GAMEOVER

一榮 めぐみ

GAMEOVER

 俺は、子どもを追いかけている。まだ十歳にも満たないような小さな二人の子どもが、人の少ない町の中を走り、俺から必死に逃げている。


 茶髪の、背の低い子のほうが走るのが早いようで、少し前を走りながらも、もう一人の黒髪の子の手を引いている。


 俺は大人だ。全力で走れば、すぐに追いつけるだろう。だが、一定の距離を保ったままでいる。捕まえることは容易たやすく、魔銃まじゅうを放てば殺すこともできる。そうだ、俺はえてそれをせずにいる。躊躇とまどっているんだ。


 この子どもたちを見つけたのは、瑠子るこだ。俺のパートナーである瑠子が、組織の掟を破ってでも、あの子どもたちを、いまのうちに殺すべきだと言い出した。でも、瑠子は走るのが遅いので、俺がひとりで子どもたちを追うことになってしまった。


 彼らは逃げながらも、時々こちらをふり返る。反撃の機会を伺っているのか、二手に別れて俺をくつもりなのかは、わからない。


 二手に別れてくれれば、見失ってしまったと言い訳も出来るかもしれない。いや、そんな言い訳をしなくても、思ったより逃げるのが早かったと言ってしまってもいいのかもしれない。


 俺は偽善者ではない。子どもを殺すことや組織の掟を破ることに、後ろめたさを感じている訳ではない。ただ、瑠子と二人で逃亡者として生きる未来なんて、願い下げなだけだ。それだけは、何としても避けたい。


 子どもたちは、どんどん狭い路地へと迷い込んでいく。この町に、これほどまでに人気ひとけの無いところがあったのかと思うほどに、暗く冷たいコンクリートの壁に囲まれた路地を進んでいく。もしかしたら、彼らは迷っているのではなく、俺を誘い込んでいるのかもしれない。この先に彼らの秘密基地があって、そこで俺を罠にめるつもりかもしれない。


 それは都合が良い。罠にかかったフリをして、彼らを堂々と逃がすことができる。瑠子も納得はしなくても、とりあえずこの場は諦めてくれるだろう。そう考えると、彼らの罠がどんなものなのかと、期待した。


 やがて袋小路に辿りつき、子どもたちは壁を背に振り返った。二人とも随分と息を切らしている。俺は、そうしなければならないように、彼らの前に立ち塞がった。魔銃を構えながら、寄り添う二人の子どもの前に、ゆっくりと歩み寄る。


 子どもたちは互いに顔を見合わせてから、今にも泣き出しそうな顔をして、それでも歯を食いしばり、鋭い視線をぶつけてくる。俺はじりじりと距離を詰めて、今か今かと彼らの行動を見張った。


 よく見てみると、二人の子どもはまるで似ていない。大きいほうの子は黒髪で生意気そうな顔をしているのに対して、小さいほうの子は茶髪で可愛らしい顔立ちをしている。兄弟なのかと思ったが、違うのかもしれない。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。


 俺が距離を詰めても、彼らは壁にベッタリと背を向けたまま、動かなかった。どうやら俺を誘い込んだ訳ではなく、ただ闇雲に逃げるうちに、此処に迷い込んでしまったようだと理解すると、ひどくがっかりした。


 落胆しつつも、どうやったら彼らを逃がすことができるのだろうかと思案する。こんなことなら、途中で走るのをやめておけば良かったと、今さら後悔した。


「お兄さん、ボクたちを殺すの……?」


 小さい体をさらに小さくして、茶髪の子が口を開いた。俺が怖いのか、小刻みに体を震わせている。もうひとりの黒髪の子は、口を横一文字に固く結び、真紅の瞳で俺の魔銃を睨みつけている。


「君たち、俺のこと知っているんだね。じゃあ、なんで殺されるのかわかるよね……?」


 子どもたちの関心を向けるのに、十分すぎるほどの決まり文句を呟いた。彼らが本当に瑠子の言う彼奴等・・・ならば、俺の言葉の真意を理解できるはずだ。案の定、子どもたちは黙ったまま、しっかりと手を繋いでいた。


 俺は、少しだけため息を吐くと、子どもたちから視線を逸らして魔銃に魔力を込めた。自ら隙を作り出すように、わざとらしく魔銃をいじった。


 瑠子だけではない。俺も……知っている。この子どもたちは、いずれ俺を殺しに来る。だから今のうちに始末しておくべきだという瑠子の考えは、十分すぎるほど理解できる。瑠子は俺を守ろうとしているんだ。


