冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

赤の絨毯

「引き下がりなさい。大人しく国へ帰りなさい。これを聞き入れないのであれば、この命を賭して、あなた方を殲滅します」

 その声は静かであったが、不思議と戦場に響き渡った。敵は一瞬動きを止めたが、ひとつの矢がミラの頭上に飛来した。恐らく凄腕の弓兵が放った矢なのだろう。それはミラの脳天を寸分違えず捉えていた。しかしミラに接触する直前で矢は弾き飛んだ。

「よろしい。殲滅です」

 ミラは静かにそう言うと杖を大きく構えた。

「風の気、大風を刃と化し、彼の者を断裂せよ」

 雪が天へと舞い上がり、吹雪と化した。凍てつく風に皆は顔を覆った。
 鋭い何かが飛び交う音が聞こえたと思えば、その吹雪は敵の砦へと向かっていった。吹雪の中からはいくつもの破壊音と悲鳴が聞こえ、やがて収まる。

 吹雪の中から現れたその光景に皆は震え上がった。砦は木っ端微塵に粉砕され、その下には恐らく人間であったであろう敵の赤い肉塊がいくつか残されているだけであった。クリスはそれがどの部位なのか想像すらしたくなかった。
 茶色の吐瀉物がクリスの足元に広がる。後ずさって顔を上げると、口周りを汚して青ざめる女生徒の背中をイスリがさすっていた。河川は赤く染め上がり、立っている敵は一人もいなかった。

「これが暴力的な魔導術の使い方です。皆さん、この場においては、真似をしてください。次の戦場へ行きましょう」

 いつも危険な魔導術の使い方を注意する側の人間が真反対のことを言い放っている。その違和感と矛盾だけで、皆の体は余計に強張った。
 戦場はいくつにも分かれていた。偶然、クリスの隊とミラの隊が同じ戦場に配置され、ミラは敵を一網打尽にしてくれた。しかしながら、その圧倒的な戦力を持ってしても、いくつもある砦の一つとその騎士を殲滅しただけである。

 次に向かった戦場は悲惨であった。砦は半壊し、人の気配はない。それどころか敵騎士や生徒らは生き残っておらず、血走った眼の敵騎士が一人、立ち尽くすのみであった。

「手練れです。気を付け────」

 敵騎士の両足が青く輝いたと思えば、既にミラの目の前で剣を振り上げていた。クリスは咄嗟に杖を振り上げた。辺りは一瞬眩い光に包まれたが、光が収まる頃には敵騎士は黒い煙を上げ、数度痙攣しながらその場に倒れていた。ミラはその場で立ち尽くしていたが、斬られてはいなかった。

「た、助かりました、クリス」

「僕は、人を……突然だったから……」

「あなたは悪くありませんよ。やってくれていなかったら、私がやられていたもの」

「え、ええ、しかし……」とクリスは自らの手汗をローブで拭った。

「焦げ臭いな。戦場を想像してたが、想像以上だぜこりゃ……」とマークも消沈していた。

 敵騎士を見下ろしていると、ふとイスリが声をかけてきた。

「クリスさん、この次の戦場にレイがいるはずなの」

「あ、ああ。そうか。それなら、早く助けに行かないといけないね」

 クリス、マーク、イスリが歩き出したが、他の仲間達がついて来ないことに気が付いた。その中にはミラも含まれていた。

「クリス、行ってはダメです。持ち場はさっきの砦とこの砦だけ。砦の戦いに勝利しても、次の指令が来るまで待機と言われたはず」

「でも、すぐ隣の戦場でレイが!」

「いま砦に伝達係を送りました。それで指令が来たら一緒に行きましょう。この辺りに残った敵も隠れているかもしれません。防衛も立派な戦争です。レイも心配ですが、信じましょう」

 クリスは下唇を噛んだ。レイは確かに強い。しかし魔武具を装備した敵を目の当たりにして、それと対峙して、やり合えるとは到底思えなかった。詠唱が必要な魔導術師は速さに弱い。そこを突かれたら全滅の可能性がある。無詠唱でいくつか魔導術を使える自分が行けたらどれだけ良いかと、クリスは悔やんだ。
 だが陣営を乱しては戦争自体に支障が出る可能性がある。そのことはクリスにも理解できた。溢れ出る気持ちを押し殺し、クリスはその場に居座ることにした。マークもイスリもそれに渋々賛同するようにして留まった。

 朝方に奇襲を仕掛け、早くも空は橙色に染まっていた。何時間待機したかはわからない。しかし、砦からはひたすら待機の指令しか来なかった。既に占領された戦場は捨てる判断をしたのか、敵の新手が現れることはなかった。

 目を凝らそうとも、周囲の戦場の状況もわからなかった。しかし、魔導術による奇襲。白兵戦より遥かに優位のはずである。夜になり、そろそろ砦に戻れるのではと話し始めた頃、その砦から思わぬ指令が届いた。

「今から援軍として隣の戦場に……?」

 ミラもその不穏な表情を隠しきれなかった。その指令から数分も経たないうちに、砦にいたはずの騎士らがクリスらの戦場に現れた。異様な空気を感じ取りつつも、騎士らに歩み寄った。

「何をしている、最終決戦だ。早く向かうぞ」

「何が起きてんだ、ずっとここにいてわかんねえんだよ」とマークは騎士の肩を掴んだ。

「すぐ隣の戦闘が激化した。敵が突然戦力を集中し始めた。それも全軍と言えるほどの数をな」

「ぜ、全軍……?」

 マークは力なく手を離した。

「ああ、ある種の奇襲だろう。もう滅茶苦茶らしい。敵も魔導術師を出し、騎士団長ですら戦場に立っているようなんだ。持ち場の魔導術師らも持ちこたえてくれていたらしいが……間に合うかどうか。だがこちらも全軍を投入する指令を発している。早く行かねば!」

 クリスとマーク、イスリは目を合わせた。そして誰より早くその戦場へと走り出した。今ほどレイの赤毛と赤いローブが見たいと思ったことはなかった。戦場へは走っても時間がかかる。もどかしさを感じていたその時、三人の体がふわりと浮かび上がった。

「レイを助けるんでしょう。このほうが早い……! 結構負荷はあるけど、四人ならなんとかいけます」

「ミラ先生!」とイスリが叫んだ。

 ミラの風の魔導術によって他の自軍より先に現地へ到着したが、その戦場は先程の場所より更に悲惨であった。鉄の臭い漂う地獄絵図とも言える光景に、四人は言葉を失った。真正面からぶつかった両軍の死体が絨毯のように敷き詰められ、生き残っている自軍も防戦一方の状態であった。
 マークが乱暴に頭を掻いた。

「どう、どうしたらいんだよ……。みんな血塗れで、ローブ赤くなっちまって、どれがレイだかわかんねえじゃねえかよぉ!」

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