情を変えて、少し困った顔をする。それだけでルフの様子がわかるようだ。そのまま、シーナはベッドの脇にある椅子に腰掛けた。


「ルフは、いつもアイキさんと一緒に居ます。ほとんど家にも帰ってこなくて……ルフに聞いたら、悪夢を見るから、わたしに迷惑をかけるかもしれないって言うんです」


 やはり、ルフも同じなのか。夢の中でもルフの傍にはいつもアイキが居ることを思い出して、オレは表情を少し曇らせた。シーナはオレの微細な表情の変化にも気がついて、申し訳無さそうに苦笑しながらも視線を落とした。


「やっぱり、おかしいですよね。私とは一緒に居られないのにアイキさんとはいつも一緒なんて……確かにアイキさんはすごく綺麗な人だけど、男の人だし……」
「えっ……?」


 シーナの言っていることが理解できずに一瞬、戸惑う。


 ああ……そうか。シーナは、ルフとアイキが男同士でいつも一緒にいることに疑問を抱いていたのか。当然だが、オレやルフの見る夢の内容など知るはずもない。オレは、フフッと声を出して笑った。シーナは、驚いたようにきょとんとした顔をしたけれど、くるりと表情を変えて、にっこりと笑った。


「初めて見たかも……ルーセスさんがそんな風に笑うところ」


 シーナに言われて、オレは少し恥ずかしくなる。


「あっ、いや……」
「それで、心配してくれるのか、ジルも一緒に魔物退治によく出掛けているんですよ」
「そうなんだ」
「はい! そうなんですっ。だから、わたしはルフに言ったんです。"もしお兄ちゃんがそっちの人だったとしても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから"って……」
「フフッ、なるほどね」


 シーナは身振り手振りを交えながら、一生懸命オレに話をしてくれる。今まで、夢の中でも出会ったことのないシーナと話していると一気に現実に引き戻される気がして……救われる。


「そうしたら、ルフは何て言ったと思いますか?」
「えっ? なんだろうな」
「"そうか、オレはどっちでも大丈夫だ"って言ったんですよ!もう、わけわかんないですっ!」


 シーナは怒っている様だが、ルフの真似をしながら話す姿が可愛らしくて、つい笑ってしまう。


「はは、似てる似てる!」
「ルーセスさん、笑いすぎですっ!」


 シーナは少し顔を赤らめている。オレはシーナの頭をぽんぽんと撫でた。


「ルフとアイキは、お似合いかもしれないな」
「ルーセスさんまでそんなこと言わないでくださいっ。でも、アイキさんは綺麗だしお兄ちゃんが二人になったら嬉しいかも……なんて、それは無い無いっ!」


 シーナはいつもひとりで話す。女の子はみんな、よく喋る。そんな普通が今のオレには良い薬のようだ。


「ありがとう、シーナ。手ぶらでいいから、また来てくれるかな。シーナと話していると自分を取り戻せる気がする。すごく……救われる」


 シーナは驚いた顔をしてから「はいっ!」と良い返事をしてにっこり笑った。オレもシーナに笑ってみせる。


「あっ、あのっ……私まだ行かなくちゃいけない所があって……その、また来ますっ!」


 シーナは、少し顔を赤らめて逃げるように部屋を飛び出して行った。


 オレは、自分の言葉をよく思い出した。何か勘違いさせるような発言をしたかもしれない。


 静かになった部屋で、また窓から外を見る。散り散りに白い雲の浮かぶ空は、城から見ていた空と変わらない。まだ一年も離れていないのに、城で生活していたことが遠い昔のことのような気がした。城でよく聴いていたアイキの歌さえも懐かしい。


 ……アイキの歌が聞きたい。オレの顔を覗き込んで笑うアイキは何も変わらずにオレの中に存在するのに、もうオレの横には居ない。いつまでも一緒に居られると思っていたのはオレだけだったんだ。そんなこと、分かっていた筈だ。


 アイキは何故、オレを殺さなかったのだろう。何時でも殺せただろう。それどころか何故、オレを守っていたんだ。何故、オレに何も言わないんだ。


 アイキの目的は何だ。何のためにオレに近づいたんだ……よく思い出せ。アイキの言葉を、アイキの歌を。夢の中のオレは何をしていた?


 そして何故、オレは光の魔法使いなのかを思い出すんだ。

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