悪役令嬢は奮闘する

しましま

終わりと始まり

信号が青になったことを確認し、私はゆっくりと横断歩道を渡る。

(はぁ、まさかクリスマスイヴに振られるなんて、思ってなかったな。)

彼氏、いや“元”彼氏である脇坂康太とは、およそ3年間もの間付き合っていた。私の一目惚れから始まり、一緒に映画を見たり遊園地に行ったりして、晴れて向こうから告白され付き合うことになったのだ。今となっては忘れてしまいたい過去だが。

(...なん、で、)
早く康太のことを忘れたいのに、思い浮かぶのは康太の楽しそうに笑う顔ばかりだ。
いっそのこと、康太のことが嫌いになれればいいのに、彼を最低だと罵ることが出来ればいいのに、どうしても彼を恨むことが出来なかった。
康太は、浮気をしていた。けれど、私はそれでも良かったのだ。康太が最終的に私を選んでくれるのなら、浮気なんていくらでも許した。

「ははっ」
真冬の空に私の乾いた笑い声が虚しく消える。期待は裏切られ、康太は私のもとを去った。今までの3年間は何だったのだろうか。康太のために苦手な料理を必死に練習し、康太の好きなブランドの洋服をプレゼントするために、深夜でさえもバイトをこなした。

(あ......れ...私...もしかして...康太の“ヒモ”だった...?)

足に力が入らなくなり、私はその場に崩れ落ちる。

私のしてきたことは、全部康太の為だった。こうたが少しでも楽に過ごせるように、少しでも楽しく過ごしていけるように、私は何でもやった。康太が買ってきてと言ったものは全て買ったし、食べたいと言ったものは全て作った。

あぁ、なんだ。そうだったのか。

「...う...うぅ...」
憎い。自分が憎い。康太が私のことをATMだとしか思ってなかったと分かってさえも、私は彼を悪者にできないのだ。そんな自分が恨めしい。

周囲の景色や音なんか、既に私には認識出来なくなっていた。

だから、反応が遅れた。


けたたましいクラクションが鳴り響き、私は音のした方を振り返る。

猛スピードで近付いてくる2つのヘッドライトになす術もなく、私の意識はそこで途絶えた。

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「...さま...ディアナお嬢様!」
心配そうに私の名を呼ぶヴィオロをうっとおしく思いながら、私は状況を把握しようと頭をフル回転させる。

私の名はディアナ・サフィラス・アトランティス。
ヴァハトン領を治める領主、ドレウス・サフィラス・アトランティス公爵の娘だ。そのはずだ。しかし、そのはずなのに、ついさっきから誰かほかの者の記憶が頭に流れ込んでくるのはどうしてだろうか。

その者の名は 神谷 華紅夜〈みたに かぐや〉
某化粧品会社に務めており、東京に一人暮らし。つい最近、彼氏に振られたばかりだ。

うん、そもそも、何故私は‘ 東京 ’などという言葉を知っているのだ、?
つい最近とは、いつのことなのだ、?

ああ、いらいらする。考えれば考えるほどわからなくなってくる。もともと、私は考えることが大嫌いなのだ。
......もう考えることはやめて、ベットに入ることにしよう。

「ヴィオロ、私もう寝るわ。出て行ってちょうだい。」

「は、はい、ディアナお嬢様。おやすみなさいませ。」

ヴィオロが部屋から出ていって数分後には、私はもう既に夢の中だった。

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ふと、誰かに呼ばれた気がして私は目を覚ました。

......あれ?

私、死んだはずじゃ?

...ここって天国?

私が目を覚ました場所は、生前でも見た事がないほど荘厳で立派な宮殿のような所だった。全く状況が分からずただキョドっていた時、後ろから誰かに話しかけられた。

「あなたは、神谷 華紅夜さんですね。」

驚き振り返ると、そこには金髪の容姿端麗な男性が立っていた。まさに、私の好きなタイプだ。名前を聞こうとして、すぐに思いとどまる。そんなことをしようとしている自分が、情けなくなった。彼氏に振られて傷ついているはずなのに、目の前の整った顔にもう私はときめいているのだから。図太すぎる神経に、苦笑してしまう。

「あなたは、交通事故で死にました。普通なら輪廻転生の歯車に向かってもらい、そこで次の生を受けるまで待ってもらうことになるのですが、少々問題が発生してしまいましてね。」

「...」
言っていることが理解できなかった。

「どうやら、あなたが死亡した際に、あなたの意識と異世界の魂の意識がリンクしてしまったようなのですよ。」

えと、、Do you kotoyanen?

男性は私の表情から察したのか、私の心の中を読んだのか、詳しく説明をしてくれた。

要するに、
異世界で生きている人の意識に私の記憶が入り込んでしまい、輪廻転生することが出来なくなってしまったのだという。
その輪廻転生がどういう仕組みなのかは知らないが、私はどうやら、生まれ変わることが出来なくなってしまったようなのだ。

「そこでですね、あなたの記憶が入り込んでしまった異世界人がとんでもない悪人でね、将来大罪を犯すことになっているもんで、あなたにその人に転生していただき、その方の未来を変えていただきたいのでございます。」

ワオ。
異世界転生とか、本当にあるのですネ。

てか、大罪って、その人何しでかしちゃうのさ。

「国王殺害や魔王の封印を解いてしまうなど、その他もろもろですね。」

............恐ろしい。

その他もろもろってとこも気になるけど、それよりそんな人の体の中に入って、私の意識乗っ取られたり、しないのか?
その人の体になった途端、殺したくなる衝動とか、出てこないよね?

「それは、大丈夫ですよ。その方の意識は消させていただきますし。記憶だけは残しておきますけどね。こちら側としてもあなたに協力してもらう立場なので、誠意は見せようと思っております。」

そう言って金髪のイケメンは営業スマイルをうかべる。

はぅあっっっ

営業だと分かっていても、ハート射止められそうだった、危なかった。

「......分かりました。」

こうして、ほぼ金髪イケメンスマイルに負けて、私は異世界転生を承諾したのだった。

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