冒険者 カイン・リヴァー
残るもの達
「い、いてえぇっ」
「マーク! どうした!」
マークへ近寄ると足には矢が刺さっていた。一瞬、レイに刺さった矢を思い出す。それを見たレイが大声で叫び、無作為に暴れ始めた。イスリがすぐさま周辺を警戒すると、木々の隙間からまたも矢が飛んでくる。イスリの頬を掠め、背後にいるレイの肩に刺さった。レイは更に暴れまわり、矢をすぐに抜き取ると、肩からおびただしい量の血が流れ始めた。イスリは恐怖のあまり、その場にへたり込んでしまった。
雪深い中でこの正確無比な矢の技術。見たことのある矢の形状。スティルマレの残党が潜んでいることにクリスは気が付いた。
「か、雷の気、天よりの手を差し伸べ給え。天主掌」
クリスが唱えると、雲が数度鳴った後、森のほうへ幾度も雷が落ちた。いくつかの悲鳴が聞こえている間に、四人は逃げ出そうと試みるも、クリスは強い衝撃を後頭部に感じてからその場に倒れた。何者かが棍棒のようなものを持ってこちらを覗き込んでいるようであった。
────────クリスは目を醒ました。ずっとうつ伏せだったのか、頬が痛い。口の中に砂が入ってしまっている。
気絶する直前までの記憶は混濁していたが、どこからどこまでが夢だったのか、わからなかった。
戦争はあったのだろうか。もし今までのことが夢だったのだとしたら、レイはまだ元気なのだろうか。
起き上がろうとしたが、右手足が動かなかった。ああ、戦争はあったのだ。ではここはどこだろうか。クリスは、後頭部に残る鈍痛によって気絶する直前の記憶を思い出した。
「はぁっ……!」
深く息を飲み込みながら顔を上げると、まず焚き火が目に入った。そして焚き火に当たっている見たこともない男女複数人。よく見ると六人はいるだろうか。周囲は森のようであった。空は暗くなってしまっており、夜営をしているようである。よく周囲を見回すと、太い三本の木に、マーク、イスリ、レイが縄で張り付けにされていた。
クリスは目を疑った。左手で瞼を何度もこすったが、変わらない。
三人の体には無数の矢が突き刺さっていた。だが出血はしていないようだった。
「ああ、起きたのね。おはよ~う」と一人の女が声をかけてきた。三つ編みの金髪は、既にぼさぼさになっており、服も汚れている。
「マーク! イスリ! レイ! なんだ、何がどうなって……!」
「おはようの返事をしろよぉ! しろ! 返事をしろぉ!」と三つ編みの女は捲し立て、クリスは頭を踏みつけにされた。
数度踏みつけにされたのち、もう一度「おはよ~う」と三つ編みの女は声をかけてきた。答えなければ先へ進めないことを悟り、「お、おはよ、う」と返事をした。
「う~ん、偉い! アタシたちはスティルマレのね、騎士団”だった”人だよ。そんでここは、野営地ってとこかなぁ」
「みんなを、殺したのか」
「ううん。あれは痛みと怖さで気絶してるだけなんだよぉ」
「あ、あれだけの矢が刺さって、まだ生きている……?」
話している最中にマークが目を醒ました。目の前の光景に怯え切った表情で喚き始めた。
「ああもう嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ! 助けてくれ、助けてぇぇええ!」
「助けないよぉ? やっちゃって~」
三つ編みの女は座っている男に声をかけると、男は鼻を鳴らしながらマークへと弓を向けた。無慈悲にも矢をマークの脇腹付近へ射た。突き刺さる痛みにマークは絶叫する。
「アアアァアアァアアアッ! ああ、ああなんで、死なないんだよ。ああぁ!」
「や、やめろぉ!」とクリスはもがいて立ち上がろうとする。
男は満足げな笑みを見せながら、もう一度弓を向け、今度は左足太ももを射抜いた。再びマークは絶叫してから、意識を失った。
