虚空の灯明

一榮 めぐみ

27. あたしがいる

 リューナはクーちゃんを膝に乗せたまま、小さくため息を吐いた。朝の冷えた空気が重く感じる。


「ルフの様子もおかしいの。まるで、白昼夢でも見たように、突然……頭を抱えて変なことを言い出して」
「そうなのか。ルフは何を言っていたんだ?」
「うーん、こんなことをあんたに言っていいのか分からないけど……」


 クーちゃんの腕を、ぱたぱたと動かしながら、リューナは黙り込む。普段は平気で酷いことを言うくせに、やけに慎重だ。


「"オレはルーセスに殺されるんじゃないか"って言いながら、怖い顔していたの。アイキがなだめたら落ち着いたみたいだったけど、なんだか尋常じゃないなって思って」
「それは……!」


 夢の中でオレを殺した、紅い炎の魔法使いと碧い水の魔法使いのことを思い出す。


 あの夢は何だったんだ……? 死ぬ間際の苦しみや、魔法を使う感覚まで鮮明に思い出せる。オレは光の魔法で紅い炎の魔法使いを殺し、碧い水の魔法使いに殺された。もしもあの紅い炎の魔法使いがルフだとすると……オレに殺される立場だ。


 まさか、オレとルフは同じ夢を見たということか?


「何か、思い当たることでもあるの?」
「うん……リューナに起こされる前に、夢の中で、紅い魔法使いの男を光の魔法で殺した。あまりにも感覚がリアルで……まるで自分がそうしたかのような感覚だった」


 黒い魔物と対峙していたときのアイキの言葉が脳裏を過ぎる。


 ――――夢じゃない。記憶だ


 記憶だとすると……いつの記憶なんだ? もしかして、これがアイキが言っていた過去世からの因縁とか言う、生まれ変わる前の記憶? そんなものが、本当に存在するのか……?


「ルーセス? 大丈夫??」


 リューナが身を乗り出してオレの顔を覗き込む。


 ――――国王さま……


 夢で見たオレの妃に、リューナはよく似ている。まさかリューナはオレの妃の生まれ変わりなのか?


「ルフとルーセスが同じ夢を見たってこと? ……そういえば、聞いたことあるわ。人は死んだらまた生まれ変わって、縁の深い人と関わり合うんだって」
「アイキも同じようなことを言っていた」
「普通はそんなこと覚えていないし、思い出すこともないから、生まれ変わる度に誰もが同じようなことを繰り返すらしいの。でも、稀に前世の記憶を夢で見たり、何かの拍子にふっと思い出す人がいるんだとか。ルーセスの夢も、ルフの言っていたことも、そんな感じなのかな?」
「そう……なのかもしれない。だとしたら……」


 信じたくない。それならオレは、ルフとアイキとは恨み憎しみ合い、殺し合いをしてきたことになるじゃないか。


「そんなはずない。オレがアイキやルフを殺すなんてことが、あるはずないだろう……?!」


 ――――そうだよね。きっと、仲良しだった……


 膝を抱えて泣いていた、アイキのことを思い出す。アイキは知っていたんだ。知っていてオレに近づいたということか……?


「アイキもオレと同じ夢を見たんだ……だから、あんなことを言い出して……」
「ルーセス……?」


 リューナが心配そうにオレを覗きこむ。クーちゃんを抱いて、まるでアイキのようだ。そう思うと、少しだけ安心して笑みが零れた。夢の中で見た碧い水の魔法使いと、今のアイキは似ても似つかない。オレが知っているのは、無邪気に笑うアイキの透き通った笑顔だけだ。


「大丈夫だ……。光の魔法に触れた拍子に、前の記憶を夢に見たのかもしれない。でも、今のオレたちは憎しみ合ってなどいない。今のオレは、大切なものを守るために、この光の魔法を取り戻すと決めたんだ」
「うん……そうだよね。あたしはそんな夢は見ないからわからないけど……、もし殺し合う程に憎んだ相手だとしても、生まれ変わってまで、同じことを繰り返す必要なんて無いと思う」


 リューナは不安そうに、クーちゃんの腕をパタパタと動かしている。


「でも……もしかしたら何かのきっかけで、同じようなことになってしまうのかもしれない。そうならないためには……」


 リューナは突然、がたん、と椅子を倒しながら立ち上がった。


「そうよ、そのためにあたしがいるのよ! そういうことなのよ、二人を助けるってそういうことなのよ!」
「はぁ?!」
「ねぇ、見てルーセス! あたしね、二人に魔法をもらったの」
「二人に……?」