 でも、生き延びることになんの意味がある? 俺の命に、どれだけの価値がある? いっそのこと、この魔銃で自分を撃ち抜けば、この子どもたちは生き延びることが出来るし、全て終わるじゃないか。


「こわい……ボクたち、死ぬのかな……」
「大丈夫だ、ミナト。オレたちはサイキョーなんだからな!」
「でもスオウ……あいつ……」


 子どもたちの話し声が聞こえてくる。名を呼び合い支え合う、この純真な子どもたちには、何の罪もない。汚れたクズのような大人である俺が、この子どもたちの命を奪うことなど、ゆるされるはずがないのだ。


 迷いが払拭ふっしょくできないまま、ミナトと呼ばれた茶髪の子に銃口を向けた。その途端に、黒髪の子が前に出て茶髪の子を庇うように両手を広げる。真っ直ぐに真剣な眼差しを向けられて、反射的に俺はあざけり、視線を反らした。


「まだミナトは小さいんだ……オレだけ殺せばいいだろ?」
「やだ! やだよスオウ! ボクだけにしないでっ、ボクをひとりにしないでっ!」
「ミナト……」


 茶髪の子が黒髪の子にしがみつき、こらえていたのであろう涙をぽろぽろと零し始めた。


「……ここで、GAMEOVERゲームオーバーだ」


 俺はとんでもない悪者だ。無慈悲で残酷な大人だ。組織の掟で今までに子どもこそ殺したことはないが、実に多くの命を奪ってきた。人を殺すことに躊躇とまどいは無い。だが……どんな理由があろうとも、この子どもたちを殺してはいけない気がした。それは、やってはいけないことだと、何かが俺に警鐘けいしょうを鳴らしているような気がした。


 魔銃を降ろそうとしたとき、茶髪の子の瞳の色が変わるのが見えた。美しい碧色の瞳から、ぽろぽろと宝石のような涙が溢れてくる。黒髪の子がその涙を拭って頭を撫でると、俺に視線を移した。その瞳が真紅の輝きに満ちているのを見ると、なぜか手が震えた。


「ここでオレたちを殺しても終わらない。また繰り返すんだ」


 大切なものを守ろうとする、真紅の輝きに満ちた綺麗な眼差しは、真っ直ぐに俺へと向けられていた。その視線に胸がざわつき、魔銃を降ろすのが怖くなった。


「へぇ……小さくても勇敢で格好いいんだな」


 ヘラヘラと笑い、適当なことを言う俺は、かなりマヌケで格好悪い大人だ。澄んだ瞳は、俺のような無様ぶざまな生き方しか出来ない大人には、あまりにも眩し過ぎる。


「そうだよスオウ……こいつが悪いんだ! こんな奴、ただのズルいチート使いだ!」


 茶髪の子が涙ながらに、勝手に俺を指差しながら、碧い瞳で睨みつける。俺は魔銃を構えたまま、子どもたちの顔を交互に見た。


「……チートでも、CLEARクリアは、CLEARクリアだ」
ヒカル――!」


 背後から、瑠子が走ってきた。俺の名を呼ぶその声に、小さく舌打ちする。瑠子は息を切らしながら俺の横に並び、冷たい紫の目で子供たちを睨みつける。


「瑠子、こいつらまだ子どもじゃないか」
「光……見た目に、騙されるな……」


 瑠子は忌々しいものを見るように子どもたちを睨みつけると、瞬時に魔銃を構えた。


「光を死なせるわけにはいかない……」


 肩で息をしながら、瑠子がかすれ声で呟く。横目で瑠子を見下ろすと、薄い唇をきゅっと閉じて細い目をさらに細めたその表情に、胸が苦しくなった。


 瑠子は俺とは違い、普段は冷静沈着で取り乱すことなどない。ところが今は、まるで別人のようではないか。子ども相手に、そこまで怯えるのは、俺を死なせるのが怖いからなのか?


 どうして……どうしてそこまで俺に執着するんだ……?


 クソッ……クソッ!!


「瑠子! オレに無許可で魔銃を使うな!」


 俺は瑠子の構える魔銃に、自分の魔銃を突きつけた。瑠子は、はっとして俺を見つめる。


「光……今日は許さない。私の命に変えても、あの子どもたちは始末する」
「子どもを殺せば組織の掟に背くことになる。それが何を意味するのか、わかるだろう?!」


 瑠子から視線を逸らし、子どもたちに視線を移す。怯えた表情のまま動かない。これだけの隙を見せても何もしてこないということは、ただの子どもと同じじゃないか。


 俺は息を吐きながら、瑠子に視線を戻す。


「俺はおまえと二人の逃亡生活なんてうんざりなんだよ」
「……光が死んでしまったら……そこでGAMEOVERゲームオーバーだ」


 ガンッ!


