冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

示されるもの

 約一週間後、クリスは杖を手で握りしめ、荒々しく息を吐き、その場に立ち尽くしていた。

 皮膚に痛ましい火傷痕と凍傷を数えきれないほど携え、今なお感電させ続けることをやめていなかった。最小限に抑えていても、感電による痛みと不快感がその体を蝕み続けていた。瞳は血走り、顔面には乾いた血の跡が残っている。

 ぎこちない足取りで、初めて黒焦げになった仲間達のもとへ歩く。僅かに膝を曲げ、前方に体重移動しつつ、膝を伸ばす。足の裏で踏み込み背後に蹴りつつ、逆の膝を曲げる。一つ一つの動作を丁寧に理解し、それを感電による身体反応で再現していた。
 たまに誤動作を起こしてしまうが、手首が曲がる、指が伸びきってしまうなど、支障がない段階まで抑えることに成功していた。

 マーク、レイ、そしてイスリの死体に触れた。硬かった。皮膚が焦げ、時間が経ち、岩がごとくゴツゴツになっていた。焦げ臭さも酷い。

 そんなものを目の当たりにしても、相変わらず表情に変化はなかった。悲しいはずだが、悔しいはずだが、泣くことだけは叶わなかった。クリスはぎこちない動作で地面に穴を掘り、三人をそこへ埋葬した。本来動かないはずのこの手足は、まるで他人のものを借りているが如く、感覚はなかった。あかぎれている指先にも痛みはない。

「────クリス・エヴァランス」

 突如放たれた声に、クリスは首だけを動かし、真横に立つ男を見つめる。見知らぬ男であった。顔は黒い布で隠され片目しか出ていない、全身も真黒い衣服を纏っている。羽織るようにして深緑色のローブに身を包んでいる。まるで暗殺者のような風貌であった。杖のような柄の短剣を腰に差しているが、抜く気配はない。黒い革の手袋を身に着けた掌をこちらへ差し出してきた。

「とんでもない方法で体を動かしているな。そして、瀕死だ。もっと早く来る予定だったが……。ついて来い、助けよう」

 クリスは男にゆっくりと杖を向ける。髪の毛が逆立ち初め、杖の先が青白く光ると、眩い光線が男を襲った。
 クリスは首を傾げた。男は掌でそれを防いだように見えた。こちらへ向けた掌からは白い煙が立ち上っている。あの光線は動物を貫通する程度の威力はある。到底、生身で受け切れるものではない。

「そんなことで、殺されるわけにはいかないのでな。クリス、君もここで死ぬわけにはいかない人だ。使命を持っている」

 男をじっとりと見つめたクリスは、「使命……?」と掠れた声で答えた。

「カイン・リヴァーという男を知っているか。君は今後その男について知り、時には敵対し、やがては協力せねばならない」

「知ったことではない」

「今は、いい。きっといずれその時は来る。代わりに、いま俺について来てくれたら、君には欲しいものを授けよう」

 クリスは暫し考え込んでから、一言「……力が欲しい」と答えた。

「わかった。それではついて来い。近くに居座っている小屋がある。雨風程度は凌げるだろう」

 男は踵を返し、森の中へと歩いて行った。クリスはそのただの歩行へついて行く必要があった。
 傍に置いてあった歩行補助用の杖を拾い上げ、杖を突き、時には体を誤動作させながら、なんとか追随する。大して時間はかからない場所に小屋はあった。周囲に何もなく、森の中の広場にぽつりと建っている。
 小屋へ招き入れられると、机と椅子、物置とベッドしかない質素な内装であった。暖炉には火が灯っていた。クリスは久方ぶりに体の芯から温まっていくのを感じる。そこで初めて、自らが今際の際にいたことを自覚した。

「物理的な温かさ程度で、心までは氷解しないか。予想はしていた」

 男はいくつかの白い粉のようなものを混ぜ、器へ入れ、そこへ水を注いだ。

「これを飲め」

 クリスは首を振ったが、男がクリスに掌を向けると、クリスの体は糸が切れたようにその場に倒れた。男が親指と人差し指をゆっくりと開くと、クリスの口が徐々に開いていく。そこに男は水を注いだ。むせつつもクリスは水を飲まざるを得なかった。