座っている残党らはげらげらと笑い声をあげていた。何発で気絶するかを賭けているようで、金銭の受け渡しをしていた。「もっと耐えろよ」とマークに唾を吐きかける者までいた。
「死なないのはね、アタシのおかげだよぉ」
三つ編みの女はおもむろに気絶したマークへと近づくと、傷口に掌をかざした。
「安寧の神メティアよ、傷を負った彼の者を癒したまえ」
マークの負った傷はみるみるうちに回復していく。ティルカシカにもここまでの回復力のある魔導術師は見たことがなく、女が一流の神聖魔導術師だったことが見て取れた。
「なにを、なにをしている……!」
回復を確認した女は、皆を代弁するようにクリスへと言い放った。
「拷問に決まっているじゃない。夜はすることがないからねぇ」
「は……?」
「この赤い鷹の腕章って、騎士団の証でしょう? ということは、この三人は騎士団員ってことでしょう? ということは、アタシたちの敵ってことだよね? 間違ってる?」
「やめろ! やめるんだ!」
クリスは左手と左足で立ち上がろうとするが、歩行補助用の杖がないためにその場に転げた。三つ編みの女がクリスの前まで近寄ってきた。
「間違ってるかって聞いてんだ! 返事をしろよ! 返事ぃ!」とクリスの顔面を複数回蹴った。鼻から何か生温いものが流れ出ている。
「う~ん! 鼻血が出ていても様になるのねぇ。ね、この子、アタシのものにするね」
「ああ勝手にしろ。騎士団員じゃねえ奴に興味はねえよ」と座っている中の一人が答える。
クリスは白黒する視界の中で、自らに腕章がないことに気が付いた。ミラが最後にもぎ取ったことを思い出す。自分も騎士団だと明かそうと思ったが、鼻血が喉に詰まり、むせるだけだった。
マークに続いてイスリが目を醒ました。イスリは眼前の恐怖にその場で失禁した。
「あ、ああぁ……も、もうやべでぇ……。おでがい……」
イスリは喉に矢を受けているため、声が上手く発せないようであった。それきたと言わんばかりに弓を持った男が立ち上がる。それを見たイスリは鼻水を垂らしながら体を震わせた。
「お願いだ、やめてください……! お願いします、何でもします」とクリスは涙ながらに叫ぶも、無視した男はイスリの腹部を矢で射た。
「げぁあっ! ああ殺じでぇ、ごろじでぇ……ぐりず、ごろ、じで……」
こちらを見つめるイスリと目が合った。
”クリス、殺して”
クリスの荒く震える白い息が空へと昇っていく。
あってはならない願いが、あってはならない人から聞こえた。思えばこの戦争の全てが理不尽であった。何が国のためか。何が民のためか。この惨状はなんだ。何故、愛する人が蹂躙されなければならないのか。何故大切な友、大切な人々が酷い目に遭わなければならないのか。何故、見ず知らずの人間が何の代償もなしに幸せそうに暮らしているのか。何故自分はここにいるのか。
許せない。理不尽たる世の総てを許すわけにはいかない。
自らの中にある何かが砕け散る音が聞こえた。それと同時に、クリスの体の中は復讐の火が燃え盛るどころか、氷ついたように冷え切った。
クリスが這いつくばりながら、おもむろにローブの内側から杖を取り出すと残党らは焦ったように声を荒げた。
「おい、杖を取り上げたんじゃねえのかよ!」
「確かに取り上げたはずだぞ! こいつ一つ隠し持っていやがった!」
「なにやってんのよ! 早く殺して!」
言い合う残党らを前にクリスは何もかも思考を投げ出し、一つの願いしか持たなかった。
総て消えて無くなれ。
周囲の砂が揺れ動き始めた。暴発が起こるのだと感じ取ったがクリスにとってはどうでも良いことであった。
咄嗟に放たれた矢はクリスの眼前で弾け飛んだ。
そこから再びクリスの意識は途絶えた。
「マーク! どうした!」
