虚空の灯明

一榮 めぐみ

11. 魔物退治

 アイキと並んで獣さんの後を追いかけて歩いていく。振り返ってみると、ルフとルーセスは何かを話しながら、あたしたちの少し後ろを歩いていた。


 しばらく歩くと、開けた草原に出た。高い木に囲まれていて、深い森を上から筒状にくり抜いたように広がる草原は、中央が少し高くなっている。そこまで歩いてくると、何かしら特別な意味のある場所のように思えた。


「森の中にこんな場所があるのね」
「地面のすぐ下に大きな岩盤があるんだよ。だから木が大きくならないんだ」
「よく知ってるのねぇ、アイキ」


 あたしは一緒に歩いてきたアイキの顔を覗き込んでみた。歩き出してからずっと何も話さなかったアイキは、今も少し下を向いていた。あたしと目が合うと、「はぁ……」とため息をついた。


「なに? あたしの顔に何かついてた?」
「違うよ……リューナはいつもいつも、素直すぎるんだよ。もはやリューナの能力と言っても過言ではないな。感受性が豊か過ぎて、自分を失いかけてる」
「なにそれ。どういうこと?」


 答えの代わりにアイキはニイッと笑って、いつものアイキを取り戻すと、ビシッと前方へ手を伸ばした。


「さあっ、リューナたん風の魔法を使うんだっ!」
「う、うんっ!!」


 アイキに話をはぐらかされてしまった。まぁ……いつものことだから仕方がないかと諦めて、空に向かって手を伸ばす。杖を持たずに魔法を使うことに少し躊躇うけれど、魔力を溜めると上空に向かい、一気に魔法を放った。


「――やぁっ!」


 以前のように緑の光は輝かず、静かな風がそよそよと周囲の草を揺らした。


「わあ、気持ちいい♪」
「なにこれっ?! これがあたしの風……?」


 今までなら、突風で周囲の木をがさがさと揺らすくらい造作もなかったというのに……思わず、落胆してその場にへたへたと座り込む。


「アイキ……ほんとにあたしの風が消えちゃったぁ……」
「大丈夫だよ、リューナ。オレがなんとかするからね」


 爽やかに吹き抜ける風がアイキの金色の髪をさらさらと揺らす。可愛いアイキが、なぜか少し男らしく見えた。


「アイキ……」
「あいつが来るよ。さぁ、リューナの新魔法を披露してみせてよ♪」


 アイキはにっこりと笑うと、素早くその両手に短剣を取り出して構える。相変わらず、空間魔法の使い方も素早くて上手い。立ち上がりながら、ふとアイキを見ると一瞬、その瞳が碧く色づいて見えた。


 なに? 今のは……碧眼のアイキなんて――?


「――後ろだ!!」


 ルーセスの声が聞こえて、あたしは我に返って振り返る。森の上を滑るように、黒い魔物がこちらに向かってものすごい速さで飛んでくるのが見えた。ふと、昨日のことを思い出してしまう。でも……大丈夫、今はひとりじゃない!


 そう思った途端、緑色の光が周囲に舞う。魔物が魔法を使ったんだ!


「ひゃぁっ!」


 強い風に煽られて、足元がふらつく。確かに、この魔法はあたしの魔法……!


「リューナ!!」


 ――ズズッ!


 ルーセスがあたしをを抱き寄せて地面に滑り込む。けれど、完全には避けきれず、ルーセスもかすり傷を負っている。


「ルーセス! 守るならもう少し上手くやりなさいよ!」
「くッ……守ってやったのに、酷い言われようだな……」


 あたしの立っていた場所の草が、風に切られてはらはらと宙を舞う。空を見上げると、すぐそこまで魔物が迫っていた。立とうとするけれど、ルーセスが重くて立ち上がれない……!


「早く起きろってばっ……鈍くさ王子!!」
「わかっているっ!」


 ――ゴォォッ!!


