冒険者 カイン・リヴァー

足立韋護

暴走と応用

 四人が飛び込むようにして入った教室には十数名の生徒と、釣り目気味の女性の教師がいた。

 女性教師は軽くため息をついて「またあなた達ですか」と首を傾げる。その瞬間、授業開始のチャイムが鳴り、四人はほっと胸をなでおろした。

「今回はギリギリ間に合ったので大目に見ますが、今度からは気を付けるように」

「ミ、ミラ先生、ありがとうございます……」とレイが短くお辞儀をしてから、四人は席に向かっていった。

「クリス、待ちなさい」

「は、はい」

「その肩の、没収します。連れてきなさい」

 ミラは自らの右肩を指でとんとんと叩いて見せた。クリスは自分の肩を見てみると、ピルスが怯えた様子でミラのことを見つめている。クリスは天井を仰ぎ見て瞳を閉じた。

「忘れてた」

────ピルスをミラに手渡すと、「放課後、指導室へ取りに来るように」と耳打ちされ、ピルスは手慣れた様子で鳥籠のようなものに入れられた。

 それから授業が始まった。二年生になり、魔導術師として認められる試験を受けられるようになったが、一回目の試験で合格したのはクリス、マークを含む五名の生徒のみであった。二年生全体で百名ほどいる中でたった五名の合格者は、過去”最多”であると言われている。魔導術師として認められれば、国内外で正式に魔導術師として活動できる。もちろん、資格がない者でも名乗れるが、魔導術師ギルドなど大抵の場所で正式に働くには認定証が必要である。

 魔力の扱いに関する授業で、ミラは黒板に壺のような形をした絵を描いた。

「魔力を使用しすぎると何が起こるのか説明して下さい、マーク」

「魔力枯渇ってのが起きます。そうなると、一日中起き上がれなくなって隙だらけになると」

「魔力は生命力の源でもあります。皆さんは生命力を使っていることを忘れないように」

 ミラは壺から水がなくなる様子を描いた。絵が得意ではないのか、若干稚拙な絵である。

「では一度に大量の魔力を放出した場合何が起こるのか説明して下さい、クリス」

 クリスは立ち上がり、一瞬躊躇った。出そうになる言葉を何回か口の中で噛んでから、ようやく零すように答えた。

「……魔力暴発です。意図しない他人を巻き込み、使用者ですら傷つくことがある、危険な状態です」

 ミラは壺の口が爆発する様子を描いた。

「その通り、ものすごく危険です。しかも、魔力を出し切ってしまうから、同時に魔力枯渇にも陥る最悪な状態のことを指します。クリス君のように、多くの魔力を持つ人は特に注意するように。感情的になった時が一番に陥りやすいと言われています。クリス、ありがとう。座ってよろしい」

 ミラはふと口元を歪めて笑った。嗜虐的、そう表現するのが一番にしっくりくる。クリスはわかっていた。目的こそ不明だが、彼女はクリスを虐めて楽しんでいる節があった。

 クリスは入学一年目に校内で魔力暴発したことがあった。数人の生徒を数か月もの間通学できなくなるほどにまで傷つけた過去がある。深く反省し、半ばトラウマと化していたその出来事を、わざわざ掘り返すようにクリスへ狙いを定めて質問したのだ。ペットのピルスも、他の教員は害がないと見逃してくれているが、ミラだけには必ず取り上げられてしまう。不審に思っていたが主任の先生だっただけに、強く抵抗できずにいることも事実であった。

 そうこう考えていると授業は終わっていた。ミラは教室から出ていくところでクリスに手招きした。

「また例のあれかよ、ミラもクリスも懲りねえなあ。ほれ、さっさと行って来いよ。終わったら町に出ようぜ」

「ああ、うん。すぐに行くよ」

 ミラに言われた通り、指導室へ向かった。「失礼します」と一言伝えてから扉を開けると、座りながら魔導書を読んでいるミラの姿が目に移った。その横のテーブルにピルスの入った鳥籠が置かれている。

「来ましたね。ひとまず座りなさい」

 同じような経験が何回かあった。ミラは毎度退屈そうに、魔導書を読んでクリスを待つのである。大体その横には、ピルスも一緒に待っている。そして必ず、魔導書をクリスへと投げ渡してくる。それは今回も同様であった。

「これは……」

「”雷導”の魔導書よ。あなた雷を扱う魔導術師なのに、この基礎も知らないと聞いたわ。魔導術は攻撃や防御だけ覚えれば良いというものではないんです。試験合格に自惚れずに、マスターなさい」

 ミラは罰を与える。そしてそれは必ず、魔導書をひとつ完全にマスターさせるというものであった。彼女本来の目的は、クリスを虐めることが目的なのかもしれなかったが、クリスはその都度瞳を輝かせ、持ち前のセンスで瞬く間に目の前の書物をマスターするのである。

「なるほど、何かの攻撃や防御として使うには見劣りしますが────」

 クリスは詠唱もせずに、杖の先から一筋の電気を伸ばして見せた。それを長くしたり、太くしたりと自由自在に扱った。

「こうすれば灯りにも使える。強弱は自分で調整できるから、火を起こすこともできますね。魔力消費も少ないので、汎用性が高い」

「さすがですね。無詠唱でここまですぐにできるなんて。ちなみに傷口に使えば、多少感電はするでしょうが止血にも使えます。危険ですが、使い方次第では体内の毒を殺すことも可能です。これはあくまで参考までに」

「魔導術を自分に……新しい発想です。あ、マスターしたのでピルスは返してもらっても?」

「ええ、約束ですから」とミラはピルスを檻から解放した。ピルスはすぐさまクリスの肩へ飛び乗り、安堵したようにすり寄った。

「では今日はここまでとします」

 ミラからの許しを聞いたクリスは表情を明るくし、深々とお辞儀をしてからその場を離れた。


「そろそろ、伝えなくてはいけませんね。私ができる限界は、この辺りまでです」

 ミラは口元をつぐみ、テーブルへと視線を落とした。

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