マークへ近寄ると足には矢が刺さっていた。一瞬、レイに刺さった矢を思い出す。それを見たレイが大声で叫び、無作為に暴れ始めた。イスリがすぐさま周辺を警戒すると、木々の隙間からまたも矢が飛んでくる。イスリの頬を掠め、背後にいるレイの肩に刺さった。レイは更に暴れまわり、矢をすぐに抜き取ると、肩からおびただしい量の血が流れ始めた。イスリは恐怖のあまり、その場にへたり込んでしまった。
雪深い中でこの正確無比な矢の技術。見たことのある矢の形状。スティルマレの残党が潜んでいることにクリスは気が付いた。
「か、雷の気、天よりの手を差し伸べ給え。天主掌」
クリスが唱えると、雲が数度鳴った後、森のほうへ幾度も雷が落ちた。いくつかの悲鳴が聞こえている間に、四人は逃げ出そうと試みるも、クリスは強い衝撃を後頭部に感じてからその場に倒れた。何者かが棍棒のようなものを持ってこちらを覗き込んでいるようであった。
────────クリスは目を醒ました。ずっとうつ伏せだったのか、頬が痛い。口の中に砂が入ってしまっている。
気絶する直前までの記憶は混濁していたが、どこからどこまでが夢だったのか、わからなかった。
戦争はあったのだろうか。もし今までのことが夢だったのだとしたら、レイはまだ元気なのだろうか。
起き上がろうとしたが、右手足が動かなかった。ああ、戦争はあったのだ。ではここはどこだろうか。クリスは、後頭部に残る鈍痛によって気絶する直前の記憶を思い出した。
「はぁっ……!」
深く息を飲み込みながら顔を上げると、まず焚き火が目に入った。そして焚き火に当たっている見たこともない男女複数人。よく見ると六人はいるだろうか。周囲は森のようであった。空は暗くなってしまっており、夜営をしているようである。よく周囲を見回すと、太い三本の木に、マーク、イスリ、レイが縄で張り付けにされていた。
クリスは目を疑った。左手で瞼を何度もこすったが、変わらない。
三人の体には無数の矢が突き刺さっていた。だが出血はしていないようだった。
「ああ、起きたのね。おはよ~う」と一人の女が声をかけてきた。三つ編みの金髪は、既にぼさぼさになっており、服も汚れている。
「マーク! イスリ! レイ! なんだ、何がどうなって……!」
「おはようの返事をしろよぉ! しろ! 返事をしろぉ!」と三つ編みの女は捲し立て、クリスは頭を踏みつけにされた。
数度踏みつけにされたのち、もう一度「おはよ~う」と三つ編みの女は声をかけてきた。答えなければ先へ進めないことを悟り、「お、おはよ、う」と返事をした。
「う~ん、偉い! アタシたちはスティルマレのね、騎士団”だった”人だよ。そんでここは、野営地ってとこかなぁ」
「みんなを、殺したのか」
「ううん。あれは痛みと怖さで気絶してるだけなんだよぉ」
「あ、あれだけの矢が刺さって、まだ生きている……?」
話している最中にマークが目を醒ました。目の前の光景に怯え切った表情で喚き始めた。
「ああもう嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ! 助けてくれ、助けてぇぇええ!」
「助けないよぉ? やっちゃって~」
三つ編みの女は座っている男に声をかけると、男は鼻を鳴らしながらマークへと弓を向けた。無慈悲にも矢をマークの脇腹付近へ射た。突き刺さる痛みにマークは絶叫する。
「アアアァアアァアアアッ! ああ、ああなんで、死なないんだよ。ああぁ!」
「や、やめろぉ!」とクリスはもがいて立ち上がろうとする。
男は満足げな笑みを見せながら、もう一度弓を向け、今度は左足太ももを射抜いた。再びマークは絶叫してから、意識を失った。