 魔銃を持つ手に衝撃が走る。瑠子が俺の魔銃を蹴り上げた。瑠子はそのまま魔銃に魔力を込める。


「瑠子――ッ!!」


 ダンッ!!


 子どもたちの背にある壁が、赤く染まる。茶髪の子が壁に打ち付けられて、ずるりと倒れた。黒髪の子が、恐怖に顔を歪ませながら、ゆっくりと後ろを振り返った。目眩がしたように、目の前の景色がぐらぐらと揺れる。


 ――クソッ。


「あ……あぁ……ミナト、ミナト!」


 黒髪の子が、動かなくなった茶髪の子に恐る恐る触れた。


「ウワァァァァ!!」


 途端に、黒髪の子は赤い血よりも紅い眼をして、叫ぶように泣き出した。俺は体勢を整えると瑠子に魔銃を向ける。


「おい、瑠子。勝手に魔銃を使うなと言っただろ!」
「光が死んではいけない……光が死んでしまったら……」


 瑠子は、こっちを見ないで、ブツブツと呟いている。瑠子の眼差しは異常だ。俺の声など聞こえていないかのように、再び子どもに魔銃を向けた。


「瑠子ッ!!」


 俺は咄嗟に瑠子の前に立ち、その腕を掴んだ。瑠子がビクッとして、俺を睨む。


「光……」


 瑠子が俺の腕を払い除けるのはわかっていた。俺は魔銃を捨てて瑠子の肩を掴むと、そのまま自分に引き寄せた。距離を取れば、容赦なく残る子どもも殺すと思った。


「瑠子……頼む、やめてくれ……!」


 ありきたりなことしか言えなかった。他に何も言葉が出てこなかった。瑠子は何も言わずに、俺の背に腕を回した。子どもの泣き叫ぶ声が、周囲の壁に響き、胸に刺さる。


 ダンッ!


 背で、轟音が響いた。後方から、どさりと何かが倒れる音が聞こえると、子どもの泣き声がピタリと止まった。瑠子が、俺の背に腕を回したのは、子どもを撃つためだったのだ。……油断した。瑠子を抱いていた腕から力が抜けて、俺はその場に立ち尽くした。


「光は、私が守る……」


 聞こえなくなったはずの子どもの泣き声が、周囲の壁から聞こえてくるような気がした。誰かが息を潜め、どこかから俺たちを見ているような気がした。


 子どもを撃ち殺した瑠子は、いつもの落ち着いた表情を取り戻すと魔銃を仕舞い、俺を見上げた。感情を失くしたような冷たい紫の瞳には、俺だけが映し出されている。いつものように……今までもずっと、そうであったように。


 やり場のない怒りが、じわじわと込み上げてきた。手が震える。目眩がする。吐き気がする。呼吸が乱れ、苦しい。


「すまない……光」


 瑠子は、小さく肩で息をしながらぽつりと呟いた。


「黙れ……極悪女。BADENDINGバッドエンディングでは、GAMEOVERゲームオーバーと同じだろ……クソが」


 投げ捨てた魔銃を拾い上げた。血に汚れて重なり合い、動かなくなった子どもたちに魔銃を向けて、もう一度、魔力を込める。


 俺は……どうしようもなく情けない男だ。子どもたちを追い詰めて、瑠子に殺させた。そして瑠子に罵声を浴びせながら、こんなクソのような殺し合いゲームの"勝者"になった。


 こんな結末では、あの子どもが言ったように、また CONTINUE コンティニュー一択だ。


 パシュッ――!


 静かに放たれた魔弾は白く輝き、子どもたちを包み込みこんだ。失われた命は戻らない。けれど、せめて傷痕と滲む血の赤を消したかった。


 治癒の魔弾は、俺だけの能力だ。世界のどこを探しても、他にはいない。


 俺の魔弾の痕跡を残すことで、瑠子ひとりに罪を背負わせることを避けたかったのか、子どもたちに情けをかけたのか……自分でも何がしたいのかなんて、そんなことはよくわからなかった。


 ただ、俺はもう……こんな GAME ゲームは、 END エンドにしたかったのかもしれない。


「……行くぞ」


 眠るように重なった子どもたちに背を向けると、俺はたらたらと歩き出した。瑠子は返事をすることもなく、いつものように無表情のまま、横に並んだ。


 灰色の壁に囲まれた路地から見える空は狭く、随分と褪せた色をしていた。

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