 リューナはにやりと笑うと、クーちゃんをオレに向かってひょいっと投げた。慌ててオレがクーちゃんをキャッチすると、リューナはそのまま両手を前へと突き出して、集中するように真剣な表情になる。静かに目を閉じて、右手に炎の魔法を使った。次に、左手をくるりと回すと、その手の周りに水飛沫が浮かぶ。


「イメージ通り!」


 リューナが嬉しそうに笑って、手を弾くと魔法を消し去った。


「ルフとアイキの魔法……? すごいな、同時に二つの魔法を使うなんて」
「あたしは、あんたとは鍛え方が違うのよ」


 リューナは嬉しそうに笑う。昨日までオレとルフの剣の練習を見ながら、石の上でぼーっとしていたリューナとは大違いだ。


「ルーセスとアイキたちが道を踏み間違えないように、あたしが見張っててあげる!」
「それは、頼もしいな」
「任せておいてっ!」


 リューナは自分の顔の前に拳を構えて、にっこりと笑った。その笑顔に、安心する。


「良かった……本当に、リューナが目覚めてくれて良かった」
「そうよ、ルーセスも魔法が使えるようになったんでしょ?」


 ガタガタと自分で倒した椅子を起こすと、リューナは再び椅子に座る。


「そうだ……と思う」
「思うって何よ、もっと自信持ちなさいよ」
「あの時は必死だったから……自分の意志で使うのは少し怖いな」
「ふーん……意外とビビリなのね。でもさ、あんたこれからどうするの?」
「どうするって……?」


 リューナはオレを真顔で見つめる。オレは意味がわからず、クーちゃんをリューナに差し出すと、リューナはムッとしてオレを睨みつけた。


「これから、アイキが言っていたように星族から魔力を奪うの?」
「それは……そうだ。そうしなければ、オレは弱いままだからな」


 オレが自分自身で取り戻さなければならない。強くならなければ、アイキとリューナを守ることは出来ない……。


「うーん……なんだか、気に入らないわ」
「はっ……?」
「なんていうか……あたしたちは利用されているような気がする。特に、ルーセス。あんたはそれが本当に自分の意志なのか、よく考えたほうがいいわ」
「なんだよ……せっかく魔法が使えるようになったのに、祝福してくれないのか?」
「バカ、そうじゃないわよ。なんとなく、腑に落ちないのよ。アイキを疑うつもりはないけれど、まだ何かを隠してるわ」
「それはそうかもしれないけど……バカまで言わなくても……」


 オレは魔法を使えるようになった……とは言え、実感はない。それに、これから魔力を奪い返すとなると、世界を旅してあらゆる国へと赴き、星族を殺して結界を破壊していく、ということになる。でも、どう考えても、そんなことは狂気でしかない。


 強くなりたい。でも、そのためにたくさんの人を殺してもいいとは思えない……。ラピスはいったい、どういうつもりでオレの魔力を取り戻したんだ……?


「まぁ、いいわ。星族のこともよく知らないし、まだまだ、あたしたちが知らなければいけないことは、たくさんあるのかもしれないわね」
「そうだな……」
「ねぇ、ルーセス」
「なんだ?」


 リューナは手を伸ばすと、オレの胸元に手を当てた。訳がわからずにリューナを見つめる。


「ルーセスも!」
「えっ……」


 突然リューナがオレの手を掴み、自分の胸元へと当てた。互いの胸に手を当てている。


「ルーセス、二人だけで約束しよう? あたしは、ルーセスを信用してる。これから先どんなことがあっても、あたしたちはお互いを信じる。互いの胸に誓うの」


 リューナはじっとオレの胸に当てた手を見つめている。リューナの鼓動が手に伝わるような気がして、オレまで胸が脈打つのを意識してしまう。


「ねぇ、誓うの? 誓わないの?!」
「誓うよ。オレは、リューナを信じてる。リューナの胸に誓って」
「いや……その言い方はやめてよ、キモいを通り越した変態じゃない」
「なっ……!」


 オレは顔が紅潮するのがわかって手を離そうとすると、リューナに手を握られた。


「ルーセス……正直、あたしだって混乱してるの。あたしとルーセスは、ミストーリで生まれ育った普通の人でしょ。だから、ルーセスとあたしは一緒よね……?」
「リューナ……?」


 リューナは思い詰めたような表情をしたけれど、小さく息を吐くと微笑んで手を離した。


「そろそろ行こう、あたしたちも食事の準備くらいしなくちゃ」
「そうだな……」


 立ち上がり、扉へ向かうリューナの後ろ姿を見ながら、オレはようやくベッドを降りた。

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