冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

悲痛たる凱旋

 王の崩御に砦の中は、騎士団員、魔導術師関係なくどよめきに包まれた。

「戦争の混乱に乗じた暗殺か……?」

「こ、こら、滅多なことを言うんじゃあない」

 見知らぬ騎士団員達が、賢王の弟が暗殺を画策したのではないかと噂した。クリスも歩行用に作られた杖をついて椅子に座りながら、その話に耳を傾けた。どうやら弟は遠い昔から王になれなかったことを悔やんでおり、王をひどく妬んでいたという。それが今回の死に繋がっているのでは、ということであった。
 だがそれも束の間、そんな噂話はぴたりと止まった。騎士団長であるヴォルガストがどよめきに睨みを利かせながらやってきたのである。ヴォルガストの鎧には汚れ、傷一つ付いていなかった。

「貴様らの仕事はここで不毛な時間を過ごすことか? 違うだろう。わかったらすぐに帰国の準備をしろ! 王城に付けばすぐに褒賞が貰えるぞ」

 自らの手柄を一刻も早くモノにしたいのだろうと誰しもが考えた。命令通り、砦には一定数の騎士団員を残し、それ以外は全員準備を完了させた。予定通り午前中に出発した。その頃にはすっかり雪は収まり、雲の切れ目から晴れ間が見えていたが雪道は健在である。しかも、緩やかとはいえ山道を登らなければならない。
 レイの乗る荷車を、マークが引っ張り、イスリが後ろから押していた。クリスも手伝いたかったが、杖を突きながら集団についていくのがやっとであった。ミラは失血による体調不良で、先頭集団の薬師達と帰国を目指していた。騎士団員らも皆等しくやつれていたため、手伝う代わりに一言謝ってから先に行く者ばかりであった。
 四人は隊列から徐々に遅れていったが、完全に隊列から外れた頃には遠くにティルカシカが見え、三人とも顔を綻ばせた。

 その時であった。目の前に小さな緑色の人型の小鬼が五匹待ち構えていた。

「こんな時にゴブリンかよ……!」

 ゴブリンはモンスターの中でも特に脅威とは程遠い存在であったが、疲労困憊の三人にとっては厄介そのものであった。

「マーク、イスリ、魔力はまだある?」

「魔力は満タンだが、身体の疲労がひどい。負担を考えると一発か二発が限界だな」

「私も……ごめんなさい」

「大丈夫、任せて」

 ゴブリンはこちらが弱っていることを察知したのか、早速と言わんばかりにじりじりと近寄ってきた。クリスは腰から魔導術用の杖を取り出す。

「雷の気、天よりの柱を招き給え、天雷」

 空にかかっていた雲からまるで大太鼓を叩いているかのような爆発音が鳴り渡り、やがて眼前が白く包まれた。爆発音とも切り裂き音ともとれる途方もなく大きな音が鼓膜を揺さぶる。
 視界が白黒に明滅したあと、ゴブリン達の姿は跡形もなく消え去っていた。雪の下に生えていた雑草もなくなり、代わりに真黒く焦げた物体だけが残っている。焦げ臭さが周囲に充満した。

「はは、相変わらずクリスの詠唱付きは半端じゃねえな」

 マークは「もしこれがあったら、みんな死なずに」と言いかけてから、静かに首を振った。
 クリスが一言、「ごめん」と謝ると、マークは背中を優しく叩き、ティルカシカへと再び歩き出した。

 積雪が杖と車輪を阻み、四人がティルカシカに戻った頃には、辺りは暗くなってしまっていた。靴の中も浸水し、身体は凍えきっていた。だが、四人揃って帰国を果たすことができた。
 マーク、イスリ、クリスは互いの手を取って、強く頷いた。凱旋の大騒ぎがあったのか、道端には食べカスや酒の瓶が落ちていた。今ではすっかり収まっている。

 王城へと赴いた四人は、先に凱旋していた魔導術師学校関係者らを探した。案内人に広間へと誘導され、そこで生き残った教師や生徒らと合流することができた。ミラ含む負傷者は何故か広間の端で座らされていた。顔が青白くなっていたが薬師が付き添っている様子はなかった。

 やはり、残っていた者は上級生や教師ばかりであった。クリスは同級生の大半がいないことに落胆した。実力のなかった者は戦場で容赦なく命を奪われたことが窺える。
 マークは知り合いに声をかけていっていたが、皆の表情は強張っていた。うなだれる者、抗議している者や涙を流している者もいた。よく見てみれば王と騎士団の姿はない。

「みんな、いったいどうしたんだ。何か式典があるんじゃ────」

「そんなもの、ないよ!」

 クリスの言葉を遮ったのは、隣で泣いていた上級生の女生徒であった。三人が困惑していると、教師の男が落ち着いた様子で説明した。

「俺達が帰ってきたあと、新王と衛兵らが出迎えてくれたんだが、それはあくまで騎士団のみだった。新王は魔導術師など剣槍を扱う騎士団員ではないと。騎士団員ではない者に褒賞も、治療保障もしない。前王の約束など知ったことではないとハッキリ言い放った。つまり俺達は使われるだけ使われて、捨てられたってわけだ」

「そんな馬鹿な……」

「昔の騎士は剣槍持ってこそという騎士道精神を大切にしていたんだ。頭のお堅い昔気質の人間は、魔導術をそこに取り入れることなど許さない。意外と多いんだ、こういう考えのお年寄りは。新王もきっとそうだった、それだけのことだ」

 マークがあまりにもあっさりと諦める教師に食らいついた。

「そんなんでいいのかよ! みんな命を懸けたんだ! みんな、みんな……」

「君は何のために戦争に参加したんだ? 金か、名誉か? 強制参加だったとはいえ、故郷であるこの国とそこに住む家族の危機を守るためじゃなかったのか。王からは見放された。約束も反故にされた。だがこの国を、家族を守れたんだ。それで十分じゃないか」

 クリスはマークの言い分も、教師の言い分も賛同できた。
 けが人は式典が終わった薬師や神聖魔導術師にでも頼んで、治療をしてもらえば良い。だが、このままでは死んでいった仲間達が報われないのも事実であった。ただただ、行き場のない悲しみだけが場を包んだ。

「あ、う……い」

 レイは空気を悟ったのか、顔を歪ませて宙を両手で掴み始めた。イスリが背中をさすって落ち着かせる。
 かつての快活だった頃と様子が変わってしまったレイの姿を見て、教師らや知り合いは口をつぐんだ。もはや誰にもこの状況は打破できない。そう皆は悟り、ばらばらに広間を去っていった。

 こんな悲しみがあって良いのか、クリスはそう思いつつ、ミラを介抱しながらマーク、イスリ、レイと共に寮へと帰るのであった。

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