座っている残党らはげらげらと笑い声をあげていた。何発で気絶するかを賭けているようで、金銭の受け渡しをしていた。「もっと耐えろよ」とマークに唾を吐きかける者までいた。
「死なないのはね、アタシのおかげだよぉ」
三つ編みの女はおもむろに気絶したマークへと近づくと、傷口に掌をかざした。
「安寧の神メティアよ、傷を負った彼の者を癒したまえ」
マークの負った傷はみるみるうちに回復していく。ティルカシカにもここまでの回復力のある魔導術師は見たことがなく、女が一流の神聖魔導術師だったことが見て取れた。
「なにを、なにをしている……!」
回復を確認した女は、皆を代弁するようにクリスへと言い放った。
「拷問に決まっているじゃない。夜はすることがないからねぇ」
「は……?」
「この赤い鷹の腕章って、騎士団の証でしょう? ということは、この三人は騎士団員ってことでしょう? ということは、アタシたちの敵ってことだよね? 間違ってる?」
「やめろ! やめるんだ!」
クリスは左手と左足で立ち上がろうとするが、歩行補助用の杖がないためにその場に転げた。三つ編みの女がクリスの前まで近寄ってきた。
「間違ってるかって聞いてんだ! 返事をしろよ! 返事ぃ!」とクリスの顔面を複数回蹴った。鼻から何か生温いものが流れ出ている。
「う~ん! 鼻血が出ていても様になるのねぇ。ね、この子、アタシのものにするね」
「ああ勝手にしろ。騎士団員じゃねえ奴に興味はねえよ」と座っている中の一人が答える。
クリスは白黒する視界の中で、自らに腕章がないことに気が付いた。ミラが最後にもぎ取ったことを思い出す。自分も騎士団だと明かそうと思ったが、鼻血が喉に詰まり、むせるだけだった。
マークに続いてイスリが目を醒ました。イスリは眼前の恐怖にその場で失禁した。
「あ、ああぁ……も、もうやべでぇ……。おでがい……」
イスリは喉に矢を受けているため、声が上手く発せないようであった。それきたと言わんばかりに弓を持った男が立ち上がる。それを見たイスリは鼻水を垂らしながら体を震わせた。
「お願いだ、やめてください……! お願いします、何でもします」とクリスは涙ながらに叫ぶも、無視した男はイスリの腹部を矢で射た。
「げぁあっ! ああ殺じでぇ、ごろじでぇ……ぐりず、ごろ、じで……」
こちらを見つめるイスリと目が合った。
”クリス、殺して”
クリスの荒く震える白い息が空へと昇っていく。
あってはならない願いが、あってはならない人から聞こえた。思えばこの戦争の全てが理不尽であった。何が国のためか。何が民のためか。この惨状はなんだ。何故、愛する人が蹂躙されなければならないのか。何故大切な友、大切な人々が酷い目に遭わなければならないのか。何故、見ず知らずの人間が何の代償もなしに幸せそうに暮らしているのか。何故自分はここにいるのか。
許せない。理不尽たる世の総てを許すわけにはいかない。
自らの中にある何かが砕け散る音が聞こえた。それと同時に、クリスの体の中は復讐の火が燃え盛るどころか、氷ついたように冷え切った。
クリスが這いつくばりながら、おもむろにローブの内側から杖を取り出すと残党らは焦ったように声を荒げた。
「おい、杖を取り上げたんじゃねえのかよ!」
「確かに取り上げたはずだぞ! こいつ一つ隠し持っていやがった!」
「なにやってんのよ! 早く殺して!」
言い合う残党らを前にクリスは何もかも思考を投げ出し、一つの願いしか持たなかった。
総て消えて無くなれ。
周囲の砂が揺れ動き始めた。暴発が起こるのだと感じ取ったがクリスにとってはどうでも良いことであった。
咄嗟に放たれた矢はクリスの眼前で弾け飛んだ。
そこから再びクリスの意識は途絶えた。
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