冒険者 カイン・リヴァー
沈痛たる勧告
────翌日、各教室にてクリス含む全校生徒へ戦争参加勧告が言い渡された。
名目上は強制参加ではなかったが不参加の意を示した場合、生徒本人と家族全員を国外追放とする旨が添えられていた。それは事実上、徴兵の強制であった。それらを伝え終えたミラは、沈痛な面持ちで一言、「すまない」と呟いた。あらかじめ知っていたであろうミラを誰も責め立てようとはしなかった。その表情からミラ本人がどれほどの苦しみをもって皆に伝えたか、推し量ることができたからである。
その場で泣き出す生徒もいた。魔導術師としての資格有無にかかわらず徴兵される。それは即ち、魔導術も満足に扱えない生徒ですら徴兵の対象とされることを意味する。ティルカノーツでは様々な戦争、内乱の話を子供の頃にうんと聞かされる。それは誇りある戦いと称されるが、要するに殺し合いであると誰しもが理解している。無論、敵も命懸けでこちらを殺しに来ることなど百も承知。
剣術も習っていない、魔導術も満足に扱えない人間が戦場に放り出された時、どうなるのか、想像に難くないのである。
皆の動揺が落ち着き始めた頃合いをみて、ミラは話を続けた。
この戦争は、ティルカノーツの隣国スティルマレとの領地争いによるものであった。両国とも海には面しておらず、水資源は貴重であった。あるのは両国境線としている巨大河川ひとつのみ。従来は互いに譲り合って使用していた。しかし、近年飢餓に苦しむスティルマレ側が河川を占拠したことが戦争の発端であった。
戦争の勝利条件は、河川の奪還かスティルマレ側の降伏。これが為されない限り、戦争は終結せず、帰国も許されない。
「そ、そんな、そんな馬鹿なこと、理不尽なことがあるわけがない! 先生! 何とかならないのですか」
「クリス……そう思うのも仕方がありません。でも実際、世は理不尽だらけなんですよ」
「だって、女子やまだ入学したばかりの子だって、全員ですよ? 意味が、言っている意味が……」
「そう。少しでも力ある者は徴兵されます。今回はこの学校が選ばれただけ。私も例外ではない」
その言葉の重みに、クリスは絶句した。
不満、不安、不信。それら全てを飲み込み、ミラは言葉を放っているのだ。何もかも理解したうえで、伝えたのだ。もはやこれ以上何かを言えるわけがなかった。
────ティルカシカの町の最奥に位置する王城にクリス、マーク、レイ、イスリは足を運んでいた。
平和の象徴とされる王城は堅牢な造りで、厚い城壁を重ね、外部からの侵入を絶対的に許さない意図が強く示されていた。
あれから数日経ち、実際に国外追放に応じる者は一人もいなかったと聞く。他にも徴収へ応じた者は、既に覚悟の決まった面構えの者が多いように思える。先生らも戦場に立つと聞いたことで、意を決した者も多かったようだ。
先生らが戦場で守ってくれる保障などなかったが、それでも気持ちだけでもすがれる相手がいることで、歩みを前に進められた。
謁見の間で現れたティルカノーツ王は、実に温厚そうなふくよかな男であった。おとぎ話で見るような金ぴかな王冠を被っており、宝石の数々を指に服に身に着けている。
王は開口一番にこう告げた。
「大変なことに巻き込んだ。申し訳ない」
王ともあろう者が深々と頭を下げたのである。それも、わざわざ玉座から立ち上がって、である。
本来側近が説明すべきことですら、この王は自ら説明した。占領された河川を失えば水資源的、食糧的にティルカシカは将来的に存続が不可能となること。そうなれば、その影響を受けたティルカノーツ全体が大きく傾くということ。ティルカノーツが傾けば、スティルマレ以外の国の侵攻を許しかねない事態に陥る。
まさに国家存亡の危機である。それを聞いた皆は、あの徴兵の勧告内容も腑に落ちた。
クリスは思った。この賢王や側近らはそこまで予見した上で、王族としての権威を損なうであろう判断を下したのだ。
もはや体裁を保っている場合ではないのである。