「安心しろ薬だ。大して処理もしていない獣を食べ続けたうえ、不衛生なところにずっといたんだ。病気になっていてもおかしなことじゃない」

 男が掌を下げると、クリスの体は動くようになった。正確には体を感電させて、体が反応するようになった。だが、男の言っていた通り、みるみるうちに体が軽くなっていく感覚があった。気づかないうちに何かの病気にかかっていたのであろう。薬というのは本当だった。

 続いて男が腰に差していた短剣をクリスへ差し出した。それを受け取ったクリスは、自らの魔力が反応していることに気が付いた。

「それは”ジィソの短剣”。七神ジィソが槍と共に使用していたとされる、いわゆる”レプリカ”だ」

 クリスもレプリカの存在は聞いたことがあった。しかしそれはおとぎ話程度の信憑性しかなく、レプリカなど存在しないとされるのが通説であった。しかし、握り手から刃先までの妙な存在感、そして体中の魔力が反応している感覚は、通説など覆してしまうほどの衝撃をクリスに与えた。

「レプリカそれぞれには必ず何かしらの力がある。その短剣は、所有者の魔力量を倍加させ、決して刃こぼれせず、破壊されない力が備わっている。短剣を扱う者に魔導術を併用する人間などいない。だが君はそれをやれる。だから、それを君にやる」

「何故……?」

「この世には、”二つの鏡”が存在する。現世を見渡せる”現世うつしよの鏡”。そして常世の人間と交信できる”常世とこよの鏡”。ある種、レプリカより貴重なものだ。表の歴史には決して現れない代物だ」

 男は一つの手鏡を見せ、それが”現世の鏡”であることをクリスへ伝えた。

「随分と遠い場所にいたが、クリス、君のことは見ていた。恐らく君の欲する力は魔導術によるものではない。違うか?」

 クリスは思い返した。魔導術の力は強大である。しかし近接戦に持ち込まれれば全く意味を為さない。戦場でも、残党との争いでも、明らかであった。望む力は、体を使い、刃を持って斬り伏せる力。魔導術ではない、圧倒的な実力であった。

「これから伝える話を聞き、覚えていると約束してくれたら、その短剣とそれを扱う体術を教える」

 クリスは迷いなく頷いた。話を聞くだけで力が与えられるなら、文句は何もない。

 男も頷き返し、再びカイン・リヴァーの話を始めた。

 彼の性格や親兄弟との関係、生まれ故郷、どのようにして怪力と不老を手に入れたのか。今は傭兵だが今後世界にとって大きな出来事が起き、その中心となる人物であるということ。そして、それにクリスは関わるという話だった。
 男はその詳細を話はしなかった。その出来事とは、なぜそのようになったのか、なぜ自分が関わることになるのか。疑問は察知していたが、男は言葉を濁した。しかし男はこの話をすること自体に意味があると続け、カイン・リヴァーやその周辺人物の話を細かく話し続けた。

 男はひとしきり話を終えると、肉と山菜を焼いて晩飯を作った。クリスも誘われたので食したところ、やはり生の肉より調理されているほうが美味いと実感する。
 口いっぱいに頬張りながら男をじっとりと見つめる。視線に気づいた男は少しうなだれ、ほんの一瞬だけ張り続けていた気を緩めた。

「僕────いや俺は……種を撒くだけの存在。未来を描くのは、君達。そう、これから君に与えるのもあくまで種だ。それが芽吹けば、全て芽吹けばきっと……」

 男はハッとした次の瞬間には気迫がすぐに戻っていた。一瞬の緩み、それすらも許さないかの如く自らの顔面を殴りつけた。

 男は「さあ、短剣を持って外へ」と言ってから立ち上がり、部屋の隅に置いてある巨大な麻袋を持ち出して、クリスを外へ誘った。
 麻袋を雪の上に落とし、中を広げるとありとあらゆる武具が入っていた。その中から、男は「まずはこれだ」と長剣を拾い上げる。

「君が周囲から畏怖されるほどに強くなるまで、そのジィソの短剣とその非常な感電を使いこなせるようになるまで、指導する。猶予は一年だ」

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