 ルフが黒い魔物に魔法を放った。紅い炎が魔物を覆うけれど、魔物は昨日のようには怯まず、炎を振り払うようにバサバサと翼を羽ばたかせる。


「チッ……面倒なことを覚えたな!」
「とぉーっ!」


 アイキが高く飛び上がり、空中で舞うように羽ばたく魔物を何度も斬りつけた。周囲にルフの炎と黒い羽根がひらひらと散る。アイキは地面にストンと降りると、再び魔物に向かって走り出す。


「ゥゥゥ……アァァァ!!」


 魔物の啼き声が辺りに響く。気持ちの悪い声に耳が痛む。


「うぅっ……」


 アイキは走るのをやめるとその場にうずくまり、耳を塞いだ。魔物が呻き声を漏らしながら、アイキを狙うように急降下してくる。


「アイキ――!」


 ルーセスが走り、アイキの前へと滑り込んで、魔物に向かってその大剣を突きつける。魔物は自らの勢いで大剣へと突っ込むものの、直前で身を翻した。ルーセスはその隙を狙っていたように、前へと踏み出して大剣を振り回す。


「耳障りな……っ!」
「地に落とせ!!」


 ルーセスが魔物を叩き落とす勢いで斬りつけたところから、血があふれるように漆黒の羽根が溢れ出てくる。そこに再びルフが魔法を放った。苦しむように暴れる魔物と、散り散りに燃え上がる漆黒の羽根が、異様な光景となって目に映る。


「リューナも魔法を放て!」


 ルフの言葉に反応して、反射的に両手を前に伸ばす。魔物に怯むなんてあたしらしくもない……。心を落ち着かせて、胸に灯る炎の熱を感じる。魔力を溜めて、一気に燃え上がる魔法を魔物に向けて放った。


「燃えろぉぉっ!!」


 ――ドスン!!


 赤い炎が魔物を襲うと、魔物はよろけながら地面に転がる。そこに再びルーセスが斬りかかった。魔物は飛ぼうとして翼をバタバタさせるけれど、うまく飛べないのか、ヨタヨタとしている。


 初めての魔法にしては、うまくできたかも!
 そう思った次の瞬間、ドクン……と、胸が痛んだ。


 ……何だろう。この感覚?


「ウゥゥウゥゥ……アァァァァ……!!」


 また魔物が声をあげる。耳に刺さるような声に怯み、ルーセスとルフも攻撃を中断してしまう。


「やめろよぉ……もう啼くなよぉ――っ!」


 突然、アイキが叫んだ。さっと立ち上がると、魔物を睨みつける。


「もう……こうなったら―――」
「アイキ――?!」


 ルーセスの声が聞こえないみたいに、アイキは目を閉じて深く息を吸い込んだ。


 ――キコエルコエニ……ミミヲスマセ――


 アイキが何を思ったのか歌いだした。アイキの歌声は、魔物の啼き声を掻き消すかのように、風に乗り、草を揺らし―――森に反響する。


「正気か――?!」


 驚いたルフが魔物に向かい、手をかざして魔法を放った。


「なっ……!!」


 ルフの魔法が閃光の如く、紅く煌めく。さっきよりも凄まじく強い魔法なのは、あたしが見ても明瞭だった。


「なんだ……この魔力は?」
「いいぞ、ルフ!!」


 ルフ自身が自分の魔法に驚いているから、本気を出したという訳では無さそうだ。魔物が苦しそうに黒い羽根を撒き散らしながら暴れている。そこにルーセスが斬りかかった。


 ―――ズズズッ!!


「うぁっ……!」


 ルーセスの振り下ろした剣が魔物を斬りつけても尚、その力は衰えることなく地面を斬りつけて、草原にぱっくりと割れ目ができた。その衝撃にルーセス自身が耐えられずにふらついている。どう考えても、二人がいきなり強くなっている。


「まさか……アイキの歌?」


 あたしも、もう一度、両手を構えて魔法を放った。炎が魔物を取り囲み、竜巻のように渦を巻く。魔物の動きが鈍くなってきた……かなり弱ってきているようだ。


「逃すかぁぁっ!!」


 ルーセスが燃え上がる魔物に斬りかかった。魔物から溢れる羽根が少なくなると次第に動かなくなり、どろどろと水に溶けるように消えていった。ルーセスが剣を腰に戻し、ルフの瞳から紅い色が消えていくのが見えた。


 周囲には、アイキの歌声だけが響いている。アイキは歌いだしたら、曲の最後まで歌うことを止めない。


「終わったな……」


 ルーセスがふぅとため息を吐くと、まだ歌い続けているアイキを眺めた。


 あたしは胸の奥がズキズキと痛むことに、違和感と恐怖心を覚えて胸を手で押さえた。とても嫌な感じがする……。


 やがて、アイキが歌い終えて、ゆっくりと振り返った。


「―――やっぱり、外で歌うのも悪くないな♪」


 アイキは満足そうな笑みを浮かべていた。

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