王は戦争後、もし生還した場合に多くの褒賞と医療保障を約束した。当然とも言える権利だったが、王から直々に言われることで皆の指揮は上がったように思えた。
謁見の間から外に出た時、一部の女生徒は泣き出してしまった。とうとう、戦争が現実のものとなる。それが実感として湧いたのである。クリスやマーク、レイにイスリも、黙ってはいたがその何とも言えない、冷えたような感情を心の内で感じ取っていた。一言二言話すのみで、四人はそれぞれ帰途についた。
一度自室へ戻ったクリスだったが、体がムズムズとして落ち着かず、頭を冷やすためメインストリート沿いへと出た。星空はいつでも同じであった。希望に満ち溢れた入学当日、魔導術師試験を皆で祝った日、そして戦争を目前に控えた今日。美麗な空であったが、それが今はどうにも残酷なものにしか見えなかった。
「お、おおう。クリスか」
クリスは振り向くと、衛兵のベオルが苦笑いしながら小さく手を挙げていた。向こうも街角から出てきたところらしく、不意を突かれたような顔をしている。
「すまねえ、今は話す気になれねえよな。悪い」
「ベオルさんも徴兵のこと、聞かれたんですね。良いんです、この国を守るためなら、この身を捧げようと思っていました」
「クリス、お前ッ……!」
ベオルはクリスの手を握りしめた。その手は温かく、ベオルの気持ちを表しているように思えた。
「絶対、無事に帰ってこい! そしたら、本気でうちの娘を紹介してやる! へへ、自慢の娘だ、楽しみにしてろよ」
「ええ、死ぬつもりはありません……。ありがとうございます。少し、元気が出ました」
クリスはベオルに別れを告げた。行きとは別の道で帰ると、魔導術師ギルドの面々が夜中にも関わらず、呼びかけを続けていた。今回の徴兵でもし、成果が上がらなければ町を支えている魔導術師ギルドも徴兵する予定であると、王城の兵士が噂していたことを思い出した。
「彼らまで徴兵されたら、町の人は……。僕らで片を付けないと」
クリスの瞳に意思が宿った。何度か深呼吸をしてから、体をひとつ震わせてから寮へと帰るのであった。
名目上は強制参加ではなかったが不参加の意を示した場合、生徒本人と家族全員を国外追放とする旨が添えられていた。それは事実上、徴兵の強制であった。それらを伝え終えたミラは、沈痛な面持ちで一言、「すまない」と呟いた。あらかじめ知っていたであろうミラを誰も責め立てようとはしなかった。その表情からミラ本人がどれほどの苦しみをもって皆に伝えたか、推し量ることができたからである。
その場で泣き出す生徒もいた。魔導術師としての資格有無にかかわらず徴兵される。それは即ち、魔導術も満足に扱えない生徒ですら徴兵の対象とされることを意味する。ティルカノーツでは様々な戦争、内乱の話を子供の頃にうんと聞かされる。それは誇りある戦いと称されるが、要するに殺し合いであると誰しもが理解している。無論、敵も命懸けでこちらを殺しに来ることなど百も承知。
剣術も習っていない、魔導術も満足に扱えない人間が戦場に放り出された時、どうなるのか、想像に難くないのである。
皆の動揺が落ち着き始めた頃合いをみて、ミラは話を続けた。
この戦争は、ティルカノーツの隣国スティルマレとの領地争いによるものであった。両国とも海には面しておらず、水資源は貴重であった。あるのは両国境線としている巨大河川ひとつのみ。従来は互いに譲り合って使用していた。しかし、近年飢餓に苦しむスティルマレ側が河川を占拠したことが戦争の発端であった。
戦争の勝利条件は、河川の奪還かスティルマレ側の降伏。これが為されない限り、戦争は終結せず、帰国も許されない。
「そ、そんな、そんな馬鹿なこと、理不尽なことがあるわけがない! 先生! 何とかならないのですか」
「クリス……そう思うのも仕方がありません。でも実際、世は理不尽だらけなんですよ」
「だって、女子やまだ入学したばかりの子だって、全員ですよ? 意味が、言っている意味が……」
「そう。少しでも力ある者は徴兵されます。今回はこの学校が選ばれただけ。私も例外ではない」
その言葉の重みに、クリスは絶句した。
不満、不安、不信。それら全てを飲み込み、ミラは言葉を放っているのだ。何もかも理解したうえで、伝えたのだ。もはやこれ以上何かを言えるわけがなかった。
────ティルカシカの町の最奥に位置する王城にクリス、マーク、レイ、イスリは足を運んでいた。
平和の象徴とされる王城は堅牢な造りで、厚い城壁を重ね、外部からの侵入を絶対的に許さない意図が強く示されていた。
あれから数日経ち、実際に国外追放に応じる者は一人もいなかったと聞く。他にも徴収へ応じた者は、既に覚悟の決まった面構えの者が多いように思える。先生らも戦場に立つと聞いたことで、意を決した者も多かったようだ。
先生らが戦場で守ってくれる保障などなかったが、それでも気持ちだけでもすがれる相手がいることで、歩みを前に進められた。
謁見の間で現れたティルカノーツ王は、実に温厚そうなふくよかな男であった。おとぎ話で見るような金ぴかな王冠を被っており、宝石の数々を指に服に身に着けている。
王は開口一番にこう告げた。
「大変なことに巻き込んだ。申し訳ない」
王ともあろう者が深々と頭を下げたのである。それも、わざわざ玉座から立ち上がって、である。
本来側近が説明すべきことですら、この王は自ら説明した。占領された河川を失えば水資源的、食糧的にティルカシカは将来的に存続が不可能となること。そうなれば、その影響を受けたティルカノーツ全体が大きく傾くということ。ティルカノーツが傾けば、スティルマレ以外の国の侵攻を許しかねない事態に陥る。
まさに国家存亡の危機である。それを聞いた皆は、あの徴兵の勧告内容も腑に落ちた。
クリスは思った。この賢王や側近らはそこまで予見した上で、王族としての権威を損なうであろう判断を下したのだ。
もはや体裁を保っている場合ではないのである。
王は戦争後、もし生還した場合に多くの褒賞と医療保障を約束した。当然とも言える権利だったが、王から直々に言われることで皆の指揮は上がったように思えた。
謁見の間から外に出た時、一部の女生徒は泣き出してしまった。とうとう、戦争が現実のものとなる。それが実感として湧いたのである。クリスやマーク、レイにイスリも、黙ってはいたがその何とも言えない、冷えたような感情を心の内で感じ取っていた。一言二言話すのみで、四人はそれぞれ帰途についた。
一度自室へ戻ったクリスだったが、体がムズムズとして落ち着かず、頭を冷やすためメインストリート沿いへと出た。星空はいつでも同じであった。希望に満ち溢れた入学当日、魔導術師試験を皆で祝った日、そして戦争を目前に控えた今日。美麗な空であったが、それが今はどうにも残酷なものにしか見えなかった。
「お、おおう。クリスか」
クリスは振り向くと、衛兵のベオルが苦笑いしながら小さく手を挙げていた。向こうも街角から出てきたところらしく、不意を突かれたような顔をしている。
「すまねえ、今は話す気になれねえよな。悪い」
「ベオルさんも徴兵のこと、聞かれたんですね。良いんです、この国を守るためなら、この身を捧げようと思っていました」
「クリス、お前ッ……!」
ベオルはクリスの手を握りしめた。その手は温かく、ベオルの気持ちを表しているように思えた。
「絶対、無事に帰ってこい! そしたら、本気でうちの娘を紹介してやる! へへ、自慢の娘だ、楽しみにしてろよ」
「ええ、死ぬつもりはありません……。ありがとうございます。少し、元気が出ました」
クリスはベオルに別れを告げた。行きとは別の道で帰ると、魔導術師ギルドの面々が夜中にも関わらず、呼びかけを続けていた。今回の徴兵でもし、成果が上がらなければ町を支えている魔導術師ギルドも徴兵する予定であると、王城の兵士が噂していたことを思い出した。
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